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百合樹 最終章漠然とした、未来の中に ④ 選択

最終章
漠然とした、未来の中に

相手が選んだ答えは、時に自分に極限の選択を迫ってくる。
厄介なことに、ぶつけられる問いには選択肢を与えられていないのだ。
選択肢を得ない選択問題。
答え合わせの時にはすでに、解き直しも利かないらしい。


選択

『今日は仕事終わりに会って、新幹線乗り場の近くでお茶をする。』

『お店は彼女が決めてくれているようだし、着いたらとりあえず甘いものでも飲むとしよう。』
『駅人多いな。』
『というか二人で会うの何ヶ月ぶりなんだ。』
『この辺でミルクティー飲んで落ち着こう。』
『美味しいな。』
『にしても早く仕事を切り上げすぎた。』
『かれこれ三時間ぐらい経ったんじゃないか。』
『まあそろそろ行くとするか。』

と、こんなところが今の今までの私の思考である。
なぜこのタイミングなのか、どういう意図を持って呼ばれたのか、私には知り得ないことだが、少なくとも今まで、彼女から誘いが来たことなんて滅多にないものだから、こんな形で待ち合わせをするとは思っていなかったのだ。
ただ、思い当たる節が頭に無かったわけではない。

たくさんの温かさと優しさが赤い服を着て街を闊歩する。そんな夜から話は始まる。

私は、これまでの想いや、これからのことを考え、彼女といることを選び、大切であること、大切でありたいことを言葉に託して伝えてきた。
返信を待つことなどは日常茶飯事であり、いつだって長期戦を覚悟して向き合ってきたのだ。
今から迎え得る突然の面会は、心ここに在らず、会話が微塵も入ってこないのではないか、新幹線代を無駄にしてしまったかもしれない。
状況によってはそもそも彼女にたどり着くことすら危ういのではないか。
私は、地元から彼女が住む街への長い移動を終え、冷たいブロックの上に座り、着いたそばから、ここに来てしまったことに後悔と反省を始めていた。
どうしたものか、そんな考えは、苦しくも予想を超えて的中する。

彼女は私が遠方から現れたことに一瞬動揺したようだが、いつも通り我が道を行く。
私の手元には

『もう布団の中だから、おやすみ』

の文章が現れて出た。
(この瞬間の冷え切った全身を私は生涯忘れないと思う。)
何が、とは上手く表現できないが、何かが折れる音を聞いた。
と同時に、とてつもない不安と焦燥感が湧き上がって来るのを感じたのだ。

荷物と一人、凍えながら宿を探している間、彼女との接し方、その正しさを自らに何度も問いかけていた。
気持ちをどこかへ突き飛ばされてしまった私は、彼女との距離を推量れないまま、視界を悪くしないよう上見がちに歩いている。
道のりがとても長く感じる。
物語がそれなりに幸せに満ちていたのを覚えているが、今はその記憶があまり鮮明に思い出せないまま。
衝撃で記憶に蓋をしてしまったという方が正しいかもしれない。
宿に着くまでの記憶も曖昧だ。

次の日、行きよりも少しだけ増えてしまった紙袋を持って新幹線に乗り込んだ。
年の暮れを超え、新たな年に入ってから、私はやっと落ち着きを取り戻して、あの夜のこと、そして、これからのことを考えている。

『この先、彼女を大切にすることはできるだろうか。』

それは今回生まれた最大の軋轢であると同時に、彼女の選んだ答えを暗に示しているのかもしれないと感じてしまった。
靄かかった心持ちの中、年の初め、研究室の仲間達と久しくして卓を囲んだ。
もちろん、彼女も一緒である。
私は、あい変わらず、彼女を自分の大切として生きていきたい、そんなことを思いながら、何事もなく食事を終え、彼女と二人で電車に揺られ、以前と変わらぬ会話をして、何事もないままに家に着いた。

何事もないと思っていたのだ。

眠りにつこうと布団に入った直後、真っ暗な部屋の隅で突然携帯が眩しく光った。
寝ぼけながらに通知を見て、途端に眠気は吹き飛んでしまった。
彼女からの連絡、文面には彼女の答え。
そして、待ち合わせのお願い。

『明日、午後八時、新幹線乗り場近くで』

そして、今
突如決まった答え合わせの時、私のこれまでの選択は正しかったのだろうか。
記憶に鮮明に残って離れない、一度目の答え合わせの日を思い返す。
あの時のようないい予感はしていない。

きっと、選択肢のない選択問題が今すぐそこまで迫っているのだ。

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