〈特別編〉 今回はいつも富士大学サッカー部の試合に足を運んでくださり、最高の写真を撮ってくれている通称「カメラちゃん」にお願いしてみました! もはや富士大学サッカー部の一員なので、是非読んでください! はじめまして。 2024シーズンで富士大フォト4年目になります、村井春香です。 同じ大学でもスタッフでもない私がnoteを書いてもいいのかな、、と不思議な気持ちでいますが、少しだけ気持ちを綴ってみたいと思います。 最後まで読んでもらえたら嬉しいです。 私自身のことを
No.18 佐々木真之介(星稜高校) 初めまして、富士大学サッカー部3年の佐々木真之介です。 いきなりですが、僕はサッカーをする上で大切にしている言葉があります。それは、「人は元々弱い生き物、人の想いを背負って強くなれ!!」というものです。 これは恩師でもある小学校のチームのコーチから頂いたものです。 僕は中学校に上がるタイミングでプロサッカー選手を目指して、より環境が整った県外の中学校に進学しました。家族には多くの負担と心配、そして迷惑をかけてしまいました。また
No.17 伊藤祐介(東北高校) はじめまして、今回NOTEを担当する富士大学体育会サッカー部3年の伊藤祐介です。 まず、日頃よりサッカー部への温かいご支援ご声援、誠にありがとうございます。 このような文章を書くことは初めてなので、内容についてとても悩みましたが、自分のサッカー人生を中心に今の気持ちを素直に書こうと思います。拙い文章ですが、最後まで読んでいただけたら幸いです。 自分の人生を振り返ると、良くも悪くもサッカーしかしてこなかった学生生活だったと思います。小学一
No.16 佐藤健美(成立学園) 富士大学体育会サッカー部3年佐藤健美です。 まずはじめに、日頃より富士大学体育会サッカー部への多大なるご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。 今回、自分のサッカー人生においての「成長」について綴っていこうと思います。 自分は兄の影響でサッカーを始めました。幼稚園の頃からチームに入って小学校では少年団に入ってキャプテンをして、中学は東京久留米FCというクラブチームに入りました。自分のサッカーの原点はこの中学での3年間にあり
No.15 大森輝空 (不来方) 富士大学体育会サッカー部三年大森輝空です。 はじめに、日頃より富士大学サッカー部へのご支援・ご声援、誠にありがとうございます。 拙い文ですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。 先日、母から手紙をもらいました。 手紙を読んで気付いたことを綴ろうと思います。 21年間の人生で様々な決断をしてきました。 その中でも進路選択は人生の中で非常に重要な決断であり、その選択が将来のキャリアや人生に大きな影響を与えると思います。 進路選択を
No.14 小野寺誠空 (仙台FC) 富士大学体育会サッカー部三年小野寺誠空です。 まずはじめに、日頃より富士大学体育会サッカー部への多大なるご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。 今回は、自分のサッカー人生とこのnoteのテーマである「感謝」についてお話しさせて頂きます。 自分がサッカーを始めたきっかけはお父さんの影響でした。気づいたら小1でサッカーをしていました。 中学は仙台FCというクラブチームに入りました。ここで仲間の大切さというものを学びました。
No.13 嶋貫維音 (山形中央) 富士大学体育会サッカー部三年嶋貫維音です。 まずはじめに、日頃より富士大学体育会サッカー部への多大なるご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。 今回noteを担当するにあたって何を書こうか考えているうちに順番が来てしまいました。自分のことについて書き、それを人に読んでもらう、このような機会はなかなか無いと思うので、精一杯書きたいと思います。 もし良ければ最後まで読んでください。 「仲間」 今回はサッカー人生でできた「仲
No.12 乳井克樹(加茂暁星) こんばんは 富士大学サッカー部の乳井克樹です。 本日はnoteを担当させていただきます。 ソファーに座りながら何を書こうか考えていました。そしてまず思い浮かんだのは「なんで坊主なの?」という毎回聞かれる質問に回答したいという事でした。 まずはこれについて回答させて下さい。 私が坊主にしている理由はNBAのメンフィス・グリズリーズに所属するデリック・ローズ選手の影響です。自分が身長の事で悩んでいる時に道を示してくれたのがこの選手でした。彼も
