デジデリウム
登場人物
メロ・あきら
明転
男、椅子に座っている
「…諦められないなあ」
暗転
BGM ラジオOP
明転
「今夜一通目のお便りはこちら！」
「行田市にお住まいのゼリーフライさん！」
「あきらさんこんばんは。（こんばんは）私は今小さな広告代理店で働いています。今日も残業しながら一人オフィスでこっそり聞いています。（ありがとう）私の夢は女優になることでした。学生時代は演劇部で優秀賞をもらったことだってあります。大学4年生になって本格的に演技の道に進むか悩みに悩んだ結果、今いる広告代理店に入社することにしました。私はどこかで後悔していました。一時期はテレビや映画を全く見ることができませんでした。けれどこのラジオでメロさんに出会ってようやく女優の夢を諦めることができました。「諦めることは悪いことじゃない」というメロさんのこの言葉に救われました。本当にありがとうございます。これからも応援しています」
「P.S.明日はお休みなので彼氏と映画を見に行こうと思います（笑）」
「いいねえ！休みの日に彼氏さんと映画デート！うらやましいねえ！」
「いや～！ゼリーフライさんが叶わない夢にもう二度と悩まされないことを嬉しく思うよ！テレビやスクリーンの中なんて別世界だよ！ああいうのはね、ほんの一握りの天才どもにやらせておいて俺たちは楽しむ側に回っちゃえばいいじゃない！そう思わない？」
「夢を諦める？何が悪い！大事なことだから何度だって言ってやるよ「諦めることは悪いことじゃない」」
「多くを望まなければ！停滞を受け入れてしまえば！余計な苦しみなんか抱えなくてすむんだから！」
「ゼリーフライさん！あんたの選択は絶対に間違いなんかじゃない！」
「彼氏さんとのデート楽しんで来いよ！」
男、原稿をめくる
「続いてのお便りはこちら」
「川越市にお住まいの大黒柱さん」
「おい！メロ！あんた何様のつもりだよ！（おっ？）いつもいつも頑張っている人様に向かってさっさと諦めろだの辞めちまえだの失礼だと思わないのか！？こんな番組が何年も続いているなんてスタッフ含めて狂ってるよ！さっさと終わっちまえ！」
「…大黒柱さん！貴重なご意見ありがとう！」
「どうしてそんなどうしようもない俺がパーソナリティーを務めるこの番組が五年も続いているんだと思う？」
「狂ってるからだよ！」
「勘違いしないでほしいのは狂ってるのは俺や番組スタッフ達じゃない。俺たちはリスナーが求めるものをただただ真摯に提供しているだけだ」
「狂ってるのはこの世の中だ！」
「世間はこう煽る！夢を見ろ！努力しろ！学べ！目指せ！勤勉であれ！」
「そんな必要がどこにある？」
「物好きどもだけがやればいい努力なんていうものを世間はさもそれがして当たり前のようにふるまっている！」
「だから俺はそんなことはしなくてもいいと発信し続けるんだ」
「大黒柱さん。あんたはもうこっち側の人間だよ」
「世間にはびこる目をキラキラと輝かせて人様に夢のすばらしさを説いているような連中はそもそもこの番組を聞かないんだよ！」
「この番組はそんな連中や世間の雰囲気に疲れ果てた人間が最後にたどりつく場所なんだ」
「大黒柱さん。あんたも疲れたんだろ？けれどどこか罪悪感のようなものを感じているから大声で夢を諦めろなんて言っている俺に腹が立ったんだろ？」
「罪悪感なんて感じなくていいんだよ。そんなものはまやかしだ」
「疲れたときは休んでぬるま湯に浸かって目を閉じて耳をふさいでいいんだよ」
「あんたみたいな人がいる限り俺はこの番組を続けるよ」
男、原稿をめくる
「続いてのお便りは日高市にお住いの曼珠沙華さんから」
「あきらさんこんばんは。（こんばんは）久しぶりにメールします。私は今ミュージシャンとして活動しています。けれど去年のちょうど今頃、私は自身の活動を続けられるか不安で仕方ありませんでした」
「曲を書いてもちっとも売れず、努力に結果が伴わない日々に頭の中は不安でいっぱいでした」
「それでも私は夢を諦めることができませんでした」
「どんなに辛くてもどんなに苦しくても私は夢を追わずにはいられませんでした」
「そんなボロボロの私を支えてくれたのはラジオからふと聞こえたあきらさんの「諦めろ」でした」
「残酷にも聞こえるその言葉は誰よりも深く私に寄り添ってくれました」
「いつでも諦めることができると知ったあの日があったから、今日まで夢を追い続けることができました」
「あきらさん、本当にありがとうございます」
「私の夢はまだまだ叶いそうにないですが私はいつか必ず夢を叶えます」
「あきらさんの夢もいつか必ず叶いますように」
「…はは」
「…おかしいだろ」
「…諦めてしまえば余計な苦しみなんて感じなくてすむのに」
「…おい！リスナーのみんな！だまされるなよ！夢を追い続けたっていいことなんてないんだからな！」
「いいことなんて、ないんだからな」
暗転