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「何をしたくないのか」で考える

8月2日の日経新聞で、「Z世代のリスク回避を理解して」というタイトルの記事が掲載されました。Z世代当事者である大学生からの投書に基づく記事で、Z世代の考え方についてヒントを得る示唆的な内容だと感じました。

同記事の抜粋です。

私は就職活動を終えた1990年代半ばから2010年代前半に生まれたZ世代の大学4年生である。同級生が集まると「働きやすいホワイト企業で給料が高いのが最高」「転職できないのはリスク」といった就活にかかわる本音が飛び交う。もちろん、Z世代の価値観は多様だが、そこにはある一つの共通点がある。それはZ世代はあらゆる局面で「リスク回避」をする傾向があるということだ。

リスクはどこにでも存在する。例えば、テレビドラマを見られないというリスクをあげる学生もいる。「9時~17時で働いて、生活できるだけの給料がもらえればそれでいい。毎日、韓国ドラマを見ることだけは譲れないので、定時退社できそうな会社にした」。この学生にとっては、定時であがることが最も優先する事柄だったのだろう。

一方で、働けないリスクもある。別の学生は「この会社は自分のやりたいことと合致していたが、18時になったら強制的にパソコンがシャットダウンされるらしい。ホワイトなのはよいが、若い時はたくさん働いて成長したいから内定を辞退した」という。最近は多くがホワイト企業であることをアピールするが、やりたいことに没頭できる環境をアピールする企業は意外と少ない。

このように、一見わがままに見えるZ世代の就活だが、リスク回避は幸福の本質でもある。人によって苦痛の原因は異なるが、ほとんどの人は苦痛と感ずる障害を避けようとする。それはZ世代の就活でも同様なのだ。

特に変化が激しく、先の読めない「VUCA」の時代には、仕事でやりたいことを見つけるよりも、やりたくないことを把握する方が容易だ。そのため、やりたくないことを避けることが、安全で幸福な人生を送るための基本戦略になりがちなのである。

では企業はどのように新卒採用にあたるべきだろうか。採用担当者は「何がしたいのか」ではなく、「何をしたくないのか」を学生に一度問いかけてみてはどうか。学生の考えるリスクにこそ、本音が隠れているからだ。転勤や配属だけでなく、Z世代の考えるリスクは広範囲にわたる。だからこそ問いかけが必要なのである。

同記事からは、大きく2つのことを考えました。ひとつは、「Z世代」といったようなくくりで、ある集合体をひとまとめにして理解しようとすると本質を見失いかねない、ということです。

ここ最近、40代の企業の経営幹部の方とお会いしているときに、複数人と次のようなお話に至りました。「自分は長年仕事をしてきたが、ベースアップというものについて説明を受けてもうまくイメージがわかない」 その理由は、日本では働く多くの人が20年以上にわたって物価上昇やベースアップというものを、ほとんど経験してこなかったからです。

ここ最近、物価上昇、利上げ、賃上げといった環境変化もあり、本格的にベースアップに向き合う必要が出てきたことを受けて、賃金制度改定を検討されている中で上記のような話が出てきたわけです。

60代の人であれば、ベースアップはかつて毎年行われて身近な存在だったため、「ベースアップ復活」と聞けば何のことか十分イメージできそうです。しかし、40代の人の場合は働き始めた瞬間からベースアップがない時代を過ごしているため、直接経験がないものは、イメージしにくいわけです。こういった、時代背景からある世代に共通して当てはまる特徴というのは、確かにあります。

しかしながら、同記事の示唆の通り、人が自分の仕事や生活で何を優先させるか、何が大切な価値観なのかは、一人ひとり違います。自社で得られる環境の中から、自分に合った何かを見出してもらう。そうした、企業の採用側からのオファーに対する求職者側からの賛同有無は、一人ひとり異なる可能性があるということです。

自社ではどんなことを提供できて、どんなことを求める人材なら、自社で適応しやすかったり活躍できたりする可能性が広がるのか。「どんなこと」も1種類とは限りません。なんとか世代と言われる人たちに対して向き合うにあたっても、基本は対個人へのアプローチなのだと思います。

2つ目は、リスク回避=何をやりたくないか、という起点からの自分探しは、有効な考え方でありアプローチだろうということです。

例えば「キャリア・アンカー」という概念があります。これは、個人が自身のキャリアを選択する際に、自分にとって最も大切で、これだけはどうしても犠牲にできないという価値観や欲求、動機、能力などを指し、自分の軸となりえるものです。キャリア・アンカーには8つの領域があるとされています。

船の錨(アンカー)のように、職業人生の舵取りのよりどころとなるキャリア・アンカーは、自己の内面で一度形成されると変化しにくく、生涯にわたってその人の重要な意思決定に影響を与え続けるとされています。

8つの領域は、以下の通りです(「キャリア・アンカー エドガー H.シャイン著 金井壽宏訳 白桃書房」を参照)。ちなみに私の場合、自己診断や他者との対話により見出した結果「自律・独立(AU)」がアンカーで、以前から認識している自己像と一致します。10年以上前にこのキャリア・アンカーAUを見出して以降、この結果は私の判断軸の拠り所になっています。

・専門・職能別コンピタンス(TF):自分の専門性や職能が高まること:特定の分野で能力を発揮し、自分の専門性や職能が高まることに幸せを感じる。

・全般管理コンピタンス(GM):組織で責任ある役割を担うこと:集団を統率し、権限を行使して、組織の中で責任ある役割を担うことに幸せを感じる。

・自律・独立(AU):自分で独立すること:規則に縛られず、自分の納得する仕事の標準、ペース、やり方で仕事を進めていくことを望む。

・保障・安定(SE):将来の出来事を予測できること:所属する組織に忠誠を尽くし、社会的・経済的な安定を得ることを望む。

・起業家的創造性(EC):創造的な事業を試せること:夢に貪欲で、リスクを恐れず、クリエイティブに新しいものを創り出すことを望む。

・奉仕・社会貢献(SV):大義のために身を捧げること:なんらかの形で世の中をもっと良くしたいと思い、社会的に意義のあること望む。

・純粋な挑戦(CH):解決困難な問題に挑戦すること:解決困難に見える問題の解決や手ごわいライバルとの競争にやりがいを感じる。

・生活様式(LS):生き方全般のバランスと調和:個人的な欲求や家族の願望、自分の仕事などのバランスや調整に力をいれる。

このキャリア・アンカーも、「自分の中で、他は手放したとしても、これだけはどうしても犠牲にしたくない・手放したくない」ということが、起点になっていると言えます。つまりは、「これを犠牲にする・手放すことを、やりたくない」という概念です。

真正面から、「何がやりたいか」と問われても、うまくイメージできない人も多いと思います。特に、まだ就業経験のない学生であれば、そのような人も多いことでしょう。

リスク回避をする傾向があるというのは、Z世代に限ったことではありません。例えば、団塊の世代はほとんどの人が、転職、独立という行動とは無縁でしたが、それは転職や独立がリスクの高すぎる行動だったためです。その世代によって、何をリスクと知覚するかの傾向も変わりますが、リスク回避の願望は(個人差はあるものの)全世代に共通して当てはまることです。

「何がやりたいか」という問いでピンとこないならば、逆のアプローチで、「何を手放すことを最も避けたいか」と自分に問いかけてみることは、キャリアや仕事環境を考えるうえで有効だと思います。

<まとめ>
「何を手放すことを最も避けたいか」という問いかけも有効。


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