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投票ルールを考える
先週、日経新聞の経済教室欄で、選挙制度について考える記事が数回掲載されました。
日本のルールで決まっていて、私たちが普段自然なことだと感じていることが実は絶対ではない、他国では別の考え方が採用や検討されている例もあるという、興味深い内容が紹介されていました。この考え方は、私たちの身のまわりの組織活動にも通じるものがあると感じます。
8月28日の記事「あるべき選挙制度とは(上) 「多数決」への過信は禁物」では、多数決という決め方の弱点について、次のように構造的に説明されています。(同記事から一部抜粋)
多数決とボルダルールで選挙結果は変わる
① ② ③
1位 A党 B党 C党
2位 C党 C党 B党
3位 B党 A党 A党
① 有権者4人がこの順位で支持
② 有権者3人がこの順位で支持
③ 有権者2人がこの順位で支持
多数決の結果:A党 4票、B党 3票、C党 2票
決選投票:B党 5票、A党 4票
ボルダルール(1位3点、2位2点、3位1点):C党 20点、A党 17点、B党 17点
小選挙区制一つをとっても、多くの投票方式が考えられる。日本の小選挙区制は1回限りの多数決で選挙が実施されている。よって似た候補者が複数出馬すると、それらの間で票が割れる。例えば23年4月に千葉5区で行われた衆院補選では7人が立候補し、1位の当選者でも得票率は約31%にとどまった。多数決の結果が常に多数意見の反映であるとは限らないのだ。
票割れの影響を下げる仕組みで最も単純なのは、決選投票をすることだ。フランス下院選にはこの仕組みが備わっている。6~7月の直近の選挙では、左派勢力は1回目投票で票が割れたが、2回目の決選投票では協力の効果もあり支持層の票を集中させられた。
日本でも、国会での首相指名選挙や政党の党首選などには決選投票の仕組みが備わっている。ただし1回目の投票で票割れが起きると、広い層から支持を得ている候補者が決選投票に進めないことは起こる。よって決選投票は、ないよりはある方がよいが、1回限りの多数決の抜本的な解決策にはなっていない。
この点を解決する投票方式として、18世紀にフランスの数学者が考案した「ボルダルール」がある。各有権者が「1位に3点、2位に2点、3位に1点」のように加点する。自分の意見に近い複数の候補者に点数を付けられるので、票割れの影響を受けにくい。
赤道直下の島国ナウルは「ダウダールルール」という選挙制度を用いている。「1位に1点、2位に1/2点、3位に1/3点」のように加点するもので、ボルダルールに近い。
ボルダルールやそれに近い方式は、多くの賞の選考で用いられている。マンガ大賞、本屋大賞、サッカーの世界最優秀選手賞「バロンドール」などの2次選考がそうだ。多数決ではうまく選考できないことに気付いている人は、実のところ多くいるのだろう。
選挙制度は、決まったルールに沿って出力された結果により判定がなされる点では、公平な仕組みと言えます。そのうえで、ルールの設計方法も様々なやり方が考えられ、どのやり方が採用されるかで結果も変わってくるというわけです。
8月30日の記事「あるべき選挙制度とは(下) 設計次第で世代格差是正も」では、次のような説明もありました。(一部抜粋)
日本の人口減少や少子高齢化のスピードはすさまじい。2030年には50歳以上が全有権者に占める割合は6割を超える勢いで、このような状況での民主主義は人類史上初の経験だ。都市部と地方の1票の格差拡大や、高齢者の利益が優先される「シルバー民主主義」の加速も懸念される。
シルバー民主主義を選挙制度で是正するため、有権者の人口構成比に応じて世代ごとに議員の議席数を配分する「世代別選挙区制」や、各世代の平均余命に応じて世代ごとに議席数を配分する「余命投票制」が提唱されてきた。最近、導入に言及する政治家が現れて話題になった「0歳選挙権」もその一つだ。
