夜に溶けないように/SHE IS SUMMER
「今日もよく呑んだな〜。」なんてご機嫌で高原が隣を歩く、深夜2時。徒歩20分の帰り道。
仕事終わりの金曜日、特に約束はしてないけど、残業終わりの大体21時頃にはいつものお店で一杯目のビールを飲み干す。「お前また華の金曜に一人で呑んでんのかよ〜」からかう隣の彼もまた一人豪快にジョッキを空けていた。同じ会社の違う部署に所属する彼と話すようになったのは、このお店が始まりだった。
マスターと私が九州の温泉地について話していた時、「俺、九州一周したんすけど、あそこオススメっすよ。」と自然に入ってきたのが高原だった。互いにオススメの旅先や通い詰めている飲食店の話をしていると、気付けば3杯も空けており、お互い上機嫌になっていた。その勢いが裏目に出たのか…最寄駅が同じことが判明した。「どのようなお仕事されてるんですか?」あの付近で食品メーカーって…嫌な予感。
常連同士が仲良くなるのはよくあるが、まさか社内の人間だとは。警戒する私を他所に軽快に話し続ける彼の心地よいトーン。「まあ仕事で関わることなんて無いしさ。適当で良いんじゃない?」彼の朗らかな笑顔に気付けばすっかり気を許していた。
お店から私たちが住む地区は徒歩20分。毎回「呑んだ分運動しなきゃな〜」と頑なにタクシーに乗らない私たち。懐メロを口ずさみながら、季節の変わり目を感じる風に吹かれ、月を見上げる。付かず離れず、手がギリギリに触れない距離感。何も意識してないという意識。彼の心地よいトーンは深夜2時になっても変わらず、私はゆっくり歩く自分に気付かないフリをする。夜の曖昧さに負けたく無くて、無意識に街灯の下を歩く。「コンビニで漢気じゃんけんね!アイス!」無邪気な彼に釣られて笑う帰り道。もう少し先に家があれば良いのに。コンビニの目の前にある信号が、私たちの分かれ道だ。
その日もいつもと同じようにほろ酔いでご機嫌な足取りの彼がふと、「あそこの公園気にならない?」と指差した。大通りから一本裏道を覗き込んだところで、ブランコが風に吹かれている。こんなところに公園なんてあったっけ。でも意外と遊具置いてるね。初めて来たのに懐かしい気持ちになりながら、ベンチに腰掛けた。「ジャングルジムなんて久しぶりに登るなあ」なんてにやにやしながら足をかける彼を見上げた瞬間、分厚い雲から満月が顔を出した。「お月見できる!」なんて笑い合って気付けば私も登っていた。
「足、危ない。」ジャングルジムから降りる時、差し出された手を自然と握った。その日だけは、ずっと手を握ったまま歩き続けた。はしゃぎ過ぎたせいか、まだ身体に熱が残ってる。汗ばむ手を恥じらうが、彼のしっかりした骨太の指がしっかり絡まっている。本当に何気ない会話を続けていたはずだけど、答えを探し続けていた。街は静かで、彼の緩やかなお喋りが止まったら、曖昧な2人は夜に溶けてしまいそう。
SHE IS SUMMER
「夜に溶けないように」
PS.夜の海辺を散歩しながら聴くのがスキ。飲んだ帰りはすぐタクシー乗っちゃいます…。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?