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大人向け職業体験の例を考える

1月27日の日経新聞で、「悩める大人に職業ツアー 「仕事観」新た、情熱取り戻す」というタイトルの記事が掲載されました。従来は子ども向けの概念だった職業体験を、大人向けに提供するサービスが出てきたことを取り上げた内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

キャリアコンサルタント、乗馬クラブスタッフ、左官職人、映像翻訳家……。あなたが就いてみたい職業は?

これらは、すべて「仕事旅行社」(東京・港)が企画する職業ツアーで体験できる。数時間から丸1日、実際に働いているプロと接し、仕事にどう向き合っているかを学ぶ機会を得られる。

子ども向けのキャリア教育は近年充実し、「キッザニア」など体験施設もあるが、同社の主な対象は大人。参加者の年齢層は10代から60代まで幅広い。

いまの職場に不満はないが、このままでいいのか――。キャリアに迷いを抱えた人こそ、働くことの楽しさを知る機会にしてほしいと、田中翼さん(45)が14年前に起業した。同じ悩みに直面した自身が、知り合いの会社を訪ね歩いて「仕事観」を新たにしたことが原体験だ。

会社によって仕事に対する考え方は異なった。最も印象深かったのは、あるベンチャーを訪れたときのこと。夏だったので社員の服装は半袖短パン。夢を語りながら、楽しそうに働く姿を見て「こんなに自由でいいんだ」とショックを受けた。自身はスーツ姿。朝から晩まで黙々と働き「仕事はつらいもの。だから給料をもらえる」という雰囲気だった。価値観が覆される思いだった。

キャリアの方向を見失った人が自分に合った場所を見つけ、仕事に前向きになれる事業をやりたいという思いがわいた。起業家の養成学校などに通い「社会人が1日、別の仕事場を訪れる」という事業構想を練った。11年に「仕事旅行社」を立ち上げた。

利用者はホームページで体験したい仕事や会ってみたい経営者らを選定。指定した日に現地に赴き、対話しながら一緒に働く。受け入れ先は「仕事にわくわくしている人かどうか」を基準に選んだ。その職業に就いた経緯や醍醐味、そしてつらいことを話してもらう。

当初、利用者はほとんどいなかったが、体験可能な職業を増やすと申し込みが増えていった。3件から始まった仕事のメニューは今では約100件にのぼり、これまでに参加した人は3万人以上となっている。

視野を広げる狙いで参加する人もいれば、体験を契機に訪問した会社や業界に就職した人もいる。受け入れ先にとっても、意欲のある人材との接点ができるメリットがある。

事業を続けるのは簡単ではない。自身の収入は会社員時代の半分となった。それでも続けているのは、働く意欲を失っている人が多いと感じているからだ。

仕事旅行社が開催したセミナーに参加した、大手企業に勤める40代の男性管理職から「意欲が湧いてこない。もう引退したい」と言葉をかけられた。「誰もが知る企業で働いているのに、情熱を失っている」と衝撃を受けた。

目指しているのは、誰もが仕事を好きだと思い、それによって生産性も高くなる社会。そのために「自分がこの事業をやらなければ」と思っている。

いまの職場を離れることだけが選択肢ではない。参加者からは「別の仕事に触れたことで、自分の会社の良さがわかり、仕事への納得感が高まった」と、起業時には想定していなかった反応もあった。

仕事旅行社の取り組みを知った企業から「従業員の研修に使いたい」と申し入れがあり、法人向けプログラムも始めた。

「学生にも働き盛りの世代にもミドルシニアにも、仕事はおもしろいものだと知ってほしい」。わくわくする方に向かって、行動し続ける。

私もキャリアコンサルタントとしてキャリアコンサルティングにかかわる機会があります。そうした場面では、別の仕事や別の会社という選択肢について話題になることもあるわけですが、その場でそれらを直接体験できるわけではないため、考えられることには限界もあります。

同記事の職業ツアーでも体験できる場面や時間は決まっているため、理解に限界はあると思います。ですが、限られた範囲内とはいえ、現地・現場・現物で体験することで、その仕事や会社に対するリアリティのある認識と臨場感は、やはり高まるのではないかと想像します。

学生を卒業するまでは、インターン活動などを含め職業体験する機会はいろいろありますが、社会人になってから職業体験する機会はほとんどありません。最近では、会社間でお互いに人材を受け入れ合う相互副業の取り組み(この場合は、その活動によって成果を生み出すことが前提だと思いますが)なども聞くようになりました。個人的には、同記事のような体験活動も、とても有意義な取り組みではないかと思います。

利用者にとってのメリットは、キャリアという自身の課題について考える材料を増やし、視野を広げられることです。

私の周囲でも、転職後にうまくいった例、うまくいかなかった例、いろいろ聞くことがあります。中には、転職後に前職の良さを認識し、前職のところに出戻り転職を希望する人もいます。うまくいかなかった場合が必ずしも失敗というわけでもなく、そのことがプラスになることももちろんあります。

一方で、中には転職先として志望する仕事領域や会社についてまるで把握できていなくて、ほとんど博打に近い状態で仕事を変えようとする例を聞くこともあります。冷静に自分と向き合って考える機会の選択肢が増えるというのは、よいと考えます。

受け入れる側のメリットとして、新たな人材やネットワークのつながりができることを、同記事では挙げています。(受け入れるのであれば、あくまで利用者に貢献するのを第一義にすべきだと思いますが、そのうえで)他のメリットとしては、自社の従業員エンゲージメントを高める機会になるかもしれないことが挙げられそうだと考えます。

社外の方を受け入れて社内を見学していただく、その方と話す機会があるとなると、社内の5Sをよく行って環境を整えようとします。そして、職場の何かについてきちんと説明でき、話に応じられる準備をしようとします。

これらは、社外から来客者がいようがいまいがやっておくべきことではあるのですが、なかなか徹底が難しいことでもあります。それが、来客者の予定がある、それも短時間の訪問ではなく長時間の視察的な目的となると、やはりいつも以上に身構えて整えようとします。

なじみの取引先でもそうですが、一般の方であればなおさらです。多くの企業で、工場見学などを受け入れているのは、こうした効果も見込んでのことだと言えます。

また、最終顧客、自社の商品・サービスを直接使うエンドユーザーと日常的に接している職種や役割の人は別ですが、その手前の工程にいる人は、自分たちの仕事の意義や自分たちの仕事に対するお客さまからのフィードバックを得にくいものです。

例えば、企業の間接部門にいる人や、ものづくりの製造プロセスで途中の一工程を担っている人などです。営業と違って自社の顧客からの反応が見えづらいために、「自分の仕事が一体社会の何につながっているのだろうか」と普段の仕事の目的を見失いがちになることもあります。

社外の方を受け入れてその反応を感じる機会をつくることができれば、そうした閉塞感を打破する一助となるかもしれないと考えます。同記事のような事例が増えていく中で、受け入れ側のそうした要素が満たされることも視野に入れることができるとなおよいのではないかと思います。

周囲の企業様の例でも、インターンによる人材の受け入れによって、インターン参加者はもちろん、受け入れた側の具体的なメリットが実感できているなど、興味深いお話が聞ける受け入れ事例も増えてきました。視野を広げる観点から、同記事のような事例が増えていくのもいいのではないかと思います。

<まとめ>
他社・他者の仕事理解を深めることで、自己発見を深める。

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