白に溺れる
白い牡丹が咲く季節だった。母がとうとつに亡くなった。齢六十いくつかだった。兄と二人で出した葬式は、父のよりわびしいものとなった。
兄はなにも言わず母の遺体のそばで酒を飲んでいた。
「それお神酒だよ。」
そう注意してもなにも言わず、杯を傾ける。わたしもその横に座り込んだ。
「亡くなっちゃったね。」
また部屋が静まり返る。兄が杯を傾ける音だけが静かに響いた。
母は豪傑な人だった。いわゆる、関西のおかんみたいな人で、笑いかたが口を開いてがはは、と笑う。そうして子供を愛する人だった。
兄とわたしはなんにも話す言葉がなく、残された子供たちのふりして酒盛りをした。もういい大人なのにね、とわたしが笑うと、兄はまなじりを下げてそうだな、とでもいいたげだった。
「庭の牡丹、入れてあげようか。」
明日燃やしちゃうんでしょというと、兄は赤くなった目元で頷いた。父が残した牡丹の木は母がめんどくさがりながら世話をして、咲かせた花だった。母も花が咲いた翌週にまさかお迎えが来るなんて思わなかっただろう。
庭から手一杯の白牡丹を集めて棺にいれると、葬儀用の化粧を施された母は、存外きれいな人だった。いつも派手な服を着ておばちゃんみたいな喋り方をしてたのて気づかなかったが、生前父がおかあさんは田舎ではそりゃあびじんだったんだぞといってたわけが初めて分かった。白い肌に白牡丹がよく映える。
後ろを振り向くと兄も両手いっぱいに牡丹を抱えていた。退くと、細々としたところに白い花を積めていく。
「白葬、みたいだね。」
そういうと兄はまた黙って母を見ていた。酒のせいか、いささか焦点の合わない目で。
「お兄ちゃん」
今さらになってわたしは涙が出てきた。
「おかあさん、死んじゃった。」
兄は紅い目をして母を見ていた。
「もう会えないね、」
母は野良猫のお母さんみたいに、大人になったわたしや兄を大切にしていた。わたしたちは彼女の子供だったのだ。
「死んじゃったぁ」
そうしてわんわん泣くわたしに、兄はまたお神酒をなめた。
雪がチラチラ降ってきて、寒さが足元から忍び込んでくる。母はもう、どこにもいないのだ。兄は気がつくと棺にもたれ掛かって寝てた。わたしはそのそばで踞り、また泣いた。