ショートストーリー 私だけでいてほしい
新緑の木漏れ日が美しい。
別荘の中での読書にあきて、私は散歩をしている。
感染症対策を理由にして、私は週末、山の中にある貸し別荘で時をすごすようになった。だが、本当の理由は、夫から逃れるためだ。
都会の喧騒を離れ、まだ寒い夜、暖炉の赤い炎を見ながら、読書をしていると、不愉快なことを忘れることができる。
夫に好きな人がいることを知ったのは、ちょうど一年前のことだった。
「君は忙しすぎる」
「それが浮気の言い訳なの?ずいぶんかってね」
激しい言い争い。それでも私は別れなかった。
夫を愛しているからだ。
私が仕事にのめり込み、夫との時間をおろそかにしていたのも事実だった。
彼が他の女性に傾いても仕方がなかったのかもしれない。でも、私は夫が許せなかった。彼が本当に好きだから。
彼が別の人を見つめていたなんて‥‥‥今でも涙がにじむ。
でも、心から泣くことはできなかった。
プライドが許さなかった。
こんな私だから、夫の心が離れたのだろうか‥‥‥ 可愛げのない女‥‥‥
足元にある落ち葉を踏みしめながら、手をかざし、光の破片を見つめた。これが涙がにじむ理由になるだろう。
そのとき、同じように落ち葉を踏む音が聞こえた。
「ここにいたのか‥‥‥」
振り向くと、夫だった。
なぜ、突然来たのだろう。慌てて、平静を装った。
「一人で、ここにいるんだね」
「そうよ。今日、来るなんて知らなかった」私は驚いたように言った。
「泣いていたんだろ」
私は知らん顔をして、そっぽをむいた。
「ごめん、君を傷つけて‥‥‥」
彼はそう言うと、私を抱きよせた。
「どうしたの?」
「許してほしい。君が一番好きなんだ。離れてみて、それがわかったよ」
彼の言葉に、こらえようとしたが、涙がとどめなく溢れてきた。
「お互いに意地をはるのをやめよう」彼はそう言うと、いっそう私を強く抱きしめた。
私はようやく、心をふるわせ、泣くことができた。これが本当の私なのだ。
「もう、自分の気持ちはかくさない。私だけのあなたでいて‥‥‥ それだけなのお願い」
彼は、静かに微笑んだ。
了
作品掲載 「小説家になろう」
華やかなる追跡者
風の誘惑 他
「エブリスタ」
相続人
ガラスの靴をさがして ビルの片隅で