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中小企業の健康経営の取り組み
2月5日の日経新聞で、「〈小さくても勝てる〉健康サポートで人材定着 検診費用負担 復帰後の業務を柔軟に 中小、優先課題絞り実施」というタイトルの記事が掲載されました。社員の健康支援に取り組む企業が増えていることを取り上げた内容です。
同記事を抜粋してみます。
社員の健康支援に取り組む中小企業が増えてきた。人員や資金に限りがある中、課題に優先順位を付け分野を絞って実施することで人材の定着など成果を上げている。ただ病気の治療と仕事の両立支援やメンタルヘルス対策、運動の推奨など多岐にわたるため大企業に比べて、中小企業の取り組みは遅れている。経営者の意識改革が欠かせない。
「会社のサポートで安心して仕事を継続できた」。従業員数約240人の建設会社、松下産業(東京・文京)に勤める寺川達也さん(57)は明るい声でこう話す。約10年前にくも膜下出血を発症。現場監督からデスクワークに変わった。2020年には肝臓がんを患ったが手術後はしばらくテレワークになり、現在はフルタイムで働く。
同社ではがんなどが見つかると医師選びに協力するほか、回復状況に応じて業務内容を変える。10年間に健康診断で16人にがんが見つかったが全員が仕事を続けた。一定の年齢の社員には人間ドックとがん検診などの費用を負担する。松下和正社長は「ベテラン社員も多く退職で技術力やノウハウを失うと経営に痛手となる。それに比べれば1人当たり月数千円の負担は高くない」と話す。
社内には健康に関するライブラリーも設けた。心身の不調などを相談できる専門部署を設置し、入社3年目までの社員に対しては2~3カ月に一度、疲労度を探るウェブテストを実施する。離職率(入社3年以内)は11%と同規模の会社(30%超)を下回る。「中小企業は社員が少なく人材の代替がきかない。健康に配慮するのは当然」と松下社長は言い切る。
企業が社員の健康維持や増進に積極的に関与し、生産性向上などにつなげる取り組みは「健康経営」と呼ばれる。上智大学の森永雄太教授は「健康経営に前向きな企業は社員の信頼感が高まり、人材定着などの効果が見込める」と意義を説明する。だが人員や資金力が限られる中小企業は、大企業と同じような施策は難しい。森永教授は「優先すべき課題を決め、分野を絞って取り組めば、中小でも効果が出やすい」と指摘する。
藤沢タクシー(神奈川県藤沢市)が重点的に取り組むのは治療と仕事の両立支援だ。1日数時間でも、3日おきの勤務でも体調に合わせた働き方ができる。根岸茂登美社長は「人手不足のなか、運転や接客能力に秀でたドライバーを確保するのが経営にとって大切」という。
65人いる社員の平均年齢は61歳と高齢化が進む。20年間で累計24人ががんになったが、発見と同時に退社した社員はいない。柔軟な勤務を認めたことなどでドライバーの平均勤続年数は11年超と全国平均を1割上回る。
社員の健康増進に力を入れるのがシステム開発のアイデアル(大阪市)だ。21年から毎年8週間、1日平均8千歩歩くイベントを実施している。新型コロナウイルス禍で社員の大半が在宅勤務となる中、多くの社員が「睡眠の質が悪化した」と感じるようになり運動を通じて解消をめざした。
イベントは社内のコミュニケーションの活性化も目的としており、6チームに分けて達成を競い合う。24年9月時点で「1日8千歩以上歩く頻度が週の半分以上」と答えた社員は72%と前年同月比で18ポイント改善した。入社3年目の森本美悠さんは「晴れた日は昼休みに同期や先輩と歩くようにしている」と話す。直近3年間の新入社員計22人のうち、退職者は1人だという。
機械設計のケィテック(名古屋市)は運動や食事など10項目の取り組みをポイント化し、優秀者には最大5千円分のギフトカードを贈っている。
課題の一つが社員の取り組みが持続するかだ。健康増進につながる本社周辺のゴミ拾いや栄養バランスを意識した料理教室などのイベントも積極的に開催するが、関心を持ち続けてもらうようにアンケートなどを基に、半年ごとに項目の内容や点数を見直している。
経済産業省のサイトには、健康経営について次のように説明されています。(一部抜粋)
「健康経営」とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです。企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます。
健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置づけられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つです。
日本再興戦略や未来投資戦略は、当時の内閣で閣議決定された成長戦略です。
