【12】隠された子どもの行方は
10-2.
通路の奥、本棚の影に白く光る生霊がいる。
青輝は立ち上がろうとして足が引っ張られてつんのめる。足に繋がれた白い鎖は青輝と地面を繋げていた。どんなに引っ張っても抜けない。青輝はまた涙目になる。
「青輝、すぐ取ってやるから、待ってなさい」
「うん」
安心させるように斎が笑顔を見せると青輝は涙を拭った。
斎は背後の生霊に顔を向ける。
「立水、さん……?」
残っていた片方の目玉が落ちかけている。目玉のない眼窩の闇が斎を見据える。
すっと伸ばされた指が斎の後ろを示す。
清香が嗤うと斎の後ろでがたがたと音がした。振り返った斎は目を丸くする。
テーブルとイスが動いている。それらは同じ方向へ動く。その先にあるものに思い当たった斎は通路から顔を出した。
テーブルと椅子が扉を塞いでいる。
逃げ道を断たれて唖然とする斎に近づいた清香は、彼の足に触れる。体温が奪われる冷たさに一瞬反応が遅れる。ひゅっと息を飲んだ斎の足に青輝と同じ鎖がつけられた。鎖から隠力が吸われる。
寒気が全身を襲う。意識して呼吸をしていないと気を失いそうだ。
背中から斎に抱き着く清香は青輝に向けて手を伸ばした。
「――っやめろ!」
本の雪崩れが青輝を生き埋めにする。
泣き声のような悲鳴が本に埋もれて消える。青輝が見えなくなっても声が聞こえなくなっても清香は本を落とすのをやめない。
背中に絡みつく清香を斎は振り払った。
「何してるんだ、きみは⁉」
喉の奥で嗤っている声が聞こえそうな不気味な笑顔の清香をよそに床をはって青輝に近づく。しかし足の鎖が邪魔で届かない。鎖に足が引っ張られる。
「青輝! 聞こえるか⁉」
当然返事は聞こえない。本が動く気配もない。隠力が感じられない。斎の全身からさっと血の気が引く。
ぐっと拳を握りしめて振り返る。
「立水さん」
腹のそこに響く重い声音に生霊も顔を歪ませる。
「何したか、わかってる?」
斎から立ち昇る隠力に生霊は後ずさりする。
近くの本棚を掴む。本棚は年季の入った木製の棚だ。
斎が隠力を流すとみしみしと音を立てて枝を生やす。数本の枝が縄のようにしなやかな動きで生霊を締め上げる。
「本をどけろ」
光のない瞳が生霊に向けられる。無表情なのに怒りの感情が隠力と共に立ち昇る。今にも殺しそうな勢いだ。いつ爆発してもおかしくないほど隠力が体内で膨張していく。自覚しているもののいたって思考が鮮明な斎は呼吸を整える。
本棚を握る手に力をこめると生霊に巻き付いた枝が締まる。本棚に隠力を流すことで爆発を抑えている。二本三本と枝が生えてくる。それが生霊に絡みつく。
恐怖の色を濃くした生霊が指を動かし本を動かした。
生霊でも死への恐怖があるのかと、斎はぼんやりと思った。七日絶てば自然と死霊となるというのに。殺されるのは嫌なのだろうか。青輝を殺そうとしておきながら自らの死は怖いとは。死ぬ覚悟がないのなら手を出してはいけない。お互いが自分自身のために力をぶつけるのだから、自ら滅ぶことも考えていなければいけないのだ。考えられないのであれば、安全圏でできることだけをしていればいい。
斎は生霊に絡む枝をきつく締め上げる。
「やめて、いつきおにいちゃん!」
斎は後頭部の衝撃に我に返った。
弾け飛んだ本の一冊が斎の後頭部に当たったのだ。咄嗟に本棚から手を離し、後頭部を押さえた斎は肩越しに振り返る。
「青輝、どうやって飛ばして……」
顔をぐしゃぐしゃにした青輝は斎に駆け寄よろうとして、足に繋がれた鎖に引っ張られ顔から床に倒れた。
肩で息をする青輝は呼吸を整える。
「だいじょうぶだよ。ぼく、へいきだよ」
にっと苦しそうな笑顔で顔をあげた青輝は力尽きて顔を伏せた。
「青輝!」
斎は生霊を睨む。本棚から手を離したため隠力が弱まり枝から生霊が解放されている。
「鎖を外せ」
低い響きの斎の言葉に生霊は首を横に振った。そしてゆっくりと窓の外を指さす。
遠くでフォークダンスの音楽が流れている。
「何がしたい?」
怒りを抑えた瞳に生霊は動じない。
一緒に踊ろうとくるくると回って見せた。
「…………わかった」
足の鎖が消えた。足を動かし異常がないことを確かめる。斎はダンスを躍ったことがない。昨年は後夜祭に参加していないし、高校の時も中学の時もフォークダンスなんて教えてくれなかった。
生霊と手を重ねると体温が一気に奪われた。隠力も勢いよく奪われる。そのおかげか、頭に上っていた血が一気に引いて冷静になる。青輝のことで気が動転していたが、清香を殺すところだった。斎は身震いする。何度か深く呼吸をして今は生霊も生きていて死霊になっているわけでもないことを再度認識する。清香はまだ死んでいない。助けられる。
生霊に合わせてステップを踏む。正しいかどうかはわからない。テーブルや椅子が入り口を塞いでいるためスダンスのできるペースはある。
死霊になりかけている生霊は微笑んでいる。暗い嗤いの影はどこにもない。
「立水さん――――いや」
顎を引いた斎は生霊をひたと見据える。
「清香。また一緒にお昼ご飯を食べよう。きみと本の話をしたい」
生霊の手をぐっと握る。吸われるのではなく斎から生霊に隠力を流す。浄化の力だ。斎が隠力を流すことに反応して本棚に通っていた隠力が生霊を包みこむ。
「二人で図書館に行こう。課題をしてもいいし、面白い本について話してもいい。一緒に過ごす時間を作ろう。きみのこと、もっと知りたい。微笑んで隣にいてくれるだけでいいんだ」
微笑む斎に生霊は笑顔で何度も頷いた。斎を抱きしめた生霊は小さくお礼を言って消えた。
「また大学で会おう、立水さん」
斎は青輝を抱えて窓から外へと出た。