星作りと跳ねうさぎ亭②
チムニーは青く透明になりだした空を見上げました。町のいくつかの煙突が煙を上げはじめていました。
「星作りさん」
と、チムニーは突然そわそわとして呼びかけました。
「星を作ってみせてくれませんか?ぼく、近くで見てみたいんだ」
すると星作りは困ったように微笑みました。
「お願いです。さっきはちゃんと見せてもらっていないんだもの」
星作りは微笑したまま黙って空を仰ぎました。冷え冷えと晴れ渡った空に、かすむように白い月が浮んでいました。
「星作りさん」
「すまないね」
チムニーはがっくりとうなだれました。
そのとき、ばたんと音がしたかと思うと、路地裏の奥から足音がして、エプロンをつけた酒場兼宿屋の主人が伸びをしながら通りに出てきました。見ればラパン・アジルの煙突からも煙が上がりはじめていました。
星作りはチムニーと顔を見合わせると、ふらふらと立ち上がりました。
とたんにチムニーは飛び跳ねるように酒場の主人に駆け寄ります。
「おはよう!おじさん」
「ん?チムニーじゃないか。こんな朝早くにどうした」
「あのね、あのね。このひと!ね、誰だと思う?」
「なんだ?よそのひとか?これはめずらしい」
星作りが帽子を脱ぎました。ぼさぼさの、灰色がかったつやのない薄い色の髪があけすけに朝日に照らし出されます。そっと顔を上げた星作りと目が合ったとたん、主人はぎくりと身を引きました。
「あんた、星作りか?」
しばらくしてから、酒場の主人が口を開きました。
星作りは会釈し、帽子をかぶり直して目を伏せました。
「本物か」
「ええ」
星作りがごしごしと神経質そうに胸をさすります。
「どうしてまたこの町に。あんたの品物を買えるような人間はここにはいないよ」
「いえ。イエスルガの跳ねうさぎ亭には、一度訪れておきたかったもので」
「うちを?うちは代々続いちゃいるが、芸術家たちの隠れ家と呼ばれたのはそれこそじじいのじじいの代まで遡る大昔のことよ。今じゃさびさたもんさ。名前こそ決まり文句のように残っちゃいるが、芸術家なんて画家の一人も訪れることはない。まして星作りだなんて。一体どこでうちのことを聞いてきた」
すると星作りはちょっと微笑んで、ゆっくりと言いました。
「めったに会いませんが、仲間内でここのことを知らない者はおりません。私はまだ若輩者で、こんな簡単に正体を明かしてしまいましたが、もっとうまく身分を隠せる者は、そうします。そうやってここを訪れている者が何人もいるはずです」
酒場の主人はぎょっとして目を見開きました。
チムニーが目を輝かせて星作りを見上げました。
「星作りといっても」
と、チムニーに少し戸惑ったように笑い返しながら彼は続けます。
「世間に知られているほど悪目立ちするものではないんですよ」
主人はぽかんと星作りを見つめました。そして彼と目が合いそうになって、慌ててそっぽを向きました。
星作りも目を伏せて、胸をさすりながら呟くようにつけたしました。
「私も、もっとうまく振舞えればいいのですが」
「おじさん!早く星作りさんを案内してあげてよ」
チムニーがしびれを切らしたように言いました。
酒場の主人は我に返って何度かうなずきました。
「ああ。まあ、せっかく訪ねてきてくれたのだからな。ここで追い返したら、芸術家の隠れ家たるラパン・アジルの名がすたる」
「ありがとう」
主人は周囲を見回すと、星作りを手招きします。
「しかしあんたにゃ悪いが、なにぶん田舎なもので星作りと聞いたらよくわからねえもんが来たってんで、みんな怖がるかもしれん。今やうちもほとんど町の衆の飲み代でもってるんだ。すまないがこっそりと頼むよ」
「どうして?どうして星作りさんがこっそりしなくちゃならないのさ」
それを聞いたチムニーが口を挟みます。
「チムニー!おめえはもう家に帰んな!」
「おじさん、いつも話してくれるじゃないか。芸術が本当はどんなに素晴らしいものか。とりわけ星作りの妙技ほど美しいものはないって」
「静かにしろ!」
チムニーは膨れて星作りを見上げました。
彼はただ目を細めて困ったように微笑するばかりでした。
「とにかく、もうおめえは家に戻るんだ。星作りが来たなんて父ちゃんや母ちゃんに言うんじゃねえぞ」
「ねえ、いつまでこの町にいますか?」
「チムニー!」
「ちえっ、わかったよ」
星作りと酒場の主人は、連れ立って路地裏に引っ込んで行きました。深緑色のドアがばたんと閉まるのを見届けると、チムニーはさくさくと雪を踏みしめながら通りを走っていきました。
つづく