百合樹 第四章必ず終わりが来るから、せめて ⑥ 選択
第四章
必ず終わりが来るから、せめて
物事を選んだとき、そこに正しい答えがあったはずだと信じてやまない。
ただ、実のところ、答えがないことの方が多い気がする。
選んだ瞬間に、行く先は決まっているはずなのに、見えないままに過ぎていくのだ。
選択
『今日は昼前から会って、映画館の近くでランチを食べる。』
『お店は、彼が決めてくれたようだし、付いて行って食べるとしよう。』
『外暑いな。』
『少し洒落たお店だな。』
『パスタだ、美味しいな。』
『にしても、彼は今日もよく喋る。』
『かれこれ二時間ぐらい経ったんじゃないか。』
『まあでも聞いてみるとするか。』
と、こんなところが今の今までの彼女の思考ではないだろうか。
合っているのかどうかは、当の本人にしか知り得ないことだが、少なくとも、驚いた表情をして、いつも以上に目を丸くしているあたり、こんなセリフをこんなタイミングで突きつけられるとは思っていなかったのだろう。
そんなお話は微塵も頭に無かったと思われる。
私は、これまで抱えていた想いやこれからのことを考えて、彼女といることを選んだこと、彼女が大切になったこと、彼女の大切でありたいことをありったけの一言に託して伝えた。
返事をどれだけ待つことになるだろうか。
長期戦を覚悟している。
この後に控えている映画鑑賞は、心ここに在らず、内容が微塵も入ってこないのではないか。
チケット代を無駄にしてしまったかもしれない。
返事によっては、そもそも映画を見に行くことすら危ういのではないか。
と、言葉を伝え終わってしまってから、自分のタイミングの悪さに考えが及んだのだ。
彼女は、私の言葉に一瞬の動揺を見せたが、次に口を開いた一言目。
杞憂であった。
『はい。よろしくお願いします。』
いつも以上に眩しい笑顔だった。
(この時の彼女の笑顔は、生涯忘れないと思う。)
私は、肩の荷が下りるのを実感する。
と、同時にとてつもない安心感と幸福感が湧き上がって来るのを感じた。
映画館に向かっている間、店に入る前よりも接し方に少し遠慮を覚えながら、気持ちの部分で近づけた気がしている。
二人のふわふわとした距離感に、私は、踏み出す足をぎこちなくしながら歩いた。
映画館が遠く感じる。
映画は、それなりに面白かったのを覚えている。
が、結果で言えば、話の内容はあまり入ってきてはいなかった。
緊張で入れられなかったという方が正しいかもしれない。
うちに帰るまでの記憶も曖昧だ。
その晩、布団に入ってから、やっと落ち着きを取り戻した私は、今日のこと、そしてこれからのことを考えている。
この先、彼女を大切にすることができる。
それは、今日得た最大の喜びである。
と、同時に、選択に対する答え合わせを一つ終えたことを意味している。
彼女を自分の大切にすると決め、直接相手に伝えるところまでが、私の導き出した解答である。
そこに彼女からの返事を持ってして、やっと、この選択が間違いでなかったことを知るのだ。
ただし、断られていたら、不正解となっていたかというとそれもまた違う話だ。
何はともあれ、今日をもって彼女は、私の大切となった。
これまでの彼女との記憶は、かけがえのない思い出に変わったのである。
私は、これから二人に起こる出来事が、大切なものになっていくなどと言うことは当然分かっている。
分かってはいるが、大切となった彼女は、いつか必ずいなくなること、当たり前になったこの関係には、いつか終わりが来ること、そんなネガティブな未来を始まった側から考えている。
始めるまでに慎重になるくせに、始まった側から、終わりを考えて不安になる。
どうやら厄介な思考を持っているらしい。
眠りに就く手前、祈るように考える。
これまで、そして、これから噛み締める、当たり前の様に大切な時間に、必ず終わりが来るのなら、せめて…。
『せめて、一生だけでいいから当たり前であって欲しい。』
そう願って、部屋の電気を消した。
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