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司法試験予備試験 刑法 平成28年度


問題

以下の事例に基づき,甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(40歳,男性)と乙(35歳,男性)は,数年来の遊び仲間で,働かずに遊んで暮らしていた。甲は,住宅街にある甲所有の2階建て木造一軒家(以下「甲宅」という。)で一人で暮らしており,乙も,甲がそのような甲宅に一人で住んでいることを承知していた。乙は,住宅街にある乙所有の2階建て木造一軒家(以下「乙宅」という。)で内妻Aと二人で暮らしており,甲も,乙がそのような乙宅にAと二人で住んでいることを承知していた。甲宅と乙宅は,直線距離で約2キロメートル離れていた。
2 甲と乙は,某年8月下旬頃,働かずに遊びに使う金を手に入れたいと考え,その相談をした。そして,甲と乙は,同年9月1日に更に話合いをし,設定した時間に発火し,その火を周囲の物に燃え移らせる装置(以下「発火装置」という。)を製作し,これを使って甲宅と乙宅に放火した後,正当な請求と見せ掛けて,甲宅と乙宅にそれぞれ掛けてある火災保険の保険金の支払を請求して保険会社から保険金をだまし取り,これを折半することにした。その後,甲と乙は,二人でその製作作業をして,同月5日,同じ性能の発火装置2台(以下,それぞれ「X発火装置」,「Y発火装置」という。)を完成させた上,甲宅と乙宅に放火する日を,Aが旅行に出掛けて乙宅を留守にしている同月8日の夜に決めた。
3 Aは,同日昼,旅行に出掛けて乙宅を留守にした。
4 甲と乙は,同日午後7時,二人で,甲宅内にX発火装置を運び込んで甲宅の1階の居間の木製の床板上に置き,同日午後9時に発火するように設定した。その時,甲宅の2階の部屋には,甲宅内に勝手に入り込んで寝ていた甲の知人Bがいたが,甲と乙は,Bが甲宅にいることには気付かなかった。
その後,甲と乙は,同日午後7時30分,二人で,乙宅の敷地内にあって普段から物置として使用している乙所有の木造の小屋(以下「乙物置」という。)内にY発火装置を運び込んで,乙物置内の床におかれていた,洋服が入った段ボール箱(いずれも乙所有)上に置き,同日午後9時30分に発火するように設定した。なお,乙物置は,乙宅とは屋根付きの長さ約3メートルの木造の渡り廊下でつながっており,甲と乙は,そのような構造で乙宅と乙物置がつながっていることや,乙物置及び渡り廊下がいずれも木造であることを承知していた。
その後,甲と乙は,乙宅の敷地内から出て別れた。
5 甲宅の2階の部屋で寝ていたBは,同日午後8時50分に目を覚まし,甲宅の1階の居間に行ってテレビを見ていた。すると,X発火装置が,同日午後9時,設定したとおりに作動して発火した。Bは,その様子を見て驚き,すぐに甲宅から逃げ出した。その後,X発火装置から出た火は,同装置そばの木製の床板に燃え移り,同床板が燃え始めたものの,その燃え移った火は,同床板の表面の約10センチメートル四方まで燃え広がったところで自然に消えた。なお,甲と乙は,終始,Bが甲宅にいたことに気付かなかった。
6 Y発火装置は,同日午後9時30分,設定したとおりに作動して発火した。乙は,その時,乙宅の付近でうろついて様子をうかがっていたが,Y発火装置の発火時間となって,「このままだと自分の家が燃えてしまうが,やはりAには迷惑を掛けたくない。それに,その火が隣の家に燃え移ったら危ないし,近所にも迷惑を掛けたくない。こんなことはやめよう。」と考え,火を消すために乙物置内に入った。すると,Y発火装置から出た火が同装置が置いてある前記段ボール箱に燃え移っていたので,乙は,乙物置内にある消火器を使って消火活動をし,同日午後9時35分,その火を消し止めた。乙物置内で燃えたものは,Y発火装置のほか,同段ボール箱の一部と同箱内の洋服の一部のみで,乙物置には,床,壁,天井等を含め火は燃え移らず,焦げた箇所もなかった。また,前記渡り廊下及び乙宅にも,火は燃え移らず,焦げた箇所もなかった。
7 その後,甲と乙は,甲宅と乙宅にそれぞれ掛けてある火災保険の保険金を手に入れることを諦め,保険会社に対する保険金の支払の請求をしなかった。

関連条文

刑法
38条2項(第1編 総則 第7章 犯罪の不成立及び刑の減免):故意
43条(第1編 総則 第8章 未遂罪):未遂減免
45条(第1編 総則 第9章 併合罪):併合罪
60条(第1編 総則 第11章 共犯):共同正犯
108条(第2編 罪 第9章 放火及び失火の罪):現住建造物等放火
109条(第2編 罪 第9章 放火及び失火の罪):非現住建造物等放火
112条(第2編 罪 第9章 放火及び失火の罪):未遂罪
115条(第2編 罪 第9章 放火及び失火の罪): 
    差押え等に係る自己の物に関する特例
246条1項(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):詐欺
250条(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):未遂罪

一言で何の問題か

現住性・現在性、抽象的事実の錯誤、建造物の一体性、中止犯、実行の着手

つまづき、見落としポイント

独立燃焼の程度、自己の物に関する特例(115)

答案の筋

欺罔行為という実行の着手に及んでおらず、詐欺未遂罪は成立しない。実際にはBが現在していたが、その故意がなく、現在建造物放火罪は成立しない。内妻Aが旅行で留守にしていたとしても一時的なものに過ぎず現住性は認められる。物置、乙宅および渡り廊下は木造であり、延焼可能性は高く物理的な一体性、普段の用途から機能的一体性どちらも認められる。よって、甲及び乙は、他人所有非現住建造物放火罪および現住建造物放火未遂罪の共同正犯が成立し、乙は後者について中止犯として必要的減免を受ける。

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