就業環境の整備や労務管理、法定の定期健診などの枠を超えて、従業員の健康増進にまで企業がどこまで取り組むべきものなのか、従業員個人の自己管理の問題ではないのか。いろいろな意見もありそうですが、いずれにしても、国をあげての成長戦略の一環になっているということからは、重要性が高まっているのは間違いないと言えそうです。
企業が健康経営に取り組む意義は、いろいろな観点から説明することができそうです。生成AIに、「代表的な意義を5つ、合計2000字程度で説明してください」のように聞いてみました。
すると、「企業が「健康経営」に取り組む意義は多岐にわたります。以下に、そのポイントを5つ挙げて説明します。」とし、1. 従業員の生産性向上、2. 企業イメージの向上、3. 医療費の削減、4. 従業員のモチベーション向上、5. リスクマネジメントの強化の5つを挙げながら2000字程度で説明してくれました。
たしかにその通りだと思いますし、国が成長戦略とする意図とも重なりを感じます。そのうえで、これらは以前にも当てはまっていたことだと思います。ここでは、それらの意義が「今(から)」高まっている背景について2つの点を考えてみます。ひとつは、個人が健康管理を自助努力で行うことが以前より難しい社会環境になっていくことです。
場所や時間が各人の裁量に任されているリモートワークという形態が、社会的にも試行錯誤中と言われながらも、以前に比べると増えています。全世帯に占める単身世帯の比率も年々増えています。個食も増えました。「誰にも見られていない」環境が増えて、普段の節制や適度な運動が各人の自己管理に委ねられるという状況が増えています。
また、仕事やプライベートにデジタルデバイスの利用が入り込み、多用を求められています。このことによるストレスや健康への影響はイメージできるものの、実際にどのような影響が出ていて、どのような改善行動をとるべきなのか、なかなか把握していないものです。
これらの重要性を個人で認識し、節制と改善行動に自己管理で取り組めばそれでもいいのですが、「生活習慣病」という言葉があるように、多くの人にはそれが難しいと言えます。
もし、自分で試行錯誤して努力するかわりに、「会社が提示するアラートや取り組みに沿っておけば、自己流であれこれ考えて取り組むより良質で確かな健康増進が、必然的に実現する」といった環境に乗っかることができれば、そっちのほうが健康管理のコスパが良い、ということになりえるかもしれません。
また、仮に健康上の事由で何かあったときに、同記事の各社のように調整して就業を続けることを検討できる環境が充実していれば、従業員にとっては自分の職業生活上のリスクヘッジになります。
健康経営に熱心かどうかという点は、就業先選びのポイントとして今はまだそこまで重視されていないかもしれませんが、SDGsや持続可能性といったテーマにより敏感な若手世代では、今後より重視される流れになるのかもしれません。
もうひとつは、高齢者を含めた人材の安定的な活用が、事業の競争力や活動計画を維持するうえでさらに重要になることです。
冒頭の記事にもあるように、シニア人材のさらなる登用の拡充は、業界や職種に関係なく各社にとって共通の課題テーマです。当然ながら、シニア人材は若手世代に比べて、健康状態によって就業が不安定化する状況が起こりやすくなります。全従業員の平均年齢が上がり、シニア人材の比率がどんどん高まっていく今後は、この事象がさらに増えていくということです。
人的資本経営という言葉を聞くことが増えました。人材が最大限安定的に成果を上げていく状態づくりのためにヒトモノカネを使うことは、シニア人材の活躍場面がさらにどれぐらい増えていくかをイメージすると、戦略的に必要な投資だとみなすことができます。
同日付の日経新聞別記事「「健康経営」54%どまり 大企業と差、意識改革必要」では、国の制度で健康経営優良法人と認定された中小企業が増えていることが紹介されています。そのうえで、健康経営に取り組んでいると答えた企業が、従業員数1000人超の大企業が82.6%なのに対し、中小企業が54.1%、5人以下の零細企業となると40.7%にとどまっているという、帝国データバンク調べによる内容を紹介しています。
まだまだ道半ばとはいえ、半数程度の中小零細企業が何らかの健康経営の取り組みをしていると見ることもできます。まだ何も取り組んでいない企業は、少数派になっていきつつあるという認識を持っておくべきなのかもしれません。
・社会環境的に、従業員個人が健康管理を自助努力で行うことが以前より難しい
・シニア人材の安定的な活用が、さらに重要な課題になる
健康経営というテーマに関連して、改めて踏まえておくべき点ではないかと思います。
<まとめ>
健康経営の充足度合いは、今後会社が就業先として選ばれる要素のひとつになっていくかもしれない。