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高齢者の認知機能が改善 プロバイオティクスの効果をヒト試験で確認

乳酸菌やビフィズス菌を活用したプロバイオティクスは、さまざまな疾患の予防・改善に有効です。近年、認知症に対するプロバイオティクスの有効性も明らかになりつつあります。認知機能が低下している高齢者に「Lactiplantibacillus plantarum OLL2712」という乳酸菌を摂取してもらう試験では、視覚記憶スコアと複合記憶スコアが改善。腸内細菌叢の分析では、炎症に関わっている腸内細菌が減少していることも確認されました。

抗炎症作用のある乳酸菌の働きを検証

学術顧問の望月です。年内最後の更新となる今回の記事では、『Nutrients』という論文に2022年に掲載された「Effects of Lactiplantibacillus plantarum OLL2712 on Memory Function in Older Adults with Declining Memory: A Randomized Placebo-Controlled Trial」をご紹介します。

これまでにもたびたび取り上げてきたプロバイオティクスは、ガンやアレルギー、過敏性腸症候群や動脈硬化など、さまざまな分野で研究が進められています。日本で実施された今回の研究では、認知機能に対するLactiplantibacillus plantarum OLL2712(以下、「OLL2712」)の効果が検証されています。OLL2712は、不二バイオファームで製造している発芽そば発酵エキスに含まれるLactiplantibacillus plantarumの仲間です。

代表的な認知症であるアルツハイマー病になると、記憶障害をはじめ、言語、視空間認知、実行機能といった認知領域が損なわれ、自立した日常生活を送るのが難しくなります。いまのところ、アルツハイマー病の進行を止めたり、病気そのものを治したりする治療法は確立されていません。しかし、アルツハイマー病の前段階である軽度認知障害(MCI)の段階で手を打てば、認知機能の低下や認知症への移行を防げることが明らかになりつつあります。

アルツハイマー病の予防──MCIの介入で注目されている一つが、プロバイオティクスです。動物や人間を対象とする過去のいくつかの研究では、腸内微生物叢がアルツハイマー病の発症と密接に関連していることが示されており、プロバイオティクスによってMCIの患者さんの認知機能が改善する可能性があることも報告されているのです。

明治で開発されたOLL2712は、IL-10誘導活性が最も強い乳酸菌株の一つです。脳内のミクログリア、アストロサイト、オリゴデンドロサイトで発現する強力な 抗炎症性サイトカインであるIL-10は、TNF-α、IL-1β、IL-6、インターフェロン-γなど炎症性サイトカインの産生を阻害することにより、神経炎症プロセスを抑制する上で重要な役割を果たしています。また、IL-10は抗アポトーシスと細胞生存を促進することによって、中枢神経系において神経保護効果を発揮することもわかっています。

視覚記憶スコアと複合記憶スコアが改善

今回の論文の内容をご紹介していきましょう。著者らは、記憶力が低下している65歳以上の高齢者78人を対象として試験を実施。熱処理されたOLL2712を含む食品を1日1回摂取してもらうグループ39人と、プラセボを1日1回摂取してもらうグループ39人の2群に分けて、視覚記憶テストのスコアや言語記憶テストのスコア、2つの記憶スコアを合計した複合記憶スコア、腸内微生物叢の組成などを分析していきました。なお、試験期間は12週間となっています。

試験期間を終えて両群のスコアを比較したところ、視覚記憶についてはOLL2712群においてスコアの大幅な改善が認められました。一方で、言語記憶についてはグループ間でスコアの変化に有意な差は認められませんでした、同様に、複合記憶スコアにおいても両群に大きな違いは見られませんでした。ただ、OLL2712群ではスコアの改善傾向が確認されたのです。

腸内細菌叢の分析では、腸内細菌の多様性にグループ間の有意差はありませんでした。しかし、OLL2712群ではラクノクロストリジウム属、オシリバクター属、モノグロブス属の存在比率が減少していることが明らかになりました。これらは、炎症反応と密接に関係している属です。

簡単に説明しておきましょう。ラクノクロストリジウム属やオシリバクター属はガンなどの炎症によって増加し、炎症の抑制によって減少します。一方、モノグロブス属は血中アンモニア濃度と正の相関関係にあります。アンモニア濃度の上昇は、 腸上皮細胞のバリア機能を破壊して腸の透過性を異常に高め、全身の炎症反応を引き起こすといわれています。これらの減少は、OLL2712が腸の免疫系においてIL-10 産生を誘導して慢性炎症が抑制された結果であると考えられています。

認知機能に対するOLL2712のメカニズムについてですが、「脳腸軸を介して腸の炎症と神経炎症が抑制され、記憶機能が改善される」という仮説が立てられています。一連の結果は、炎症改善に関連する細菌バイオマーカーとして応用できる可能性も秘めています。著者らは、「バイオマーカーとしての信頼性を向上させるために、介入前後の3点サンプリングによる標準化など、さらなる研究が必要である」と話しています。

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