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訪日消費7兆円を考えてみる

6月26日の日経新聞で、「訪日消費7兆円、車に次ぐ産業に 10年で5倍 「輸出額」半導体・鉄鋼超え」というタイトルの記事が掲載されました。インバウンド消費の需要拡大、それによる経済効果が期待されているわけなのですが、その規模について説明している内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

訪日客(インバウンド)が日本経済を支える柱になってきた。2024年1~3月期の訪日客消費は年換算で名目7.2兆円と10年で5倍に拡大した。主要品目の輸出額と比べると自動車に次ぐ規模になった。

国内総生産(GDP)統計で訪日客の消費に相当する「非居住者家計の国内での直接購入」をみると、新型コロナウイルス禍前の19年10~12月期は年換算で4.6兆円だった。23年4~6月期の段階でコロナ禍前の水準を上回った後も拡大が続き、24年に入って7兆円の大台に乗せた。

日本経済に占める訪日客消費の存在感は高まる。7.2兆円という規模を日本の品目別輸出額と比べると、23年に17.3兆円だった自動車の半分以下ではあるが、2位の半導体等電子部品(5.5兆円)や3位の鉄鋼(4.5兆円)を上回る。

19年と23年を比べると自動車や鉄鋼の輸出額は45%ほど、半導体など電子部品は4割ほど伸びた。訪日客消費は24年1~3月期に19年同期比で6割強増えた。単純比較できないが、主要な輸出品を上回る勢いをみせる。

海外からの訪日客はコロナ禍前を上回る。日本政府観光局が公表する訪日客数は24年3月に単月として初めて300万人を突破すると、5月まで3カ月連続で300万人を超えた。

コロナ禍前と比べた消費額の回復も海外より顕著だ。観光白書によると、23年10~12月期の主要国のインバウンド消費額は19年同期との比較で日本は38.8%増だった。スペインの30.7%増、イタリアの16.5%増を上回る。1人あたりの平均消費支出も19年と比べて23年は31%増えた。平均宿泊日数も6.2泊から6.9泊に長くなった。

訪日客を受け入れる観光インフラが成長に追いついていないことは課題としてあげられる。ホテルや空港では人手不足が深刻だ。観光地でのオーバーツーリズムも問題視される。さらなる成長には地元負担を緩和する取り組みが求められる。

インバウンド消費が、GDP統計上「サービス輸出」に分類されることから、日本の主要品目の輸出額と比較しているのだと思われます。ただ、自動車や半導体、鉄鋼は国内でも使われていますので、国内向けも合算するともっと多くの生産量となるはずです。現時点でインバウンド消費が「自動車、半導体、鉄鋼などと肩を並べる産業だ」と言うには、無理があろうと思われます。

そのインバウンド消費は、今後どれぐらいの規模まで伸び、どれぐらいの「日本経済を支える柱」になっていくのでしょうか。

国外からの観光客(受け入れ)が最も多い国はフランスで、(参照するデータによっても違うのですが)年間約1億人となっています。日本は現在毎月300万人程度=年間3,600万人程度のため、仮にフランス並みに受け入れるとしたら、約2.78倍まで上昇余地があるということになります。

訪日客の1人あたり消費単価に引き上げ余地があるということも、以前から言われています。仮に今の2倍にできたとして、2.78×2=5.6です。土地やインフラに限りもありますので、無限に観光客を呼べるわけでもありません。例えばかなり甘い見通しで、7.2兆円×5.6=40兆円が、実質ベースの限界値(+物価上昇した分名目値は上がる)のイメージかもしれません。日本のGDPは約600兆円ですので、40兆円はその約6.7%となります。インパクトはあるものの、GDP全体の1割にも及びません。

また、同記事にあるような受け入れインフラの現状のため、このような金額まで伸びるのは相当先になるものと考えられます。そのようにとらえると、インバウンド消費は今後も有望、伸ばすべき産業で、1本の柱になるのは間違いないですが、インバウンド消費のみで国内経済の劇的な浮揚、けっこうな割合を支える柱になるのを期待するのは、無理があるのではないかということだと思います。

よって、インバウンド消費だけではなく、例えば、これまであまり輸出してなかった品目を輸出することで、来日しない人にもお買い求めいただくなど、別の方策も大切だと言えます。

ちなみに、7.2兆円という数字は、今の日本の年間防衛費予算とほぼ同じ規模です。(防衛費予算が防衛産業の市場規模と単純にイコール、というわけでもないと思いますが)

もうひとつ、6月27日の日経新聞記事「歴史的円安と日本経済(下) 企業規模大きいほど恩恵大」からも一部抜粋してみます。

長期の円安傾向は輸出企業の業績改善を予期させたが、改善の程度は企業規模に応じて大きな差異が指摘される。大企業ほど円安の恩恵を受け、中堅・中小企業への波及は遅れている。

今回の円安局面での大企業の業績改善の特徴はその迅速さにもある。22年4月から12月までに多数の製造業の上場企業が為替変動を要因とする業績修正を公表し、大半が上方修正だった。一方、中小企業では円安による業績改善は大企業ほど迅速かつ顕著ではない。

近年の日本の輸出企業の為替戦略に関する研究成果から、為替レートの変動が企業業績に与える影響が企業規模で顕著に異なる現象について、貿易取引に使用される通貨(貿易建値通貨)により説明を試みることができる。日本企業の輸出取引に用いられる通貨は、企業規模で大きく異なる。

上場企業の製造業では、企業規模が大きいほど日本からの輸出総額に占める円建て比率が低く、企業規模が小さいほど円建て比率が上昇する傾向が顕著だ。さらに小規模な非上場企業では輸出の大半は円建てであり、調査方法は異なるが、その比率は小規模な上場企業よりも高い。最も大規模な上場企業では相手国通貨やドルなどの外国通貨建て比率は7割に達するのに対し、非上場の中堅・中小企業では外国通貨建て比率は3分の1程度にとどまる。

「円安=輸入は困るが、輸出は有利になる」と私たちは想定しがちですが、同記事によると、その構図は中小企業にはそこまで当てはまらないというわけです。

・輸出で得た外貨を日本円に換算する、この換算の結果出てくる日本円の額が、円安になるほど膨らむ

・大規模上場企業は、輸出の取引のうち7割近くがこの構図に当てはまるため、日本円に換算した時の額が膨らみ増益要因となる。

・しかし、小規模企業(特に非上場)は、外貨建てで輸出しているのは全輸出取引の3分の1程度の比率のため、あまり増益要因とはならない。

同記事では、そのような状況となった歴史的背景についても説明されていました。80年代以降の急激な円高局面で経営の危機を招くことを懸念し、海外現地法人をつくっていった大企業は、海外現地法人と日本本社との間で為替変動リスクを吸収することができた。

しかし、中小企業は海外現地法人をもたないことも多く、急な円高のリスクを避けようと輸出でも円建て取引を志向する為替戦略が顕著になっていったということです。このことは、非上場の中堅・中小企業が、為替予約などの為替リスク管理を担う人員が限られているという事情も関連していたと説明されています。そして、最近の円安トレンドでは、このことが増益を阻害する要因になっているというわけです。

要は、私たちがイメージしているほどのレベルでの、円安による輸出の恩恵はないのかもしれないということです。長期的に円安トレンドが続く可能性も考慮して、中小企業においても新たな為替戦略が必要となるかもしれません。

組織としての戦略や施策などを検討するにあたっては、数字を生み出す要因とその背景、今後の見通しをおさえておくことはやはり大切だと、両記事を例に改めて感じた次第です。

<まとめ>
数字を生み出す要因とその背景、今後の見通しを想定してみる。


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