定年後の賃金はどうあるべきか
先日、ある経営者様とお話する機会がありました。
「うちの会社の今後10年の社員構成を年齢別にシミュレーションしてみた。55歳以降の社員割合が今の倍ぐらいになる見込み。定年前や定年以降の賃金は他社さんではどれぐらいが相場でトレンドなのか。今のままでの賃金ではモチベーションに限界もあろうから賃上げも避けられないだろうが、当然人件費管理も必要になる」
この手の問いかけを受けた時には、私は次のように問いかけ直すことにしています。
「貴社ではシニア人材をどのように活用していきたい方針なのでしょうか。
法定の最低限の仕組みを整備して居場所を確保すればよいと考えるのか。定年前に担っていた範囲内の業務をそのまま滞りなく担ってもらいたいと考えるのか。あるいは、もっと限定的な範囲内の作業に絞るのか。あるいは、年齢に関係なく人によっては活動範囲を広げてもらいたいと考えるのか。
他社のトレンドがいかようであろうと、方針がどうなのかで解が定まってくる話だと思いますが、いかがでしょうか。」
今月、名古屋自動車学校(名古屋市)の元社員による訴訟の最高裁判断が話題になりました。定年後の再雇用の際に、月額約16万〜18万円だった基本給が4〜5割ほどに減ったことの是非が争点となったものです。定年時の6割を下回る基本給は不合理と判断した一、二審判決を破棄し、審理を名古屋高裁に差し戻しました。
正社員と再雇用者との間での基本給格差について最高裁が判断を示すのは、初めてということです。今回の訴訟で争われた基本給の格差が不合理かどうかについての結論は明示せず、判断は差し戻し審に持ち越されました。
「正社員や再雇用者の給与の性質や目的について十分に考慮されていないとして、審理を高裁に差し戻し検討を尽くすのが相当」というのが、差し戻しの理由のようです。(以上、日経新聞記事参照)
多くの企業では、再雇用者などのシニア人材の賃金は、定年前より下がるのが一般的です。上記からは、定年前後で雇用形態が変わることなどにも伴い、賃金が下がるかどうか、下がるとしてどの程度まで下がるのが妥当かなど一概には言えないことを示唆しています。
一方で、シニア人材の処遇を厚くする企業も増えています。人材活用の方針いかんで、自社にとっての解はさまざまであり得ることが改めて分かります。7月22日の日経新聞記事「シニアの有業率も上昇 65~69歳、初の5割超 人手不足背景に」を一部抜粋してみます。
65~69歳については、半数以上がなんらかの仕事をしているようです。サザエさんの磯野波平が定年1年前の54歳(漫画が始まった当時の定年は55歳が一般的だった)、1年後からは仕事をしなくなる前提になっている環境から、大きく変わっているのが分かります。
週何時間働くかは人それぞれで、体力・意欲などの個人差が大きくなる60歳以降はさらなりです。そのうえで、今以上に働く意思のある人が多そうであること、及びその余地があることが、上記からうかがえます。
総務省が21日に発表した2022年の就業構造基本調査では、25~39歳の女性のうち働く人の割合が初めて8割を超えて81.5%になったようです。15~64歳の生産年齢人口に対する働く女性の割合は、22年時点で日本は74.3%となっています。米国の69%やフランスの70.7%を上回っていて、女性の就業率だけでいうとG7で最も高いカナダの76.7%とほぼ同じです。25~39歳の結婚・子育てを期に完全に離職する「M字カーブ」現象は、ほぼなくなったと言えそうです。
量の問題が改善された一方で、中身の問題です。先日も取り上げた「年収の壁」に見られるような、就労制約をつくっている人はたくさんいます。自らの意思で選択して制約している分には問題ではありませんが、今以上に働きたい意思やポテンシャルを持っていながら、制約をかけて発揮できずにいるとなると、問題です。
シニア人材はまだ就業率向上の余地があるかもしれませんが、それでも率は年々高まってきています。社会的な課題と言われてきた女性の就業率も、ほぼ満たされてきています。これからは、就業の中身が一層問われる段階になるのだと思います。人生100年時代の環境下では、欠かせない観点です。
<まとめ>
定年後の賃金処遇がどうすべきかは、どうありたいかと何を求めるかによる。