最後のマスカラ〜黒い染み〜

疲労感が拭えない。仕事でもミスが増えた。
彼と別れて三ヶ月、忘れることができない。

「……やってしまった」

深いため息をついた私は、枕を見てげんなりした。
黒い染みが広がっている。
また化粧を落とさず寝てしまった。

「…………ん?」

手にある物を見て、目を瞠る。

マスカラだ。
自分のではない。
昨年春の限定デザインだ。欲しくて彼にねだったのをよく覚えている。
かなり使いこまれている。
気持ち悪くなり、ゴミ箱に捨てた。




「マスカラ知らない? 去年買ってもらった春限定のやつ」

妻の言葉に首を横に振る。
辺りを探す妻を横目に濡れている枕に目を落とした。

まただ。

一ヶ月ほど前から黒い染みができるようになった。
新婚三ヶ月。
幸せで嬉し泣きでもしているのだろうか。



四ヶ月後、妻が体調を崩し亡くなった。


「もう、何も考えたくない……」

葬儀場で再会した彼は泣き疲れ、目は死んでいた。
手には妻のお気に入りのマスカラが握られていた。

ゴミ箱に捨てたものと同じだった。

私はそっと彼を抱きしめ嗤った。


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