あたたかな暗闇
早朝の町には音が少ない
遠くの鳥の声
ざーという、町から立ち上る気配
東からのすきとおった光が町を照らし
家々に、電柱に、街路樹に
今日の恵みをもたらしてゆく
私は思う、ある山の朝を
十八歳、夏、ある山小屋の早朝
光は同じように私たちを照らしていた
私は思う、ローマの遺跡に差しこむ朝の光を
二十六歳の私は
まばゆい光の中で立っていた
私は思う、息子の生まれた朝を
私に抱かれた小さな赤ん坊はまだ
病院の屋根を照らす光のことなど知らずに
すやすやと眠っていた
私は思う、ある人生の円熟の日
輝く朝の光のもとで、
ものごとの輪郭がはっきりと見えていた
そんな永遠の時間
私は思う、私が死んだ朝のこと
東からのすきとおった光は私を照らし
家々も、電柱も、街路樹も照らし
もちろんのこと
過去、や、
記憶、は、
照らさないまま
あたたかな暗闇がひととき残され
とおりすぎていった
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