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クレカの使い分けをするかしないか

12月11日の日経新聞で、「YOUTH FINANCE(10)富裕層クレカ選ぶ20代 年会費5万円、ポイント経済圏に疲れ」というタイトルの記事が掲載されました。ポイ活に熱心な人が多い一方で、そういった活動から距離を置きたがる人もいるということを取り上げた内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

年会費5万5000円で、ポイント付与率はそれほど高くなく1%。そんな富裕層向けカードに若い人が引き込まれている。安い年会費で高いポイント付与率のクレジットカードが注目されてきた常識は20代になぜ通用しなくなったのか。背景には「ポイント経済圏疲れ」がある。

「先月はたまったマイルでベトナム旅行に出掛け、先週は京都の北野天満宮に紅葉を見に行った」。こう話すKAIさん(仮名)は都内のIT企業で働く27歳。9月に米国発の富裕層向けカード「ラグジュアリーカード(LC)」に入会した。

北野天満宮のもみじ苑に入るには1200円かかるが、LC会員は無料で1回入れるなど観光地の入場料優待がある。ポイントは航空会社のマイルなどにも交換できる。

高級ホテルのルームアップグレードや会員制の空港ラウンジ利用などの特典に加え、若者の心をつかんでいるのが会員限定のイベントだ。

LCを手掛けるBlack Card Ⅰ(ブラックカードワン、東京・千代田)は食事会やゴルフコンペ、お菓子作りの体験教室など、1年を通じイベントを開いている。

イベント情報は専用アプリから定期的にプッシュ通知される。KAIさんの年収は550万円だが「ネット検索で出てくる情報には限界がある。自分の知らない世界を提案してくれることを踏まえると5万円超の年会費が高額とは感じない」。

ブラックカードワンの2024年の20代の新規入会者数の見込みは23年比で1.1倍、22年に比べると1.7倍に増える。他の世代と比べても伸び幅は大きいという。

若者会員の獲得に力を入れるのはアメリカン・エキスプレス(アメックス)だ。24年に音楽フェス「フジロックフェスティバル(フジロック)」のオフィシャルサポーターに就き、抽選でチケットがあたるキャンペーンを展開した。

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)の貸し切りイベントなど、若者を意識した企画を相次ぎ打ち出す。若年層獲得の起爆剤として24年2月に投入した年会費3万9600円の「ゴールド・プリファード」は新規入会の3割が20代だ。

なぜ20代が高額な年会費の富裕層向けカードにひかれるのか。KAIさんは家賃や食費、娯楽費など日常生活のほぼ全ての決済場面でLCを使っている。

以前は楽天市場は楽天カード、Yahoo!オークション(ヤフオク)はPayPayと、決済手段を使い分けて効率よくポイントをためていたが次第に「魅力ある特典を探したり、ポイントのお得な使い方を考えたりすることに疲れてきた」。

「同一経済圏で享受できるサービスは限られている」こともカード切り替えの理由の一つだ。可処分所得が増えるにつれて海外旅行などのコト消費への意欲が高まり、ポイント経済圏で受けられるサービスと、自身が求めるサービスに隔たりが生じていくのを感じた。

MMDLabo(東京・港)の7月の調査では「ポイント経済圏を意識している」と回答した人の割合は10代は39%、20代が57%だった。30~60代はいずれも6割超で相対的にこだわりが弱い。

たしかに、年収550万円・20代という属性からは、一般的にはクレカの使い分けによるポイ活がはまりそうなイメージがありますので、同記事の内容は少し意外な印象を受けます。

同記事の内容から連想したのは、「ウィルパワー(意志力)」と「ジャムの法則(決定回避)」です。

ウィルパワー(意志力)とは、私たちが何かを決定するときに使うエネルギーのことです。人が持ちうるウィルパワーは容量が決まっていて、力が限られているのだそうです。そして、ウィルパワーは何かを決定することで消費されていきます。

