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社外取締役の人選

5月26日の日経新聞で、「「ワークマン女子」役員に 遊びのプロの声で革新」というタイトルの記事が掲載されました。「常識破り」のワークマンが、キャンプ用品などを紹介するユーチューバーを社外取締役候補にしたことで話題になっていることに関する内容です。

同記事の一部を抜粋してみます。

5月上旬、商品を愛用するユーチューバーを社外取締役の候補にすると公表し、新たな常識破りで世間を騒がせた。候補者は「サリー」こと浜屋理沙氏。これまで自らのユーチューブチャンネルで、ワークマン商品に関する300本超の動画を配信し、100本以上のブログも書いてきた。利用者からの鋭い視点に土屋哲雄専務が食いつき、商品づくりに反映。19年にはアンバサダーとして認定し、同社の「知恵袋」となった。

今回の人事案についてはネット上で「社外取締役には経営の経験が必須」「ウケ狙いか」など、批判が高まった。確かにアンバサダーなので「時に経営側の意見に反対できるのか」という反論は一理ある。しかし、そもそも常識破りでのし上がってきたのがワークマンだ。大物の経営者を招くのもいいが、利用シーンに精通したユーザーをご意見番として役員にするのも「あり」だろう。

具体的にサリーさんはどんな提案をしてきたのか。そもそもキャンプ愛好家で「遊びのプロ」といえる。低価格の衣料や用品を探す中で、アウトドアやスポーツ向け衣料の業態店「ワークマンプラス」に出合う。高機能で安い商品を「女性が着てもかわいい」などと発信したのがきっかけだ。

こうした動画や記事が土屋専務に「あえて女性に焦点を当てる」という気づきを与え、女性向け新業態店「#ワークマン女子」に結びつく。

例えば溶接工向けのハーフジップパーカーについて、サリーさんは「これだと服をかぶるときに髪形が乱れる。下までチャックのあるフルジップが欲しい」と進言。また女性向け1号店の開業時に配っていた量販店らしい袋に対しては「さすがにNG」と苦言し、ファッショナブルなデザインに刷新した。

このほか「業務用エプロンに、たくさんのポケットを付けるとキャンプで使いやすい」など数多くのアイデアを提案し、31アイテムの商品開発に至った。一方で、学校の廃校を利用したキャンプ場作りには「ワークマンのブランドイメージから外れる」などと反対し、同社も撤回した。

こうした外部の声を商品に反映することを土屋専務は「ユーザーイノベーション」と位置づける。ファッションのプロとアマチュアの差は大きいが、キャンプのような趣味性の高い世界では「製品づくりのプロの企業より、ユーザーの方が潜在的なニーズに詳しい」(土屋専務)。確かに急勾配の山での遊びから開発に至ったマウンテンバイクはその最たるものだ。

日本企業の弱点は顧客本位のマーケティング力の不足だ。ビジネスパーソンはついユーザーよりも社内の方針や技術、上司の意向に目がいく。ちなみにワークマンの社是は「声のする方に、進化する」。

ユダヤ社会では全員が賛成した案は否決されると言われます。このことについて、『リーダーシップの本質』(掘紘一氏著)では、次のように説明されています。

全員賛成は、採用しようとしている案の長所の裏にある短所を誰も考えていない。他の案の持つよさを誰も考えていない。そうした危うさをはらみ、道を間違える可能性が大きいということで全員一致を否決にしたのがユダヤ人の知恵である。

今回の人事案についてはネット上で批判が高まった、と同記事にあります。ユダヤ人の知恵の観点からも、ユーチューバーを社外取締役候補にすることについて、反対含めていろいろな意見はあってよいのだと思います。その意味では、批判が起こるのは自然なことかもしれません。

そのうえで、2点感じました。ひとつは、ユーチューブやブログを見た上での批判だろうか、ということです。

私もこの機会に初めてサリー氏のユーチューブチャンネルをいくつか見てみましたが、キャンプやアパレルについてかなり詳しく紹介されています。キャンプだけでなく、例えばクルーズなどについても取り上げられていて、同記事の言うように「遊びのプロ」という印象です。少なくとも、普段アウトドアなどにまったく縁がないながら、値上がり益を期待して株主になった一般株主などよりも、よほど同社の経営に有益な示唆ができるのではないかと感じます。

上記ユダヤ人の知恵のごとく、何かの決定における短所を考えることは必要です。そのうえで、長所を知らずして短所だけを指摘するのも、妥当ではないと考えます。

もうひとつは、必ずしも1人に全方位的な専門性を求めなくてよいのではないか、ということです。

中小企業であれば、取締役も最低限の人数で回しているかもしれません。その場合の貴重な社外取締役は、「この領域しかわからない」という人材より、経営全般に通じている人材のほうが適任かもしれません。

一方で、ワークマンのような有力で相応の基盤も伴ってきている企業であれば、取締役の数とキャスティングもそれなりの体制をとっていくことができるでしょう。「マーケティング・消費者の視点の領域」で経営判断に資するという役割を期待し、ファイナンスやガバナンスなどの領域は期待しないという人選も、複数人の中にはあってよいかもしれません。

一定数以上の女性役員の確保を目指すという動きから、大学教授やコンサルタントなどで取り合いとなっている女性の人材も多いと聞きます。そうした方の多くは、経営の経験がありません。しかしながら、同記事のような批判はあまり聞かない気がします(実際は同様にあるのかもしれませんが)。もし「ユーチューバー=社外取締役には不向き」という先入観が影響しての批判だとするなら、的を外していると考えます。

多様な人材でのコラボが、イノベーションの源泉のひとつと言われます。今後の同社の展開が注目されるところです。

<まとめ>
1人が全方位的な専門性を期待される状況も、1人が特定領域の深い専門性を期待される状況も、どちらもあるのではないか。

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