【13】隠された子どもの行方は

11.

「メリークリスマス! かんぱーい!」
 シャンメリを入れたグラスが四つ合わさり軽やかな音を出した。
「すっげー美味そう」
 誠は目の前に並んだ料理に涎を拭く仕草をする。
 目を輝かせる誠の隣で斎は生唾を飲みこんだ。
「祖母と一緒に作ったの」
「え? 立水さんが?」
「ええ。口に合うかわからないけど」
 清香は照れながら取り皿を渡した。チキン、ローストビーフ、サンドイッチ、サーモンのマリネ、野菜ダラダ、クッキー、ケーキなどアメリカ映画に出てくる料理のようだ。
「すごいね、清香ちゃん」
「雛は全然だもんな」
「うるさい!」
 雛乃が誠の肩を殴る。大して痛くもないのに痛がる仕草をする誠に三人の笑い声がリビングに響く。清香の両親は仕事で昼間はいない。夜も帰宅が遅いらしく、今日はゆっくりできると清香が言っていた。祖母はいるが斎と雛乃と誠が来た時に挨拶しただけで、邪魔してはいけないと部屋にいるそうだ。
 清香の祖母には生霊のことで何度か会っていた。
 学園祭後、清香が目を覚ましたと清香の祖母から連絡をもらった。目を覚ました清香の様子を見に病院へ駆けつけると祖母は泣いてお礼を何度も口にした。病院での精密検査で異常はなかったそうだ。清香の祖母は心底安堵していた。
目を覚ました清香に生霊の記憶はなかった。ただただ眠りに落ちていたと話してくれた。寝たきりで落ちた体力を戻すリハビリのためすぐに退院はできなかった。それでも期末テストが始まる頃には体力が回復し、テストを受けていた。斎と雛乃に子供がいることを聞いてしまったショックで寝込んでしまうなんてと恥ずかし気に笑っていたので、親戚の子どもだと誤解を解いておいた。更に恥ずかしくなったのか、清香は両手で顔を隠した。耳まで真っ赤だったのを今でも鮮明に覚えている。
テストが終わって清香が快気祝いも兼ねてクリスマスパーティーを催してくれた。
「斎くん、これ食べて。この前本見て作ってみたいって言ってたチキン」
「いただきます」
 チキン丸々一羽を一人で食べられないし調理する場所もないので自宅で作るのを諦めた料理だ。
「……美味しい」
 斎は目を輝かせる。
「よかった。たくさん食べてね」
「ありがとう、清香」
 清香は照れた笑顔でキッチンに飲み物を取りに行った。誠も席を立つ。お手洗いに行くようだ。キッチンに行く清香と誠の会話が所々聞こえてきた。
「ちょっと、斎くん?」
 雛乃のどすの効いた声が斎の耳に届く。
「どういうこと?」
 笑顔の雛乃の目は笑っていない。寧ろ怒っている感じすら見受けられる。
「ど、どういうって?」
 雛乃の顔が迫るのをのけぞって距離を保つ。
「清香ちゃんと、進展があったのかって訊いてるのよ」
「進展というか、うん、まあ、一緒に図書館行ったりご飯食べに行ったり?」
「聞いてない」
「言ってないからな」
「なんで? ひと言言ってくれてもいいじゃない! 応援するよ」
「いや、ついて来られても困るし」
「なに何? 二人きりがいいの?」
「う…………まあ、その、清香のためにも、さ」
「名前で呼び合うってことは」
 雛乃がにやりといやらしい笑みを浮かべる。
照れた斎は雛乃から視線を逸らす。頬が熱くなる。
「付き合ってないし、気持ちも伝えてない」
「なあんだ」
 雛乃はソファによりかかる。
「でもお互いわかってるんでしょう?」
「………………」
 斎は表情を引き締める。雛乃を真っ直ぐと見つめ落ち着いた声で口にする。
「伝えるつもりもないし、ずっと一緒にいるつもりもない」
「何言ってんの? 清香ちゃんの気持ち考えた?」
「うん。考えた。でも彼女の命を危険に晒すぐらいなら離れるほうを選ぶかな」
 報告書を持って行った時ナギが話してくれたことを雛乃にも話す。
清香の生霊は少なからず斎と雛乃の隠力に触れていることだと言われた。そこに強い想いが重なり生霊となったのだろうと。
「何、それ……そんなこと……」
 雛乃は青ざめた。
「彼女を遠くからでも護る。そう決めたんだ」
 ばちんと音が響くと少しして斎の頬に衝撃が走った。
「馬鹿なの⁉ そんなの良くないに決まってるじゃん! 自己満足で大事な人護れると思ってるの⁉」
「どうしたの?」
 騒ぎを聞きつけて清香が顔を出す。お手洗いの帰りにキッチンで清香と話していた誠も一緒に来た。彼らは驚きと困惑を隠せない。斎と雛乃が喧嘩しているところなど見たことがないからだ。
 斎は拳を握りしめ葉を喰いしばっている。
 本当はわかっているのだ。逃げているだけだと。失うことが怖いのだと。だから、遠くから護ろうと決めたのだ。失いたくないから。でも本当は一番近くにいたい。傍で護りたい。
 抑えていた気持ちが、見ないようにしていた気持ちが溢れだす。
「清香ちゃーん」
 泣きつく雛乃の頭を清香は撫でる。
「なんだ、なんだ? 痴話喧嘩か?」
 誠は悪戯な笑みを見せた。斎は気にも止めない。お皿をテーブルに置いて雛乃と清香を引き離す。斎は清香を抱き寄せた。
耳元に顔を寄せる。内緒話のように声を潜める。
「清香。――――好きだ」
 声も身体も震えないように不自然なほど力が入る。
「でも多分、迷惑かけるし清香を優先できないことが多くある。それでもいいなら、僕は、清香と一緒にいたい」
 ぐっと腕に力を入れる。
離したくない。離れたくない。自分が護るのだと斎は何度も脳内で反芻する。
「はい。よろしくお願いします」
 清香は笑顔で目に涙を浮かべる。斎は更に腕に力をこめる。壊れてしまいそうなほど細い清香の温もりを感じて気持ちが落ち着いていく。
「あーあ、敵に塩を送るようなことしちゃったな」
 雛乃はぼそりと口にした。聞いていたのは誠だけで、彼には何のことかわからなかった。

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