過敏性腸症候群に対する乳酸菌の効果 GABAが腸と脳に働きかけて症状改善
不安やストレスが原因で起こる過敏性腸症候群
学術顧問の望月です。今回の記事では、2022年に『Laroute, Beaufrand et al. eLife』に掲載された「Lactococcus lactis NCDO2118 exerts visceral antinociceptive properties in rat via GABA production in the gastro」という論文をご紹介します。Lactococcus lactisのγ-アミノ酪酸(GABA)の産生力や過敏性腸症候群に対するプロバイオティクスの効果が検証されています。
過敏性腸症候群は、腸に異常がないにも関わらず腹痛や腹部膨満感、下痢や便秘などの症状が起こる病気です。メカニズムのすべては解明されていませんが、背景には不安やストレスが関与しているといわれています。不安やストレスは中枢神経系の異常のほか、腸の運動機能障害を引き起こし、内臓の感受性を高めます。これらが過敏性腸症候群の症状として現れると考えられているのです。
過敏性腸症候群の治療法の一つとして注目されているのが、プロバイオティクスです。近年、腸内細菌によって作り出された神経伝達物質が腸と脳の情報伝達を調節していることが明らかになってきました。今回の研究では、L. lactisとGABAの産生や送達、過敏性腸症候群に関わる抗侵害受容効果(痛みに対する効果)との関連が検証されています。
グルタミン酸を材料として作られるGABAは、中枢神経系の神経伝達物質として働きます。「血圧」「ストレス」「疲労」「睡眠」などに対する効果があることは、ご存じのとおりです。多くの研究で、体内においてGABAを作り出すには腸に存在する乳酸菌やビフィズス菌、食品由来の乳酸菌が必要であることがわかっています。一方、GABAが内臓過敏症など過敏性腸症候群の改善に寄与しているかは十分に調査されていませんでした。
過去の研究で、L. lactisにはGABAを産生する働きがあることが確認されています。今回の主な研究対象であるL. lactis NCDO2118(NCDO2118)は、L. lactisの中でGABAの産生力が最も強い菌種の一つです。
GABA受容体を介した効果を確認
著者らは、NCDO2118によってGABAが作用するメカニズムと抗侵害受容効果を検証しました。先行研究にならって実施した実験では、NCDO2118がGABAを作り出すことを確認。GABAの産生にはグルタミン酸が必要であることがわかりました。その後、ストレス(部分拘束)誘発性内臓過敏症のモデルラットを使った実験で、生体内におけるGABAの働きを調べていきました。
モデルラットにグルタミン酸とNCDO2118を経口投与する実験では、ストレスによる腹部収縮の増強が抑制されることがわかりました。これはNCDO2118の抗侵害受容効果を示しています。簡単にいうと、痛みの改善効果です。
メカニズムを探る一連の研究では、NCDO2118によるGABAの産生や抗侵害受容効果にはグルタミン酸脱炭酸酵素(GAD)活性が関与していることも明らかになっています。
胃腸管において多く発現するGABAの受容体は、胃腸機能と腸から脳へのシグナル伝達経路を調節することが知られています。今回の研究では腸内細菌叢に大きな変化は見られなかったことから、GAD活性によって作られたGABAが胃腸に送達されるとともに脳へのシグナルを改善して、抗侵害受容効果を発揮したものと考察されています。実際に、GABAの受容体をブロックすると抗侵害受容効果が得られなくなることが確認されています。
著者らは、「GAD活性が、生体内におけるL. lactisの抗侵害受容特性の重要な決定因子である。GABAのような胃腸管内の神経代謝産物を送達するNCDO2118は、過敏性腸症候群患者の内臓痛および不安プロファイルを管理するための将来の治療薬としての展望を開いている」と結論づけています。
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