障害経験と作業の変容 ―地域で暮らす障害当事者である作業療法士へのインタビュー結果からの考察―

以下草稿。

【はじめに】
障害を持った人の多くは、自身の障害に対して否定的な認識を持ち、それが心の苦しみを生じさせるため、障害受容がリハビリテーションの目標とされる。一方で障害に対する肯定的な価値変容の難しさも良く語られる。本研究では地域で暮らす障害当事者であり作業療法士(以下OTとする)である人は障害の肯定的側面を見出す地域に根差した作業的視点を有するのでないかとの仮説の基、障害経験による作業の変容を地域の暮らしに関わる作業に着目して明らかにし、作業の本質的理解を得るための一助とすることを目的とした。
【対象と方法】
対象:地域で暮らす障害当事者であるOT2名へのインタビュー調査を実施した。作業に注目しライフヒストリーを聴取した。分析:音声データを逐語録化し、事例毎にラライフストーリーを捉え、その中での<価値>や特徴的な<作業>、作業に対する意味・価値、機能、形態を整理した。研究実施にあたり所属機関から倫理的配慮の承認を得た。
【結果】
[A氏]<ライフヒストリー>幼少時より下肢の軽度機能低下があり、歩行のしづらさがあった。常に自信が無く精神的な不調も経験した。担当だった理学療法士よりOTになれば障害経験が役に立つと助言を受けOT養成校に行くも、授業中に疾病の確定診断を受け、自己アイデンティティが崩壊した感じを持つ。後に妻となる同級生の支えがあり、心の安定感と自己肯定感を得る。現在は結婚をし、2児の父親。<価値>妻となる人と出会うまでは自己否定感と自信の無さの反転か常に他者からの承認を強く求めていた。結婚後は家族の共同性を基盤として自己を肯定的に捉えるようになった。<作業>キャンプ:承認を求めていた頃は「様々な役割を一手に担い」、「仲間からの感謝の言葉を期待」していたが、徐々に「周囲に役割を担って」もらい、「共有体験」を期待するようになり、家族とでは、「共有したい価値を伝え合う、絆を深める機会」となっていた。
[B氏]<ライフヒストリー>小さい頃からスポーツやドライブをして人と過ごすことを楽しんでいた。OTとして回復期で働くようになった数年後、重症筋無力症を発症し、人工呼吸器を装着し、全介助となる。入院中、予後がある程度予想できたため、早々に在宅生活の方法を考える。地域での暮らしで、駅改札の駅員が「お疲れ様」、スーパーの店員が「元気?」と声を掛けてくれる。「発症以前よりも地域の人との繋がりを強く感じる」「自分を知る人が多いのは心強い」「色々な人が関わってくれる所が地域と感じる」。現在はNPO法人を立ち上げ、「ごちゃまぜ運動会」「おてつだいしますシール」等、インクルーシブな地域づくりを目指した地域交流をしている。<価値>変化なし:「自分が楽しいと感じること」。変化あり:「地域の人との繋がり」に重要な価値。<作業>NPO活動:地域の人が持っている問題と自分の問題を共有しあって解決していこうとする視点。運動会で地域のパン屋のパンを使うことで地域の経済が動く等、地域の活性化を意識。
【考察】
A氏、B氏のライフヒストリーの違いとして<価値>に着目すると、A氏が基準とする価値は自己についてでありB氏は自身が「楽しめるか」否かであることが推察された。そのため<作業>も、A氏は自己価値の変容に伴った作業の変容について、B氏は自身の身体性の変容に伴い、自身が「楽しめる」作業の再構成について語られていたと言える。
地域の暮らしに関わる作業とは、共感性をもつ他者としての作業的存在との無限大な関係性を内包しているがゆえに、地域で暮らすその人の価値を起点として、意味や機能、形態を自由に編成できる潜在可能性を有するものであることが示唆された。

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