成功要因の特定
6月30日の日経新聞で、「東証、新興アジア企業の受け皿に 30社超が上場検討」という記事が掲載されました。タイトルからは、香港の情勢緊迫化を視野に入れた動きではないかということが想像される内容です。
同記事の一部を抜粋してみます。
~~海外企業の東京証券取引所への上場機運が高まっている。29日には海外株を国内株扱いする仕組みで、アジア企業が初めて上場した。検討中の海外勢も30社超にのぼる。東南アジア中心にスタートアップが勃興するなか、米国には距離があり、政情不安な香港も避けたい企業の受け皿として東証が現実的な選択肢に浮上している。政府が掲げる国際金融センター構想に弾みがつく可能性もある。
海外株を国内株扱いする「日本預託証券(JDR)」という仕組みで29日に東証マザーズ市場に上場したオムニ・プラス・システム・リミテッドは、シンガポールに本店を持つ。家電や自動車向けのプラスチックを製造・販売し、東南アジアや日本にも事業展開している。海外企業のJDR上場は2017年の米半導体設計のテックポイント・インク以来の2例目。アジア企業では「1号案件」となる。
新興アジア企業にとって東証は「適度な受け皿」になっている。アジアの金融センターだった香港市場は政治的な不安定感が増しており、シンガポール市場も個人投資家の厚みでは日本に劣る。企業価値が10億ドルを超える巨大未公開企業「ユニコーン」の上場が注目される米国市場には届かないまでも、日本市場であれば存在感を発揮できる可能性がある。
東証に上場する外国企業は減少傾向が続き、20年末時点で4社にとどまる。全体に占める比率は0.1%で、シンガポール(34%)や香港(7%)などアジア主要市場との差は大きい。「国際金融都市」としての東京の存在感を高めるためにも海外企業誘致は欠かせないピースとなる。
JDRの仕組みで上場する海外企業は、日本企業と同等の情報開示が求められる。日本語の有価証券報告書に加え、コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)に対応したガバナンス報告書の提出も必要だ。東証は「日本語を話せる投資家向け広報(IR)担当者の設置も海外企業に推奨している」(上場推進部)という。海外企業についてもガバナンスを担保し、情報開示の透明性と投資家保護を図る仕組みが欠かせない。~~
SBI証券による「新有価証券信託受益証券発行届出目論見書の訂正事項分」で同社関連の情報を参照すると、今回の上場によって「差引手取概算額566,216,000円に対し、発行諸費用の概算額211,000,000円」となっています。つまりは、今回の上場で調達したのは5.6億円ほどで、そのために2.1億円以上の手数料がかかっているというわけです。
同目論見書によると既に現金及び現金同等物1,996,001,000円とあります。さらには、売上収益20,980,120,000円、売上総利益2,491,691,000円、税引前利益1,164,812,000円となっています。売上総利益の50%近くを最終利益として残せている、高収益企業と言えます。しかも、1期だけではなく数期類似の状態が安定して続いているようです。
このことからも、次の3点をポイントとして挙げられるのではないかと考えます。
ひとつは、今回の上場は、資金需要そのものではなかったのではないかという点です。
既に20億円近くの現金があり、年間で10億円程度の利益を安定して生んでいける企業です。調達した5.6億円がどれほどの緊急性、重要性だったのかはわかりませんが、上場が資金以外の何か別の目的にあったとみるほうが自然でしょう。
あるいは、本来は米国やその他の市場で上場しもっと調達したかったが、難しかったために、消去法的にマザーズに落ち着いて5.6億円という結果となったという見方もあり得ます。「資金調達の場として注目されている」と手放しで喜べるかというと、そうではないかもしれません。
2つめは、高コストであるという点です。
同目論書だけでも相当なボリュームです。外国企業がこれだけの資料を全部日本語で準備するとなると、相当な負担でしょう。また、「100億円調達の手数料が2億円」であれば2%程度ですが、上記のように5.6億円のために2.1億円以上の手数料もかかっています。上記記事では「新興アジア企業の受け皿」とありますが、同社のような規模感の資金需要であれば、かなりの高コスト上場ということになります。東証が手段として使いやすいのかどうかは、疑問も残るところです。
3つめは、まだ国外の取引所との差は大きいということです。
上記記事によると、東証に上場する外国企業は20年末時点で4社、全体に占める比率は0.1%です。外国企業としては今回でやっと5社目ということでしょうか。東証の全市場で新規上場数はここ数年、通年で100社程度が続いています。30社超が上場検討ということですが、仮にすべてが上場したとして年間で30/100の3割、全体ではシンガポールや香港には遠く及びません。
上記記事には「米国には距離があり」とありますが、上場に物理的な距離はあまり関係ないでしょう。むしろ、言語の問題など、手続き的な距離の方が引っ掛かりとなるはずです。EU離脱で焦っているはずのロンドン証券取引所なども、今後積極的な誘引に取り組むと想定されます。仮に今回の事例が香港という特殊要因によるところが大きいとすると、いずれその効力はなくなるでしょう。上記の3つを踏まえると、後続の例が続くとは限らないとみるのが妥当だと考えます。
とはいえ、30社超が上場検討してくれているというのは、日本・東証としてはありがたい話です。アジアでの1号案件というのも、実績として貴重でしょう。今回の同社の上場を香港の緊迫化や同社の特殊要因による偶発的なできごとだと捉えて、より使いやすい市場となるよう改善を続けることが必要でしょう。あるいは、上記では見えてこない何らかの要因があり、偶然ではなく必然的に選ばれた結果であるならば、その理由を特定して今後も再現性のあるものへと高めていくべきでしょう。
これと同じことは、私たちの身の回りの事業活動・仕事でも言えると思います。良い結果が出たとして、それが競合の事情による消去法的に選ばれただけという可能性もあります。選ばれた要因を分析し、再現性のある仕組みへと昇華させていくことが大切だと思います。
<まとめ>
成功要因を特定し、再現性ある形まで仕組み化する。