司法試験予備試験 民法 平成30年度
問題
次の文章を読んで,後記の〔設問1〕及び〔設問2〕に答えなさい。
【事実】
1.Aは,個人で建築業を営むBに雇用された従業員である。同じく個人で建築業を営むCは,3階建の家屋(以下「本件家屋」という。)の解体を請け負ったが,Bは,その作業の一部をCから請け負い,Cが雇用する従業員及びAと共に,解体作業に従事していた。Cは,A及びBに対し,建物解体用の重機,器具等を提供し,Cの従業員に対するのと同様に,作業の場所,内容及び具体的方法について指示を与えていた。
2.Cは,平成26年2月1日,Aに対し,本件家屋の3階ベランダ(地上7メートル)に設置された柵を撤去するよう指示し,Bに対し,Aの撤去作業が終了したことを確認した上で上記ベランダの直下に位置する1階壁面を重機で破壊するよう指示した。Aは,同日,Cの指示に従って,本件家屋の3階ベランダに設置された柵の撤去作業を開始した。ところが,Bは,Aの撤去作業が終了しないうちに,本件家屋の1階壁面を重機で破壊し始めた。これにより強い振動が生じたため,Aは,バランスを崩して地上に転落し,重傷を負った(以下「本件事故」という。)。なお,Cは,このような事故を防ぐための命綱や安全ネットを用意していなかった。
3.Aは,転落の際に頭を強く打ったため,本件家屋の解体作業に従事していたことに関する記憶を全て失った。しかし,Aは,平成26年10月1日,仕事仲間のDから聞いて,本件事故は【事実】2の経緯によるものであることを知った。
4.その後,Bは,Aに対して本件事故についての損害を賠償することなく,行方不明となった。そこで,Aは,平成29年5月1日,Cに対し,損害賠償を求めたが,Cは,AもBもCの従業員ではないのだから責任はないし,そもそも今頃になって責任を追及されてもCには応じる義務がないとして拒絶した。
5.Aは,平成29年6月1日,弁護士Eに対し,弁護士費用(事案の難易等に照らし,妥当な額であった。)の支払を約して訴訟提起を委任した。Eは,Aを代理して,同月30日,Cに対し,①債務不履行又は②不法行為に基づき,損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を請求する訴訟を提起した。
〔設問1〕
AのCに対する請求の根拠はどのようなものか,【事実】5に記した①と②のそれぞれについて,具体的に説明せよ。また,【事実】5に記した①と②とで,Aにとっての有利・不利があるかどうかについて検討せよ。なお,労災保険給付による損害填補について考慮する必要はない。
〔事実(続き)〕
6.Cは,本件事故の前から,妻Fと共に,自己所有の土地(以下「本件土地」という。)の上に建てられた自己所有の家屋(以下「本件建物」という。)において,円満に暮らしていた。本件土地はCがFとの婚姻前から所有していたものであり,本件建物は,CがFと婚姻して約10年後にFの協力の下に建築したものである。
7.Cは,Aからの損害賠償請求を受け,平成29年7月10日,Fに対し,【事実】1及び2を説明するとともに,「このままでは本件土地及び本件建物を差し押さえられてしまうので,離婚しよう。本件建物は本来夫婦で平等に分けるべきものだが,Fに本件土地及び本件建物の全部を財産分与し,確定的にFのものとした上で,引き続き本件建物で家族として生活したい。」と申し出たところ,Fは,これを承諾した。
8.Cは,平成29年7月31日,Fと共に適式な離婚届を提出した上で,Fに対し,財産分与を原因として本件土地及び本件建物の所有権移転登記手続をした。Cは,上記離婚届提出時には,本件土地及び本件建物の他にめぼしい財産を持っていなかった。CとFとは,その後も,本件建物において,以前と同様の共同生活を続けている。
〔設問2〕
Eは,平成30年5月1日,Aから,㋐CとFとは実質的な婚姻生活を続けていて離婚が認められないから,CからFへの財産分与は無効ではないか,㋑仮に財産分与が有効であるとしても,本件土地及び本件建物の財産分与のいずれについても,Aが全部取り消すことができるのではないか,と質問された。本件事故についてAがCに対して損害賠償請求権を有し,その額が本件土地及び本件建物の価格の総額を上回っているとした場合,Eは,弁護士として,㋐と㋑のそれぞれにつき,どのように回答するのが適切かを説明せよ。
関連条文
民法
166条1項(第1編 総則 第7章 時効 第3節 消滅時効):債券等の消滅時効
167条(第1編 総則 第7章 時効 第3節 消滅時効):
人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効
412条3項(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):履行期と履行遅滞
415条1項(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):
債務不履行による損害賠償
424条1項(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):詐害行為取消請求
623条(第3編 債権 第2章 契約 第8節 雇用): 雇用
709条(第3編 債権 第5章 不法行為):不法行為による損害賠償
710条(第3編 債権 第5章 不法行為): 財産以外の損害の賠償
715条1項(第3編 債権 第5章 不法行為):使用者等の責任
724条1項(第3編 債権 第5章 不法行為):
不法行為による損害賠償請求権の消滅時効
724条の2(第3編 債権 第5章 不法行為):
人の生命又は身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効
739条1項(第4編 親族 第2章 婚姻 第1節 婚姻の成立):婚姻の届出
742条(第4編 親族 第2章 婚姻 第1節 婚姻の成立): 婚姻の無効
762条(第4編 親族 第2章 婚姻 第3節 夫婦財産制):
夫婦間における財産の帰属
763条(第4編 親族 第2章 婚姻 第4節 離婚): 協議上の離婚
764条(第4編 親族 第2章 婚姻 第4節 離婚): 婚姻の規定の準用
765条(第4編 親族 第2章 婚姻 第4節 離婚): 離婚の届出の受理
768条3項(第4編 親族 第2章 婚姻 第4節 離婚):財産分与
819条1項(第4編 親族 第4章 親権 第1節 総則):離婚又は認知の場合の親権者
一言で何の問題か
1 安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任、使用者責任としての不法行為責任
2 協議離婚に伴う財産分与、詐害行為取消請求権
答案の筋
1 AとCとの間には雇用契約と実質的に同視し得る関係があり、特別な社会的接触関係に入ったといえ、CはAに対して安全配慮義務を負うところ、撤去作業に際しAの身体を保護する命綱等を用意していなかったため、Aの債務不履行に基づく損害賠償請求は認められる。また、CとBとの間には実質的な指揮監督関係が認められ、使用者責任を根拠に不法行為に基づく損害賠償請求が認められる。前者と後者の請求に関して、消滅時効、立証責任、損害の範囲の観点では差異がないものの、履行遅滞の起算点については前者が請求時、後者が不法行為時となるため、遅延損害金の多寡の観点で後者が有利となる。
2 協議離婚における離婚意思は、法律上の婚姻関係を解消するという形式的意思で足りるため、離婚が無効であることを前提としたCからFへの財産分与の無効の主張は認められない。一方、本件土地はCの特有財産であり財産分与の対象とすべきものではなく、また、本件建物は夫婦の実質的共有財産として財産分与の対象とすべきものであるため、不相当に過大な部分である本件土地全部及び本件建物の2分の1の部分について、詐害行為として取り消すことができる。
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