0歳選挙権は米国の人口統計学者ポール・ドメイン氏が提唱した。正式には「ドメイン投票方式」と呼ぶ。0歳児などの子どもにも選挙権を付与し、親が代理で投票する仕組みをいう。両親が代理で0.5票ずつ投票する方式の提案が多いが、ハンガリーでは母親に追加で1票を付与する法案が提案されたことがある。
代理投票が1人1票の原則に反するという批判もあるが、ドメイン氏が問題視するのは、人口の一定割合を占める子どもに選挙権がないことだ。このため、まずは1人1票の原則にのっとり、選挙権年齢引き下げの究極の姿として0歳児などの子どもにも選挙権を付与することが本質である。その上で自らが投票できない場合に親が代理投票する方式と理解するのがよい。
なお代理投票を巡っては、認知症の高齢者などにも代理投票の制度が存在しており、その論理的な整合性や実態を含め、冷静な議論が必要となろう。
仮に0歳選挙権が実現すると2030年・50年・70年の「全有権者に占める50歳以上の割合」はどう変化するだろうか。国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(23年推計)から計算すると、選挙権の年齢要件が18歳以上の現行制度の下、出生中位・死亡中位のケースで30年時点の割合は60.6%だ。50年は63.2%、70年は65.4%まで上昇する。これが0歳選挙権の下では30年に52.8%に低下する。50年は55.5%、70年は58.1%と、いずれも6割未満にとどまる。
全有権者に占める50歳以上の割合の予測
1.出生中位・死亡中位ケース(2050年の合計特殊出生率が1.34)
2030年 2050年 2070年
現行制度 60.6% 63.2% 65.4%
ドメイン投票方式 52.8% 55.5% 58.1%
2.出生低位・死亡中位ケース(2050年の合計特殊出生率が1.11)
2030年 2050年 2070年
現行制度 60.6% 64.0% 69.0%
ドメイン投票方式 53.2% 57.4% 63.0%
一定の判断力を有する者が選挙権を持つべきという考え方から、成年者による普通選挙という制度は、世界中で自然なこととして受け止められています。そのうえで、日本の場合18歳以上の人とされている成年者について、果たして何歳とするのが妥当なのかは、正解のない問いです。
加えて、同記事によると、憲法も成年者に対して選挙権を保障しているだけであって、それ以外の者に選挙権を与えることを禁じていないと明記していて、18歳未満の子どもに選挙権を付与する可能性を否定しているわけではないそうです。
上記の予測結果を見ると、18歳以上の人に1票ずつの投票権を与える今の制度を維持し、人口構造の変化を経てさらにシルバー民主主義が高まるのを公平とみなすのか、ドメイン投票方式によって特定の条件を満たす人に代理投票権を与えて0歳選挙権を認めるほうを公平とみなすのか、議論の余地があるテーマだというのがわかります。
政策の是非には多様な意見もあり、ここで特定の結論を出すことを意図しませんが、上記のような投票権の視点が私たちの日常の組織活動でも当てはまると認識することは、有用だと思います。すなわち、次のような視点です。
・会社やチームの中で、何かの意見聴取や是非を決めるに当たって採用しているルールが、会社やチームとして妥当とみなすプロセスとなっているか。例えば「多数決方式が是と思っていたが、ボルダルールのほうが是かもしれない」といったことはないか。
・特定の条件に当てはまる人からの意見を参考にする、あるいは全員からまんべんなく意見を集めるなどは、会社やチームが考える公平性に適っているか。適当な例だが、会社が実施する組織診断において、入社直後でまだ会社の全貌がつかめていない人と入社して長い幹部人材とで、同じ1票が公平とは限らないかもしれない。
上記では、ボルダルールと0歳投票権について主に取り上げてみました。この2つのイメージを持っておくだけでも、自分が所属する組織での意見聴取や意思決定の場面で、そのプロセスの妥当性を一考するうえで役に立つのではないかと考えます。
<まとめ>
何を公平とみなすのか、別の切り口でも考えてみる。