期限があっても、うかうかできない~その3(最終回)
前回その2では、「社保」「税金」滞納で倒産が急増している背景について、公租公課での差押においては「自力執行力」が認められていることも背景としてあるのではないかという点について書きました。
今回は、いよいよ最終回。前回の最後に「差押」で得?をするのは意外にも金融機関かもしれないという点について触れました。それについて、一私見ですが、書いてみたいと思います。
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銀行取引約定書
金融機関では、融資取引開始にあたり、基本契約書である「銀行取引約定書」(以下、銀取)を債務者と締結します。
因みにこの銀取ですが、その昔は債務者が銀行へ差し入れる方式だったのですが、平成16,17年ごろに相互署名・相互所持方式に改められ、お互い1通ずつ持ち合うことになりました。その際に条文の一部改訂も行われたのですが、実はわたしもその当時銀行の本部でその作業に携わっていたのでした。
銀取第5条は、期限の利益喪失条項といわれている条文になります。ここで思い出していただきたいのですが、「期限の利益」とは借りたお金を期限までに返せばいい、裏を返せば延滞(履行遅滞)しなければ銀行側から督促(早く返せ)を受けることはありません。このあたりの用語解説は、その1に書きましたので省略します。以下のその1でご確認ください。
第5条 期限の利益喪失条項
ところが、延滞(履行遅滞)やその他銀行に対して背信的?行為があった場合には、当然に(第1項 当然喪失事由)、または銀行からの請求により(第2項 請求喪失事由)債務者側がもつ期限の利益が失われてしまうことになる。銀取の中心的条項であり、債務者側もここだけは押さえておかないといけない条項が第5条になります。以下がその条文となります。
これで回収に入れる
この銀取第5条第1項3号に着目してみます。
「3.甲または甲の保証人の預金その他の乙に対する債権について仮差押え、保全差押えまたは差押えの命令、通知が発送されたとき」
つまり、銀行では差押通知が当局から発送された時点で当然に債務者側が持っている期限の利益を失わせしめるので、ただちに残債務全額を返済してくださいと言えるということです。
さらにいうと、反対に、銀行に預けている預金、定期預金などの期限の利益は銀行側が持っています。たとえば、3年定期預金であれば、3年間に約束した利息をつけて3年後の満期日にお返しする、つまり満期日までは支払いを拒絶できるのですが、利息を預金者があきらめてもらえれば、満期日を待たずに期限の利益を放棄して支払いに応じることもできます。
なのでまとめると、
差押通知が発送されたときに、借主側は期限の利益を失って、直ちに残金を銀行に返さなければならない
一方で、その借主が銀行に預けていた預金も銀行側が期限の利益を放棄して支払える状態となる
つまり、双方の期限が到来となる。
なので、もし当局から「差押通知」が銀行へ内容証明付郵便で送達されたとしても、銀行側では債務者の貸出金にその預金を相殺して、当局に対抗できる。つまり、当局では差し押さえることは空振りに終わるということになるわけです。
と同時に、銀行側ではこれまでリスケを継続してきて回収の目途が立たない貸出金に対し、本腰を入れて回収に入れる。しかも、銀行が引き金を引いたわけでもなく、トリガーは当局だということの理由が立つというわけです。
これで、全3回にわたる「期限があってもうかうかできない」シリーズの終わりとなります。
いかがだったでしょうか?
まどろこしかった部分はご容赦ください。
でも、一番最後の一文だけは、わたしの考えなのですが、大部分の債権回収に当たっている銀行マンは同じような感覚ではないかと思います。
ご意見がありましたら、よろしくお願いします。