ケンブリッジ大学の研究によると、人は1日に最大3万5,000回の決断をしているそうです。これには、「今日どんな服を着ようか」「何を食べようか」などの、日々の細かい意志決定も含まれます。こうした細かい意志決定でウィルパワーを消費していくと、複雑な考察を要する課題に向き合ったり、重要度の高い課題で意志決定したりする肝心な場面で思考力が残っていないかもしれません。

ウィルパワーを温存することを意図して、髪形を丸刈りにしたり、毎日同じ服を着たりする人もいます。髪形を丸刈りにすると決めてしまえば、美容院選びをどうするか、寝ぐせが十分になおっていると判断できるか、ドライヤーが十分に行き届いているとみなすかなど、日々の小さな決断回数を削減できます。もちろん、そうしたいかどうかは、その人次第ですが。

多くの人が、ネクタイ有よりも無のほうが楽だと感じるのは、ネクタイを締める時間の削減、堅苦しい雰囲気からの解放、動きやすく首が楽、暑さからの解放といった理由が考えられます。加えて、服に合うネクタイを選んだりネクタイがよじれてないかを判断したりすることに使われるウィルパワーを節約できるということも、理由として説明できそうです。

同記事の例は、クレカの使い分けで頭を使う時間を減らし、ウィルパワーを温存したいと考える人が一定数いることを示してそうです。

『選択の科学』の著者で知られるコロンビア大のシーナ・アイエンガー教授による実験結果をもとにした「ジャムの法則」というものがあります。選択肢が多すぎると選べなくなってしまう心理現象のことで、「決定回避の法則」とも呼ばれています。次のような概要です。(「社会人の教養」サイトを参照)

<実験の内容>
・スーパーマーケットに買い物に来たお客さんに、ジャムの試食販売をする
・被験者を2グループに分け、それぞれで取り揃えるジャムの種類の数を変えて、どれだけ売れたかを観察する

<被験者グループの条件と結果>
グループA:6種類のジャムを試食販売
試食をした人の割合:40%
試食後に購入した割合:30%
全数の購買率:12%

グループB:24種類のジャムを試食販売
試食をした人の割合:60%
試食後に購入した割合:3%
全数の購買率:1.8%

品揃えが6種類しかなかったグループAは、成約率(コンバージョン率)が10倍。直感的な予想を裏切り、「品揃えが少ない方が売れる」という結果になった。

<結果からの考察>
・24種類は多すぎて全部試食することができない
・多すぎる選択肢は、吟味できない選択肢を与えることになる
・吟味できない選択肢の中にもっと良いものがあるかもしれないと思い、決定できなくなってしまう

「もっとお得なカードやポイントの使い方があるのではないか?」などと、吟味できていない選択肢について詮索することや、多すぎる使い方の選択肢に疲れてしまうことで、ポイ活そのものから距離を置きたくなる。それならば、お気に入りのジャム(クレカ)を1つ決めてしまって、ジャム選びから解放されようという心理も、同記事の背景として考えられそうです。

同様のことは、個人の単位でも組織の単位でも言えると思います。

例えば、あるテーマで(違いに意味があれば別ですが)どちらを選択してもほとんど影響のない程度の違いのものを別メニューとして提示したり、相手に必要のないメニューを提示したりすることで、相手を疲れさせたり、(本当は必要なはずが)そのテーマ自体から相手を遠ざけたりする結果になっていないか。振り返ってみたいところです。

なお、同記事の冒頭では「20代になぜ通用しなくなったのか」とありますが、後半では「ポイント経済圏を意識している20代は57%いる」と紹介しています。調査の詳細は存じ上げませんが、通用する20代のほうが依然として多数派かもしれません。

「ポイント経済圏を意識しない」「いや、意識する」に限らず、何事もそうですが、白か黒かの一択ではなく、その両方、あるいはグレー。グレーも濃度があってどっち寄りのグレーなど、いろいろな可能性があり、その中でどういった相手に対して主に自社や自分が目を向けていくかの明確化が有効、ということだと思います。

<まとめ>
相手のニーズや嗜好の可能性は多様。


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