【5】隠された子どもの行方は
4.
「よ、久しぶりだな」
斎と雛乃が一緒に講義棟へ向かっているとシルバーフレームの眼鏡をかけた加賀見誠が声をかけてきた。相変わらず絵の具のついたシャツを着ている。
「久しぶり、加賀見くん」
「夏休み全然遊ばなかったね。作業は順調?」
誠は学園祭で展示する巨大なパネル絵の作成をしている。他にも校門に飾る柱の絵や野外ステージの後ろに掲げる絵などの作成を手伝っているのだ。
「順調、ではないかな。大変だよ。夏休み使っても終わらなかった」
うな垂れる誠は大きなため息に泣きそうな顔をした。
「あ、そういえば」
講義室に入って空いている席に座る。通路側に雛乃、真ん中に斎、隣に誠が座った。清香はまだ来ていないようだ。
「遅くなった日に幽霊みたんだよ。確か俺の誕生日。二週間ぐらい前かな」
「ゆ、幽霊⁉」
雛乃は表情を強張らせ誠から目を逸らす。
幽霊が苦手なのだ。ホラー映画は見ない。原因のわからないことが怖いらしい。死霊は目視できれば怖くないんだとか。人から聞く幽霊話は特に原因不明なことしかないので、恐怖の対象なのだ。
「どこで見たんだ?」
「三号棟のところだ。――おい。俺の誕生日は無視か?」
「三号棟か。建物古いしちょっと気味悪いよな。三号棟に用事があったのか?」
三号棟は校内の中央にある食堂に近い講義棟だ。いつも誠が作業している棟からは少し離れた場所にある。
「美術部の先生がいる。鍵返しに行ったんだ。全然おめでたくない誕生日だったぜ」
「それは災難だったね。おめでとう。でも本当に幽霊だったのか?」
「白く光る人間がこの世にいるか?」
「学園祭の準備で何かの実験してた、とか?」
斎はいたって真面目に答える。
「電球付けてたわけでもないのに光らないだろう」
「そうか」
「絶対、幽霊だ」
誠は自分の肩を抱いて身震いした。
白く光る人間、生霊の可能性がある。半透明の死霊と違い、生霊は白くぼんやりと光っているのだ。生きた人間が強い想いを抱くことで身体から魂が抜け出ることがある。それが生霊だ。
ただ誠は死霊が視える体質ではない。死霊が視えないということは生霊も視えないはずなのだ。一緒にいることで潜在能力が開花しかけているのだろうか。そんな話は聞いたことがない。
首を傾げる斎に誠も首を傾げた。
「斎は夏休み何してたんだ?」
誠の言葉に斎は考えていたことを頭の片隅にやる。
「んー、色々」
「なんだよ、色々って」
バーベキューに行ったり買い物に行ったり、時々神社庁神使部の仕事の手伝いをしたりと思い返すと意外と忙しかったなと斎は思った。
「あ、そういえば夏休みに見かけたぞ、斎と雛乃」
「え?」
斎は目を丸くする。雛乃と外で一緒に過ごしたのはバーベキューと青輝の買い物の時だけだ。
「大きな紙袋持ってたな。確か子供も一緒だった。きみたち仲いいし、もしかして、隠し子?」
「違う!」
斎も雛乃も勢いよく否定する。
「息ぴったり」
誠は声をあげて笑う。
「水臭いぜ。話してくれてもいいじゃんか。友達なんだし。秘密ならちゃんと黙っとくし。子供の一人や二人いてもおかしくないよな」
「だから、違うって!」
「本当に隠し子じゃないのか? 二人に懐いてた感じだったよ、その子供」
「違うって言ってるでしょう!」
「じゃあ誰の子?」
「誰って……」
斎と雛乃は顔を見合わせた。
「ほらー。やっぱり二人の子供じゃん」
「違うって!」
「親戚の子だ。僕と一緒に住むことになった。家庭の事情で、こっちに来たんだ」
斎が咄嗟に口にする。一緒に住むことになったのは本当だ。親戚の子供ではないが。
「子供だけ? 親は?」
「それは――――」
斎は言葉につまる。いないわけではないのだ。どこかで生きているのだろう。しかし親探しはしないと神使部の規則で決まっている。
「悪ぃ。訊かない方がいいよな。家庭の事情は人それぞれだから」
「あ、ああ。ありがとう」
「いや、俺の方こそ悪かった」
誠が頭を下げると同時に開始のチャイムが響いた。
「清香ちゃん来てないね」
雛乃が周囲を見渡すが姿が見えない。
「休みの連絡入ってるか?」
誠の言葉に斎と雛乃もスマホを確認し、首を横に振る。
「どうしたのかな」
雛乃は不安げに眉根を寄せた。
教授が入ってきて講義が始まる。