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「ねじの豆知識」 アイボルト・アイナット 第三回 規格と安全性

重量物の吊り上げに用いられるアイボルト・アイナットは、その使用方法ゆえに高い安全性が求められます。そしてJIS規格を満たしたなら、「重要保安部品」として安心して用いることができます。今回は安全を担保するための規定について少し見てみましょう。

ねじの豆知識 アイボルト・アイナット 
第一回 アイボルト・アイナットとは
第二回 安全な使い方

第三回 規格と安全性


使用荷重・保証荷重・引張荷重

アイボルト・アイナットについて調べていくと「使用荷重」という言葉に出会います。もう少し詳しく調べてみると「保証荷重」「引張荷重」と “荷重” という言葉がついた単語が出てきます。

アイボルト


アイナット

端的に言うと、「使用荷重」は使用するユーザーのためのもの、「保証荷重」や「引張荷重」は安全な製品を提供する製造業者や流通業者ためのものです。

「使用荷重」

アイボルト・アイナットの「使用荷重」は、その名の通り吊り上げることのできる最大荷重を現わしています。安全ためには吊り荷は「使用荷重」以下にしなければなりません。ユーザーはこの数字を押さえておけば大丈夫です。

以前にも触れましたが、複数個のアイボルト・アイナットを取り付けても「使用荷重」、つまり吊り上げることのできる最大の重さは1個の時と同じです。2個を使用しても、使用荷重の2倍の重さを吊り上げることはできません。常に一定です。

一つの荷にアイボルト・ナットを複数使っても「使用荷重」は同じ


「保証荷重」と「引張荷重」

「保証荷重」「引張荷重」は品質を保証する試験のための「保証荷重試験」や「引張試験」に関係する値です。アイボルトでは「保証荷重試験」と「引張試験」が、アイナットでは「保証荷重試験」が行われます。

「保証荷重試験」

アイボルトの「保証荷重試験」は、めねじを切った取付け具を試験用のアイボルトに取り付け,リングに直径がねじの呼び径の1.5倍の支え棒を入れて,保証荷重(使用荷重の3倍)を軸方向に15秒間加えて引っ張ります。そして荷重を取り除いた後,リングに永久変形がどの程度生じたかを調べます。

アイボルトの保証荷重試験


この試験でアイボルトは「保証荷重以下で破断したり,また,リングの部分に0.5%以上の永久変形が生じてはならない」と定められています。

アイナットの「保証荷重試験」では 、ねじを切ったマンドレル(心棒)を試験用のアイナットにはめ合わせ、リングに呼び径の1.5倍の直径の支え棒を入れて軸方向に引っ張ります。

アイナットの保証荷重試験


保証荷重(使用荷重の3倍)を15秒間加えて、アイナットが破断しないかどうか,また,その荷重を取り除いた後アイナットがマンドレルから指で取り外せるかどうか、及び、リングに永久変形がどの程度生じたかを確認します。
アイナットは「保証荷重以下で破断したり,また,リングの部分に0.5%以上の永久変形が生じてはならない」とされています。

「引張試験」

「引張試験」はアイボルトでのみ行われ、ボルト(おねじ部)の引張強さを調べます。保証荷重試験と同様に試験用のアイボルトをセットし、軸方向に引張荷重値まで徐々に荷重を規格で決められた荷重未満でボルト(おねじ部分)が破断しないことを確認します。

アイボルトの引張試験

JISには「ボルトの引張強さは392 N/㎟以上でなければならない」と定められています。そこで、ねじの逃げ部が既定の最小値の時、逃げ部に392 N/㎟の応力が加わるように「引張荷重」は設定されています。
この「引張試験」、ねじの呼びM42以上の大型アイボルトでは「軸部削り出し供試体」で引張試験を行うことが許されています。

アイボルトの軸部削り出し供試体

供試体に軸方向に引張の荷重を「引張荷重」値まで徐々に加えて行い、削り出した平行部が破断したときの荷重を測定します。この測定値を定められた計算式に当てはめて引張強さを求めます。

簡単に振り返ると、ユーザーが安全にアイボルト・アイナットを利用するために守るべきなのが「使用荷重」。この使用荷重が確かなものとされるための試験の際に用いられるのが「保証荷重」と「引張荷重」です。

アイボルト・アイナットのそのほかの規定の例

「重要保安部品」であるアイボルト・アイナットをユーザーが安心して使用できるため、JISにはほかにも形状・寸法以外にも次のような規定がなされています。

表面状態

アイボルト・ナットの表面は,座面及びねじ部の表面粗さが,JIS B 0601で定義されている25 μmRy、その他の部分は50 μmRy。使用上有害な割れ,きず,かえり,さびなどの表面欠陥があってはならない。

※Ry 最大高さ
粗さ曲線からきずとみなされるような並はずれて高い山及び低い谷がない部分の平均線の方向に基準長さだけ抜き取り、この抜き取り部分の最大山高さRpと最大谷深さRvとの間隔の合計値( マイクロメートル μm表示)

材料

アイボルト・ナットの材料は,JIS G 3101のSS400、又はJIS G 4051のS17C若しくはS20Cと定められています。

腐食に強いステンレス鋼製やワンサイズダウンを可能にするS45C製などを、各メーカーがJISに準じた品質により製作しています。

SS材は一般構造用圧延鋼材の一種でSSはStructural(構造用) Steel(鋼) の略です。数字は最低引張強さ(N/㎟)を表しています。SS400はSS材の中でも流通量が多く、代表的な材料です。

