天国と地獄~脚本家はすごいわ~
TBSの日曜ドラマ「天国と地獄」
脚本家にエールを送りたい。いや、キャスティングに、かもしれないけど。
綾瀬はるかと高橋一生の主演によるこのドラマは、サイコパスの殺人鬼(高橋一生)を追う刑事(綾瀬はるか)が、ある事件で魂が入れ替わってしまうと言う設定。この枠のドラマとしては、とっかかりが悪い感じもするが、ファンタジー要素について、割と上手く(わかりやすく)描いている。
この演出は、やはり綾瀬はるかと高橋一生の演技力によるところも大きいだろう。
初回はそれぞれの役を演じるわけだが、初回の最後で2人の魂が入れ替わり、そこからは、高橋が綾瀬の心を演じ、綾瀬が高橋の心を演じることになる。
正直初回ラストで、2人が入れ替わったことがわかるシーンで、「ミスキャスト」だと思った。それはただ一点。
高橋一生の演じる女性の方が、綾瀬はるか自身より、色っぽかったからだ。
綾瀬はるかは、演じている女性刑事の設定以上に、彼女自身が全然色っぽくない女優だ。美人かどうかは関係なく、色気がない。
ところが高橋一生が演じた「女性刑事」は、女性としてのステレオタイプを見事に演じてしまったので、むちゃくちゃ色っぽかった。
歩道橋の階段を踏み外して転落し、病院で目を覚ましたとき、彼女は病室で、鏡の前に立って、自分が追いかけていた犯罪者の姿をしている事を目の当たりにして、「なにこれー?!!」と叫び声を上げるわけだが、それを演じる高橋一生は、仕草から何から、もう女性そのもの。
なんか妙に色っぽい。
高橋一生の演技力はすごいと思うのだが、その一方で綾瀬はるかが演じていた刑事が、全然色っぽくなかったので、高橋一生が、実は、綾瀬はるかの魂が入ってしまったのだと言う実感が1ミリも出ていなかった。。。。。
その後現れた綾瀬はるか(既に追いかけていたサイコパス殺人鬼(高橋一生)の魂が入った状態)は、別の病室で自分の顔を鏡に映して、冷静に観察している。綾瀬はるかの方は、サイコパス殺人鬼を演じているのだが、それが高橋一生が演じた殺人鬼かどうかはよくわからない、というのが正直なところ。綾瀬はるかの場合は、それが男の魂が入った状態なのかさえよくわからない。ただ、サイコパス殺人鬼の魂が入っていることだけは、すぐわかる演技をしていた。
それは高橋一生が演じていた時点の殺人鬼が、単に男性と言うだけでなく、とても特徴があったから(まあ高橋一生ですよ)綾瀬はるかが演じた殺人鬼にはその特徴が見られなかったと言うこと。男性化と言われるとそれも同かなという程度(まあ、高橋一生の殺人鬼もちょっと中性的だったから、その辺はいいのかもしれないが)
だがサイコパス殺人鬼である事は一目でわかる。
その後、話数を進めるごとに、ともかく高橋一生の演技が上手いことがわかる。ともかく女性が男性の姿になってしまっていると言うことが、演技のどの一瞬を切り取ってもわかるのだ。言葉の端々、仕草の端々に、この男性が実は女性の魂が入っていると言うことがわかる。別に女性らしい仕草をわざとしているあざとさはないのだが、ちょっとしたところで、女性らしさを感じる。
最初は違和感があったのだが、だんだんなれてくると、その違和感もなくなってくる。というのは、元女性刑事のキャラクターが、むしろ高橋一生によって形作られていくからだ。
本来キャラクターは、ドラマの全編にわたって描かれていくものだが、このドラマでは、最初の1回で女刑事と男の殺人鬼のキャラクターの印象づけをして、その後、2人が交換したあとでも、どちらがどちらのキャラクターかをわかるようにしているわけだが、実際には、女刑事と殺人鬼のキャラクターの細かいところは、交換したあとの俳優(女刑事は高橋一生、殺人鬼は綾瀬はるか)が作り上げていく事になるわけで、奇しくも、それが上手くいっているわけだ。
で、何が一番すごいかというと
高橋一生の演技力の高さは、既に定評のあるところだが、このドラマの見所は、綾瀬はるかが殺人鬼をする事だ。
私は、綾瀬はるかが好きではない。下手だからだ。
よく使われる人気女優だが、ともかく下手だと思っている。
だが過去に一度だけ、すごい上手いと思った演技があった。
「白夜行」という東野圭吾原作のドラマの主演をしたときだ。綾瀬はるかは主演の雪穂を演じている。
ご存じの方も多いだろうが、「白夜行」は、不幸な少女時代を送った雪穂が、その後欲望の赴くままにのし上がっていこうとする姿を描いているのだが、このとき、少女時代に唯一自分を慕って、助けてくれた少年、亮司と不思議な関係を結んでいく。
この雪穂は、単なる悪女と言うことを超えて、数奇な運命にさらされたことで、得意なキャラクターになっている。つまり、サイコパス的な殺人鬼だ。
白夜行では、雪穂の望みのよって、数々の殺人が起こるわけだが、実際に手を下すのは亮司である。亮司は、幼い頃の体験から、雪穂のために人生の全てを尽くすと決めており、冷酷な殺人鬼として生きていくわけだが、実際には、愛らしい表の顔をもっている雪穂の方が、内面はサイコパス的な冷酷さをもっており、殺人鬼の亮司の方が、人間的な感情を持ち続けている。
見た目はかわいらしく、しかし内面は冷酷。このギャップを綾瀬はるかは実に上手く演じていた。正直、そもそも台詞がぶっきらぼうで、棒読みだと思っていたこの女優が、サイコパスの演技では実に自然に、キワだっていた。
だから今回久々のサイコパス演技としって、「天国と地獄」については、とても期待していたのだが、実際全く期待は裏切られていない。
魂が入れ替わって、殺人鬼となった綾瀬はるかは、その役を、実に生き生きと演じている。
演技が下手なのは、役柄があっていないからかも
綾瀬はるかは演技が下手で、台詞が棒読み。感情に抑揚がない。
この欠点が、全部利点に働いたのが、サイコパスの演技だったと思う。
また、もう一つ彼女のヒット作「義母と娘のブルース」では、変わった性格の女性で、感情の起伏に乏しく、ロボットみたいな物言いをする主人公を演じた訳だが、これが非常に良かった。感情の起伏がないというところが、いい意味で強調され、たどたどしい台詞回しが、そのキャラクターをよく表していた。
こういうのは演技の上手い下手とは違うのかもしれないが、やはり俳優ごとに、役の向き不向きはあると思った。
人気があってアイドル的な存在になると、もう判で押したような主人公しか廻ってこない。綾瀬はるかも、頑張る、モテる、かわいい女性ばかり演じていたが、残念ながら、彼女自身はその役を演じるのに、あまり適していなかった。彼女の素材が生きるのは、実は美しいサイコパスの方だったようだ。
今後の楽しみは
高橋一生は、今までにも色々面白い役を演じている。昨年末にNHKで放送された「岸辺露伴は動かない 」はすごく良かった。
まあ原作ファンからはかなりクレームが来るかもしれないが、残念ながら、私はスタンド使いの話は、すごいと思いつつ苦手で、(絵が、苦手なんだな)露伴も原作の絵はちょっと。。。だった。(話はすごいと思うんだけどね)
漫画の実写化の多くは失敗するのだけど、岸辺露伴は良かったんじゃないかと思っている。(原作離れて見てもらえれば。NHKらしく、振り切ってますから)
だから高橋一生の演じる女性はなかなか興味深いのだが、どうもこのドラマ、主役は高橋一生だったらしい。主人公の女性刑事を演じるわけだから、当然と言えば当然なのだが、話の進みも、演技も、全て高橋一生の方が主役なのだ。
一方、それ以上に興味をそそられるのは、綾瀬はるかの殺人鬼だ。
綾瀬はるかはほとんど主役しかしない女優だが、だからこそ、演技の自由度がないように思う。主役としての枠がはまっているようだ。今回は主役でありつつ、既に主役ではない存在になっていて、思うままに演じているという感じがしてとてもいい。
脚本では、綾瀬が殺人鬼で、高橋が女性刑事という事をわからせるために、2人に「くせ」をつけている。殺人鬼は考え事をするとき耳たぶを触り、刑事は考え事をするとき腕を組んで、指先で腕を叩く。
現在はそれを、綾瀬が耳たぶ、高橋が腕、という事になっているわけだが、正直そんな演出なくても十分わかる。
それだけ2人の演技はきちっと伝わってくるのだ。
最初はそれほど期待していなかったドラマだったのだが(設定が面白いのかどうか、微妙だったから)でも今は、かなり期待している。
このまま話の展開が面白くなってくれる事を楽しみにしている。