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消費と労務提供の一体化の事例を考える
2月14日の日経新聞で、「ジムや旅で「働く」消費 やりがい×人手不足が融合」というタイトルの記事が掲載されました。働くことと消費とを組み合わせた活動について取り上げた内容です。
同記事を抜粋してみます。
食べたり、遊んだりする消費行動と労働行為は相反する概念だ。消費を盛り上げるには、「いかに働く時間を減らすか」ということが古典的な経済学のテーマでもあった。
しかし時は移り、消費行為もモノからコトへシフト。今ではその瞬間を楽しむ「トキ」消費、社会的意義ややりがいを求める「イミ」消費など実に多様化している。例えば働くことで、旅先の地域に深く関わる「おてつたび」もそんな時代の気分を映している。
運営会社のおてつたび(東京・渋谷)を創業した永岡里菜氏は、豊かな自然に囲まれた出身地の三重県尾鷲市に誇りを持っていたが、東京へ来てみると誰も知らないことに違和感を覚えた。尾鷲市だけにとどまらず、日本全国には無名ながら、魅力的な地域は多いと感じ、旅に出る。
各地で農家や旅館を手伝っていると、働くことで地域との関わりが深くなるという気分になる。同時に、人手不足という地方での慢性的な課題を目の当たりにした。そこでこの2つのテーマを結びつけるマッチングビジネスを思いつく。それがおてつたびだ。
現在はホテルや農家、製造業など約1800の事業者が参加し、働き旅を希望する約6万8000人が登録している。事業者は宿泊場所を確保した上で1泊2日から2カ月未満の仕事を、おてつたびのウェブで募集。例えば北海道別海町の牧場は5日間、子牛の世話と牛舎管理の仕事を募り、業務内容やスケジュール、報酬内容を告知している。
内容を詳しく見ると、短期的なアルバイトを求めるとともに、これをきっかけに長期的に働くスタッフを採用したいとのメッセージもある。おてつたびは報酬があるので貯金を取り崩さなくても済む。このため年々、会社員生活に区切りを付けた50~60代の年配層に広がっているという。
RIZAPグループが運営する低価格ジム「チョコザップ」では、会員がジムの運営を手伝うと月額の割引やギフトカードがもらえるサポート会員認定制度を導入している。例えば清掃や備品の補充などを手伝うと月額が割引となる「フレンドリー会員」、マシンの不具合対応までできる「セルフメンテナンス会員」がある。セルフメンテ会員にはギフト券が配られる。
元々チョコザップは、高級業態のライザップの近くに開き、そのスタッフがメンテナンスなどを手掛けていた。しかし出店増とともにそれでは間に合わなくなり、割引サポートを始めた経緯がある。人手不足も重なり、チョコザップにとって将来的な無人運営に向けてサポート会員制度は有効だが、利用者はそれ以上の価値を見いだす。
というのも年配の会員を中心に世の中の「役に立ちたい」との意欲があるほか、手伝うことで利用施設への愛着も高まるからだ。大阪府在住の50代のサポート会員(女性)は「割安になるほか、顔見知りができるし、会員同士の結束も生まれた」と話す。最近では皿洗いをすると無料になるラーメン店も登場している。
仕事そのものが社会的な問題発見・解決の意味合いが強まると、自己実現の場としては消費も労働も境界が曖昧になっていく。「やりがい」を搾取するような姿勢は許されないが、働く消費は時代にマッチしているのは間違いない。
先日、大人向け職業体験をテーマに考えましたが、同記事のおてつたびも職業体験を兼ねたサービスで、長期間の滞在と旅の要素を組み合わせたものと言えそうです。
恐縮ながら、おてつたびについて私は同記事で初めて知ったのですが、おてつたびサイトを見てみると様々なビジネスコンテストで受賞実績のある注目企業だということを認識しました。
同社サイトでは、同社のミッションとして、次の3つが掲げてあります。とても共感できる、考え抜かれた内容だと感じます。
・誰かにとっての”特別な地域”をつくる。
・”知らないだけ”という機会損失を無くす。
・お互いの”ありのまま”の良さを認識し、温かい関係が広がる世界を作る。
おてつたびの特徴について、次のように説明されています(同サイト)。旅館や飲食店、農場など、いろいろな案件の募集が見られます。
point1
お手伝い(仕事)してお金を得られる
※最低賃金以上の報酬を得られます。
point2
地域を旅する
※交通費の支給はございません。
point3
無料で宿泊。寝床は地域の方が用意します
※一部例外もございます。
同事例からは、2つのことを考えました。ひとつは、企業にとっての「パートナー」をいきなり獲得することも可能な環境になってきたのではないか、ということです。
リレーションシップ・マーケティングという考え方があります。お客さまを1.潜在客、2.顧客、3.得意客、4.支持者、5.代弁者、6.パートナーの6つの段階に分けて考え、関係を深めていくことで1から順にステージが上がっていくと捉えるものです。
支持者まで行くと、「化粧品ならこのブランドしか買わない」のように、企業にとってはありがたい存在になります。さらに進んで、企業や商品の良いところを他の人に伝えてくれる代弁者や、企業のイベントを手弁当で協力してくれたり新たなお客さまの紹介や協業もしてくれたりするパートナーがたくさんいるほど、事業基盤は盤石になると言えます。
同記事の例は、一見さんに近い潜在客の状態から、一気に手弁当のステージまで引き上げる構図だと見ることもできると思います。
本来、潜在客からパートナーにまで引き上げるには、長い時間を要するはずです。その企業の商品・サービスを着実に提供し続け、確かな「満足」を積み重ねたうえで、満足を超える「感動」も感じてもらうことで成り立つものです。よって、同記事の利用者と企業との関係性をパートナーと見なすには、その中身と蓄積されていることの違いから、無理もあると思います。
そのうえで、パートナー的な要素を一部担っていることも、事実だと考えます。やりようによっては、いわゆるお客さま・消費者でも社員でもない、新しい形態の利害関係者を即座に活用できる環境にあるかもしれないと認識することは、自社にとっての可能性を広げるうえで有益だと思います。この視点で学生インターン生をうまく活用している企業の話を聞くことも、増えています。
そのことを可能にするためには、一見さんに近い人にも信用され興味を持ってもらえるよう、なぜその取り組みをするのか目的の明確化と、利用者に満足してもらえた受入事例を蓄積することが前提だろうと考えます。おてつだびのミッションやビジョンからは、同取り組みを立ち上げた目的が十分に伝わってきます。
もうひとつは、事業を継続するために必要な人材確保の一助となる可能性です。
(今日現在の)同サイトによると、「どんな地域でも即採用※95%以上の事業者で求人掲載から平均1.27日で申込があります」とあります。受入希望として募集の掲載をして翌日には申し込みがある、ということです。
このような形態で引き寄せる人材を、どこまで事業継続の前提にできるかは判断が必要で、ケースバイケースでもありますが、例えば「突発的に特定の繁忙期だけ追加の人手がほしい、しかし常時雇用は難しい」といった状況を抱える企業などであれば、恒常的な導入も相性がよいと思われます。
従来の雇用・被雇用という概念を超えた人材調達の一例として、ヒントになるのではないかと考えます。
<まとめ>
消費と労務提供が一体となるような時間の過ごし方もありかも。