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なぜスポーツの試合に犬が乱入するのか

あぁ、初めまして。きみが今日から配属の子か

仕事のことはもう聞いてる? ああ、そう

まあコーヒーでも飲みなよ、ほら

うーん、じゃあとりあえず簡単に説明しておこうかな

我々がやることはたったひとつ、

スポーツの試合会場に犬を乱入させることさ

ん?ああ、いや、マジだよ

きみも見たことあるでしょ?
プロサッカーの試合中に犬が飛び出してきて一時中止

ハハハ、ね、可愛いよねアレ

あれを、仕事としてやっているのが我々の部署なんだ

ん、なんでそんなことするのかって?

いやいや、何も可愛いからやってるんじゃないよ

そうだね、どこから説明しようかな。

スポーツの始まりは紀元前9世紀にも遡ると言われるんだ

その頃はまだ宗教行事としての意味合いが大きかったみたいだけどね

でも、もっと、さらに遡れば、その起源は人類が人類になるよりもずっと前のことになる

そう、狩猟だね。

生きるために野を駆け山を越え、我々の祖先は獲物を追いかけ回していたわけだ

その余暇に行われたのがスポーツの起源だって説もあるんだよ

でもね、それは単なる昔話じゃない

その血は、本能は、我々にも脈々と受け継がれているんだよ。私にも、きみにもね。

普段眠っているその記憶は、ある条件下においては稀に突然目醒めることがある。

もう分かるよね。スポーツに熱中しているときだ

もちろんスポーツをやれば誰もが、いつでも、
というわけじゃないよ。本当にごく稀にだ

人間も知恵や道徳を着ているだけのただの獣さ
その本能が目醒めれば、すごい力を発揮する

この資料を見てくれるかい?これは歴史の闇に消されたある事件のうちのひとつだ

1██年に行われたアメフトの試合で、突然ひとりの選手が雄叫びをあげたかと思うと、たちまち周りにいる他の選手を██し始めたんだ。

すると他の選手たちも次々に叫び始めた。
共鳴したんだね。

フィールド内だけじゃない。
観客席にいた人々も一斉に隣の客と殴り合い始めた。すぐに激しい乱闘さ。

この写真を見てごらん。あ、私には見せないでくれ
それを見ると吐き気がするんだ

すごい目をしてるだろ

死者██名、負傷者███名、
遺体が見つからないのが█名の大惨事だ

これはいつ誰にでも起き得ることだ。可能性はある。

ただね、スポーツというのはそれと、なんというか
相性が良すぎる。似ているんだね、狩りと。

どうしても興奮するし、熱中するし、腹が立つことも嬉しいことも悔しいこともある

プロの試合ともなればなおさらだ

人間の器はまだ、そんな感情の濁流に耐えきれるほど完成されちゃいないんだね

このままではスポーツの、いや、人類そのものの存続に関わるという話になって、そこで秘密裏に出来たのが、この部署だ

話が逸れたね、つまり、

プロのスポーツの試合中、選手たちの興奮がある一定の基準───つまりその“本能”が目醒める沸点に達しようとしたとき、

かわいい犬を乱入させて、一度選手たちの熱を冷ます

それが、我々に託された使命だ。

まぁ、驚くのも無理はないか

コロコロ転がるボールを一心不乱に追いかけてる犬が、人類を守るための作戦だったなんてね

最初はみんなそんなもんだよ。心配しなくていい

仕事にはすぐに慣れるよ、大丈夫

わからないことがあったら何でも訊いてくれ

今の時点で気になることは?

ハハハ、まだわかんないよね。
まぁ、やりながら覚えていこうか

じゃあとりあえず、あそこの待ち合い席に座っててもるえる?

ん?ああ、あの手術室のすぐ前の、そう、それ

なにって、手術するからじゃん

ん?なにが?

いやだから、きみの脳を犬に移植する手術さ

いやいや(笑)
だって、犬は賢いといえど知能レベルは3〜5歳のヒトと同じくらいだよ

そんなのに人類の存亡がかかった任務を任せるわけがないじゃないか

だから、きみが担当するのは、
その“犬”なんだってば

きみの脳を犬に移植して、きみが犬の身体とその意思でサッカーボールを追いかけるのさ

人類のためにね

んー、困ったな。結構わかりやすく説明してるつもりなんだけど

そういうことじゃないって何が?

ん?なんて?

ごめんハッキリ喋ってほしい

......あ、薬が効いてきたのか

眠いでしょ?だってあのコーヒー飲んだもんね、きみ

ほらここで寝ないで、ほら

このベッドに寝て、そうそう、

ん?なに?

そんなこと言わないでくれよ。
一応きみの上司なんだからさ

何が?

いやいや、きみが自分で来たんだろ?

うん、いやそうだけどさ

......まあいいや、
これから一緒に人類のために働く仲間だ

いがみ合うのはよそう

喧嘩は犬も食わないって言うしね(笑)

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