
転居を伴う転勤なら高い初任給という事例
1月11日の日経新聞で、「東京海上、初任給最大41万円に 転居転勤なら高く」というタイトルの記事が掲載されました。新卒者でも、研究実績のあるエンジニアなど希少性の高い職種はまた別ですが、一般的な採用で初任給41万円というのは、今現在の採用市場の水準では破格の提示と言えます。
同記事の抜粋です。
東京海上日動火災保険は2026年4月入社の大学新卒の初任給を改定する。学部卒で転居を伴う転勤に同意し、自らの本拠地以外での勤務になった場合は現在の月額約28万円から最大で約41万円に引き上げる。労働組合と協議中で、近く決定する。
職種は勤務地を限定するエリア総合職を廃止し、総合職に一本化する。転勤の有無以外は同一の処遇体系や評価制度を適用し、地方を含めた優秀な人材の獲得や採用の競争力を高める。
転居転勤への同意など今回の条件にあった場合の初任給は約38万~41万円になる。勤務地によって金額が3万円前後変わる。転勤する範囲は「国内外を問わない」「一定の地域内」から選べ、東京海上日動の人事部が初任地を判断する。
学部卒で転居を伴う転勤を希望しない総合職の初任給は全国共通で約28万円にして差を付ける。
初任給の改定に伴い、若手社員の給与も合わせて引き上げる見通しだ。これまで職種の違いによって業務内容の差がほとんどなかったことから、一本化して社員の納得感を高める。
優秀な学生の獲得競争が激しさを増しており、大手企業で初任給を引き上げる動きが目立つ。
三井住友銀行は26年4月入行から初任給を月額30万円に引き上げる。大手総合商社でも初任給は30万円台で、国内大手の金融機関で最大41万円は突出して高い水準といえる。
同記事によると、初任給41万円というのは条件付きのようです。制度の詳細は存じ上げませんが、記事内容に対する理解が間違っていなければ、次のように読めます。ベースの初任給は28万円で、転居転勤を受け入れる場合に増額ということのようです。
・総合職の初任給としての基本的な提示金額は、月額約28万円
・転居転勤などに同意し、自らの本拠地以外での勤務になった場合の初任給は、約38万~
・転勤する範囲で「国内外を問わない」「一定の地域内」など複数の種類があり、最も負担が大きそうな種類の勤務地に当たった場合の初任給は、最大金額の約41万円
ざっくり言い換えると、転居転勤するだけで月例給与が10万円以上増える制度だと言えます。10万円という金額差が規模として妥当なのかは、何とも言えないところかもしれませんが、個人的には興味深い制度だと感じます。
同制度の背景として、2点挙げてみます。ひとつは、公平性とは何かの観点です。
転勤ありの人事方針を採用の条件でも明示し、就業規則でも転勤付きの辞令を拒否できないことを定めている企業は多くあります。そうであるなら、従業員は辞令を断ることはできないわけですが、実際には多くの企業で、辞令を受けるのが一部の人材に偏る事象が見られます。
個人の側も育児や介護など様々な事情を抱えています。そうした事情も加味しながらの人事も必要なわけですが、往々にして「声の強い人に対しては反発を受けそうな辞令は出ない」「協力的な人に対しては難しい辞令が出る」などの慣習も見られるものです。
しかしながら、仮に転居転勤を好む(あるいは苦としない)人材であったとしても、一方的な命令に従って居住地を変えるというのは、本人にとって大きな負荷です。これまでは、企業の側もこうした人材に対して将来的なポストや処遇で中長期的に報いてきたわけですが、具体的な形で保証が明示されるわけでもありません。
個人の側も、対価の即時性を求める傾向が強くなっています。同事例のように、個人が選べる状態にしたうえで、シンプルに「大きな負荷を選んで受け入れたら、それに見合う対価を受け取る」という仕組みにするのは、公平性を実現するひとつのやり方として合理的だと思います。
もうひとつは、ゼネラリスト人材の希少性です。
しばらく前から「ジョブ型人材」などと言われて、専門職化するのを促す人事制度にシフトする流れが見られるようになってきました。そのうえで、高度なマネジメントや経営を担うことができるのは、最終的にはやはりゼネラリストです。新卒直後から転居転勤を伴う様々な経験をすることは、ゼネラリストとしての力を身につけるには有効です。
また、同事例のように、転居転勤に対してこれまで以上の対価で優遇する企業が増えているということは、転居転勤を伴うゼネラリスト志向を実践したいという人材の希少価値が高くなっているということです。
学卒入社の時点で、自身の目指す専門領域・キャリアビジョンが明確に描けていて、それに沿って特定の領域に特化して職業生活を送っていくのも有意義だと思います。一方で、自身のキャリアにそこまでの明確さがもててなくても、企業の事情に合わせて動きながら経験を積み、希少性の高いゼネラリストとして力をつけていくのもまたよいのではないかと思います。
転勤やゼネラリストについては、以前の投稿でも取り上げたことがあります。よろしければ、ご参照くだされば幸いです。
<まとめ>
転居転勤に対する対価を明確にする雇用も見られるようになっている。