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大丈夫音楽-Blue Back Material感想


大丈夫音楽の新EP、Blue Back Materialの配信が開始された。以前までの大丈夫音楽のメンバーであるドクマンジュさん、あらいぐまMCさんにトランペット奏者のTRIPPYさんを加えた3人体制での初のEPになる。

早速試聴してみたのだが、これは2020年の日本語ヒップホップの名盤だとストレートに感じる作品だった。

さて、日本語ヒップホップの名盤であることは間違いないと強く思うのだが、Blue Back Materialという作品をヒップホップとして解釈するのは非常に難しい。それはBlue Back MaterialはHip Hopの「らしさ」から大きく外れた場所に存在するからだ。真夏の夜の淫夢から90年代邦ロック、萌えアニメからTVCMまであらゆるトピックをいとも簡単に飛び越えるリリックと、トランペットのサウンドと電子音が交差し、ある時はフリージャズ、ある時はテクノミュージックのように絶えず変形し続ける、美しきも醜きもなんでもありの音像は極めてジャンルレスに響く。

しかし、そうしたなんでもありのHip Hopと言えば前例がない訳ではない。例えば現代であればJPEGMAFIAというミュージシャンは、Ol' Dirty Bastardの呻き声やストリートファイターの効果音をサンプリングしてビートを組み上げてしまう。そもそもかの有名なDe La Soulだって80年代後半のHip Hopシーンにおいて子供向け番組のジングルやカントリーの曲から引用を行っていたというのは当時相当な「なんでもあり」な音楽に見えただろう。単純に引用元がいかにトリッキーであるか、という話を言えばキリはない。ただ、それはあくまで音素材を収集する際の距離感の話であって、構築する段階に置いてはみなある程度固まったスタイルがある。それはカッコいいワンループを主軸に踊れるリズムパターンを構築し、その上でラッパーが自身のスタイルを見せつける、といういわば「ワンショットのカッコいい音楽」を作り上げる美学に乗っ取っている。

そうしたワンショットのイメージ的なHip Hopの曲とは、Blue Back Materialは構築の仕方がまるで違うのだ。ビートの骨子となるメインのメロディやループを廃し、代わりに短い閃きのようなフレーズが現れては消えていく。

かといって各要素がカオティックに混ぜ合わさっている訳では無い。むしろここで要素は並べられていると言った方が実体に近いだろう。音のボリュームはおおよそ揃えられ、また、リズムシーケンスもスネアやハイハットを重視した裏ノリではなく、ひたすら4つ打ちの表のキックに任せて進行していく。リズムは揺れるというより、行進していくようだ。要素が個としての形を保ったまま、次から次へ目前を流れていくような音楽なのだ。
それはまるでタイムラインを流し読みしているかのような、縦読みスクロール型の「整然と並べられたカオス」の俯瞰に近い--そしてこの感覚こそがBlue Back Materialの異様な雰囲気を形成している主要因だと思う。

この「俯瞰であること」は、楽曲に非常に奇妙な効果をもたらす。このEPには物語の主人公がいる訳でも、確たるエモーショナルなテーマがある訳でもない。到るところで響く金管のサウンドもまた、メインのメロディになる直前で遮られるようにして次のフレーズに突入する。

だが、奇妙なことにこのリリックも、立ち現れては流れていくフレーズも、それぞれが強いインパクトと脈動を持って脳内に残るのだ。それはまさに表題のテーマであるBB素材的である。

BB素材とはニコニコ動画のMAD等で使われる、予めクロマキー合成しやすいように背景を青にしてある単発の素材のことを言う。この素材と言うのが往々にしてキャラクターが機械的に、かつインパクトのある動きをしていたり、謎の形態に変形していたりすることが多い。そこには素材の引用元にあった奥行きや実体感がたち消え、しかし同時に別の生き物が宿ったかのように蠢き続ける。そうしたBB素材の奇妙な魅力と、Blue Back Materialに並べられた無機質さと生々しさが同居したフレーズは相似形のように思える。

EPラストの表題作、Blue Back Materialでは全日本プロレスの「極悪同盟秘密基地」からくるりの名曲群、2ちