見つけたい自分の歌
8月、9月、10月と久しぶりにライブが続きました。年間100本歌っていた時に比べたらとても少ないけれど、その分一本一本に凝縮させて歌えていると感じます。ご来場いただいた皆さまありがとうございました!
不思議なことに身体は覚えているもので、どれだけ間が空いていてもステージへ立つと、ふっと湧き上がってくるものがあるんです。その瞬間、きっと私は藤森愛になる。でも以前と違うこともあって、藤森愛に憑依されていたのが、今では共に歌っているような感覚なのです。
ギター1本担いで路上で歌い始めた19歳の私は、藤森愛というもう一人の自分が心の支えになっていました。ずっとその支え一本でやってきてしまったから途中でボキッと折れてしまったのだけど、今はたくさんの支えがあるおかげで、藤森愛も片腕を貸すくらいになったのだと思います。
声が出なくなってから歌い方を変えて数年、ようやく自分の声がしっくりくるようになりました。道具の使い方を知るまでに10年、道具を使いこなすまでに10年、道具を自分のものにするまでに10年かかると思っていて、私はギターよりもペンを握り始めた時期の方が早いですから、絵を描き始めて約20年にしてようやく自分の表現ができていると感じ始めています。シンガーソングライターは13年ですから、まだまだここから自分の歌を見つけていくのでしょう。
それは私にとって、すごくすごく嬉しいことなんです。上手くできないことは大した問題ではなく、限界が見えてしまうことの方が何より苦しい。今でも喉の不調で活動休止のお知らせを見るたびに、心がぎゅっと締め付けられるほど。だから、今までできていたことを全部捨ててでも、歌い方を変えることの方が大切でした。そして今、見つけたい自分の歌をまた持つことができて、私は生きがいを感じられています。
背負ったギターの重さも、引っ張るキャリーバッグの重さも、身体が覚えているのかどこかしっくり来る。また歌い旅に出たい気持ちがあります。でも年間100本とかは流石にキツいので(笑)、ご縁がある限りふらりふらりと歌っていきたいと思っています。
数年ぶりにシンガーソングライターのみんなとも会って、話すの緊張すると言われたので、これからはもっと話しかけやすい先輩になろうと思いました(笑)伊東のスローライフでさらなる穏やかさと、まろやかさと、しなやかさを手に入れてきます。