No.11 稲田哲兵 (山形商業) 初めまして。 富士大学体育会サッカー部3年稲田哲兵です。 noteを書くにあたって、何を書くか迷いましたが、「価値観」って言葉を聞いた時に、自分はサッカーのどこに価値を見いだしているんだろうと考えたのでこの機会に綴ってみようかと思います。 サッカーを始めたのは、幼馴染とサッカー教室に行ったことがきっかけでした。そんな軽く始めたサッカーを何故ここまで続けてこれたのか。 それはサッカーが楽しいから。 「勝ちたいから」「チームの為」「活
No.10 吉岡虎吾 (矢板中央) はじめまして。 富士大学体育会サッカー部の吉岡虎吾です。 日頃より富士大学体育会サッカー部への多大なるご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。 自分のこと知らない人も多いと思うのでプロフィールを簡単に書き出してみようと思います。 吉岡虎吾 2002年7月20日生まれ 176cm/74kg 埼玉県川口市出身 選手歴はFCアルコイリス→FCアビリスタU-15→矢板中央高校→富士大学 主にセンターバックでプレーしていて、空中
No.9 友野悠晟 (羽黒高校) 日頃より富士大学体育会サッカー部への多大なるご支援・ご声援をいただき、誠にありがとうございます。 今回のnoteを担当させていただく 富士大学 サッカー部 友野悠晟です。 サッカーを始めたのは小学校に入る前ではっきり覚えていません。小学校に入ってからは地元のスポ少に入団しました。いまもですが当時から試合になると熱が入ってしまって選手だけでなくコーチともたくさん喧嘩を繰り返してきました。そして中学は友達がいっぱい行くからという理由で
No.8 山本紘輝(徳島市立高校) はじめまして 今回noteを担当する 富士大学 サッカー部 山本紘輝です。 まず初めに 日頃より富士大学サッカー部への ご支援・ご声援、誠にありがとうございます。 自分のサッカー人生について書いてみました。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。 僕は気づいた頃にはボールを蹴っていた。 父がサッカーをしていたからだろう。 そして、小学校2年生で林崎里浦に入った。 父もGKコーチとして林崎里浦に入った。 5年生の時から試合に
No.7 城間雄介 (西原高校) 富士大学サッカー部の城間雄介です。 今回はこのような機会をいただいたのでこれまでの経験を通して感じたことを残したいと思います。 まず自分がサッカーを始めたのは小学校6年生の頃で、当時は先輩が怖かったので、自分が最高学年になって入部するというただのビビリでした。 そのままただサッカーが好きという理由で中学校に上がったのですが、 小、中学校では地区で負けるくらい何も残せず、いつかは大きな結果を残してやると思いながら、沖縄県内では、トップの西
No.6 松田星良(青森山田) 「OH〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜YES!!!」 最初から欲張りすぎました、残りの文章も欲張り、あわよくば人の心を動かしたいと思います。 富士大学体育会サッカー部3年松田星良です。 自分が書くテーマは「1番のライバル」です。このような機会を頂いたことに感謝し、嘘偽りなく自分の思いを書きたいと思います。 自分には、双子の兄の 空良 がいます。お母さんのお腹の中から一緒に居続け21年、自分の中の永遠であり、1番のライバルです。 何事も空良
No.5 飯田隼人 (明秀日立) こんにちは。 今回のnoteを担当させていただきます。 富士大学 サッカー部 飯田隼人です。 まず初めに、日頃より富士大学サッカーをご支援いただいている全ての皆様に深く御礼申し上げます。 自分がなぜここまでサッカーに没頭することができたのかを、書かせていただきました。 是非、最後まで読んでいただけると嬉しいです。 何をきっかけにはじめたかわからないサッカー。 でも気づいたら今年で16年。 今までのサッカー人生を振り返ると 正
No.4 永澤飛路夢(東北高校) 富士大学体育会サッカー部3年の永澤飛路夢です。 自分のことを大々的に曝け出すことは後にも先にももうないと思うのでこのような機会を頂けたことに有り難みを感じています。 今回は、自分のサッカー人生とこのnoteのテーマである「感謝」についてお話しさせて頂きます。 自分がサッカーを始めたきっかけは、2つ上の兄の影響でした。当時は別にサッカーが好きだったというわけでもなくただ兄の背中を追い続けていただけでした。 兄は自分とは違い運動神経が良く