S-C材は「機械構造用炭素鋼鋼材」と呼ばれます。SはSteel(鋼)、CはCarbon(炭素)を意味します。間の二桁の数字は炭素量(%)を100倍したものです。S-C材はS10C(炭素量0.10%)からS58C(炭素量0.58%)まで20種類が定められています。

SS材には化学成分の規定がないのに対して、S-C材には化学成分の規定があります。また有害物質のリン(P)と硫黄(S)もSS材より少なめに抑えられているため、その分だけS-C材は高価な材質となります。

成形方法

アイボルト・ナットの製造は,鍛造※によって成形し、870~920℃空冷で焼ならし※を施してからねじ切り等の機械加工を行うことになっています。

鍛造での成形後、ねじ切りを待つアイボルト

※鍛造
「鍛造」は、金属を叩いて圧力を加えることで強度を高めながら目的の形状に成形する、塑性変形を利用した金属加工法の一つです。金型を用いる「型鍛造」は大量生産に向いています。アイボルトも「型鍛造」によって作られます。
鍛造はその加工温度によって「熱間鍛造」「冷間鍛造」、中間温度で行う「温間鍛造」に分けられます。

「熱間鍛造」のイメージ

※焼きならし
「焼きならし」は、加工によって発生する硬さのむらや残留応力を除去して、機械的性質の改善し切削性の向上を目的とする熱処理です。
「鍛造」においては初期の高温で加工された部分と終期の低温で加工された部分での結晶粒度、炭化物の分布の差異を解消するために行います。金属組織は均質に微細化し、残留応力が除去されます。
「焼きならし」はまた、「焼入れ」や「焼きなまし」の前処理としても広く用いられます。

連続炉による熱処理


検査

アイボルト・ナットの検査は,形式検査と受渡検査とに区分し,検査の項目は,それぞれ次のとおりに決まっています。 なお,形式検査及び受渡検査の抜取検査方式は,受渡当事者間の協定によることとなっています。

形式検査として行う検査項目
(a) 保証荷重検査 
(b) 引張強さ検査(アイボルトのみ)
(c) 硬さ検査  
(d) ミクロ組織検査 
(e) 形状・寸法検査  
(f) ねじ検査  
(g) 表面状態検査  
(h) 材料検査

受渡検査として行う検査項目
(a) 保証荷重検査 
(b) 硬さ検査  
(c) 形状・寸法検査  
(d) ねじ検査  
(e) 表面状態検査

参考:形式検査と受渡検査
形式検査:製品の品質が設計で示されたすべての品質項目を満足するかどうかを判定するための検査です。

受渡検査:既に形式検査に合格したものと同じ設計・製造に係る製品の受渡しに際して,必要と認められる品質項目が満足するものであるかどうかを判定するための検査です。

安心・安全にアイボルト・アイナットを使用していただくためにメーカーさんは積極的です。JIS規格の決定に積極的に加わったり、製品のトレーサビリティーを確立したりして、安心・安全な製品を市場に供給するよう努めておられます。
私たちも商社としてリスク管理・品質・安全性の確保に定評のあるメーカーさんとだけの取引を心がけることで、ユーザーの皆様に安心・安全をお届けするように心がけています。

アイボルト(ナット)とJIS規格の歴史

JIS規格で初めてアイボルトの規格が作成されたのは1960年で、これまでに過去3回改正されています。現行(2024年5月現在)の規格番号はJIS B1168-1994です。特に第2回目の変更は現在の安全・安心を保証するために大変大きな意味をもつものとなっています。

当初アイボルトのサイズはメートルねじがM8だけ、他はウィットねじ(ねじ山角度55度のインチねじ)で規定されていたサイズはW3/8~W4"、ねじの精度は3級でした。「許容最大荷重(現在の使用荷重)の1.2倍をアイボルトの縦軸方向に加えて、破損または永久変形を起こしてはならない」という荷重検査が行われ、現在と比較すると安全性は心もとないものでした。

1966年に1回目の改正が行われ、ウィットねじに替わりISOメートルねじが採用されました。

1975年の2回目の改正で安全性が非常に高まります。この時「保証荷重」と「引張荷重」が加わりました。使用荷重(1960年時点での呼称は “許容最大荷重” )の3倍の「保障荷重」をねじの軸方向に加えて、リングの部分に0.5%以上の永久変形が生じではならないとの規定が加わりました。また、ねじの逃げ部(ヌスミ)に「引張荷重(392N/㎟の応力が加わる荷重)」による引張試験を行い、これ以下でボルトが破断してはならない」とされました。

3回目の改正は1994年。国際単位系(SI)が導入され、JIS Z 8301(規格票の様式)改正に伴い、様式を変更しています。

参考:吊りボルト
アイボルトの前身は 臨 JES第710号の「吊りボルト」です。この吊りボルトは現在のアイボルトとは異なる形状でした。リングの形状が丸型ではなく下方から上方に向かって先細りするテーパ形状で、ねじの逃げ部(ヌスミ)はありませんでした。

結論

アイボルト・アイナットは「重要保安部品」。こうした厳しい規定に従って製造され流通しています。それで、定められた通りに取り扱うなら、安全・安心のうちに重量物の吊り上げに使用することが保証されている、と言えるのです。

アイボルト・アイナットは加工用機械・造船時のブロック・建築現場の鉄骨など様々な重量物を吊り上げるために使用する、締結用ではないちょっと変わったファスナーです。しかしながら、最近はDIY向けとして家の中でインテリア用品を吊り下げる際に用いたり、基礎に埋め込んでバイクなどの盗難防止チェーンをつないだりと身近な用途が広がりつつあります。皆さんも一度手に取ってみてはいかがですか?


アイボルトとアイナット

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