早期退職募集増加を考える
3月6日の日経新聞で「早期退職募集が昨年超え 上場企業、資生堂は国内1500人 迫られる賃上げで構造改革 若年に拡大、雇用流動化」というタイトルの記事が掲載されました。2024年の2月までの2か月間で、上場企業の早期退職の募集人数が23年通年分を既に1割上回ったということです。
同記事の一部を抜粋してみます。
同記事にも言及がある通り、雇用の流動化がさらに進んでいくことを示唆している内容だと考えます。
これまで、早期退職募集は中高年層を対象としたものが中心でした。
日本企業の典型的な雇用慣行は、一度社員となった人材は長期間の勤続を前提とし、社内での最適な活躍の場やそれにつながる職能を模索しながら、配置や職務内容の転換を行っていくものです。役職定年制度で、雇用自体の定年前に賃金が下がる仕組みも一部ありますが、社員全体の中では限定的です。基本的には、一度上がった賃金は下がりません。
若手人材であれば、今これといった成果創出をしていなくても、将来的な活躍や職能の発揮を期待することで、賃金のさほど高くない当面の間はそのまま雇用するという考え方が主流でした。しかしながら、中高年層になると、将来的な活躍や職能の発揮を、長期の視点で見ることは無理が出てきます。
よって、賃金が高止まりしている中高年層に対しては、さらなる成果創出を期待するか、優遇措置をつけての早期退職の提案をするかし、後者を選んだ一定数分の人件費の余力で若手の募集や登用に充てるという方法がなされるようになってきました。
この早期退職の提案を以前に増して、それも若手世代も含めて全世代に行おうとする動きが出ている、というのが同記事の内容です。
個人的には、悪くない取り組みだと考えます。
世代に関係なく、職場や仕事とのミスマッチを感じる人材に対して、積極的にキャリアについて考える選択肢を増やすことにつながるためです。日本は、ジョブのミスマッチを要因とする解雇が一般的ではないため、早期退職の勧奨だと今すぐの導入には難がありそうですが、希望ベースの早期退職募集であれば選ぶのは本人の自由です。そうした混乱もないでしょう。
この動きにも関連しますが、雇用する企業の側も雇用される社員の側も、ジョブのマッチングに対してより能動的に向き合うことが、今後求められていくと想像します。
企業側としては、「早期退職募集をしたものの、残ってほしいと考える人材ばかりに手を挙げられてしまった」という結果もあり得ます。人材の流動化が進むということは、当然ながら残ってほしいと考える人材も流動化しやすくなるということです。残ってほしい人材に対して、適したジョブのマッチングとやりがいのある職場環境を日常的に提供することが、ますます求められると言えます。
社員側としては、賃金や賃上げも一律ではなく、多様化が進むことに向き合うことが求められるかもしれません。
同記事の背景には、各社が今試行錯誤している賃上げ、それに伴う人件費の上昇があります。賃上げの動きは、現在の水準かどうかはともかく、今後も継続して進んでいくことが想定されます。
それを受けて企業としては、総額人件費のコントロールを、これまで以上に注力して行う必要があります。例えば、賃金を払って厚遇するべき人材には賃上げをより積極的に行い、そうでなければ据え置きといった対応も一層出てきそうです。
よく「賃上げ=ベースアップ+定期昇給」で語られますが、ベースアップは物価上昇に合わせたもの、定期昇給は当該人材に対する期待値の上昇に見合う還元だと考えることができます。
期待値の上昇というのは、組織から見た「個人が今後生み出すことを期待できる付加価値の上昇」です。「来期は今期以上に成果を上げてくれるだろう」ということです。成果ではなく能力主義に基づく賃金制度の場合は、「来期は今期以上に、会社が求める能力を身につけ発揮してくれるだろう」ということです。よって、理屈上は、「来期に今期以上の成果や行動、能力の変化が何も見込めない場合は、昇給させる必要がない」ということになります。
とはいえ、日本企業の雇用慣行としては、成果創出や能力発揮の程度に応じて差分はつけながらも、成果や能力がほとんど高まらない人材に対しても、年度初めに何らかの昇給は行うところがほとんどでした。これを定期昇給と呼んでいたわけです。
今後は、その「定期」の概念がなくなっていくことも想定されます。今期も来期も担当する成果創出や職務内容、職能発揮の期待値が同じなら、物価に連動するベースアップはともかくとして、期待値の変化に連動した昇給は行わず、その人件費は期待値が上がっている人材や新たに社外から獲得する人材に充てようという考え方です。私の見聞きする企業の間でも、そうした動きを進める、あるいは検討するという話を聞くことが増えています。
2年前あたりまでは、「定期昇給はあるがベースアップはない」が、賃上げ関連の聞く話としては中心でした。これからは、「ベースアップはあるが定期昇給はない」という話が増えていくかもしれないと思います。
企業側も個人の側も、雇用や賃金に対してより能動的に向き合う必要性が高まることを、早期退職募集の増加という事象からは感じた次第です。
<まとめ>
早期退職募集は人材の流動化を促し、それに伴って賃金・賃上げの制度の多様化を招くかもしれない。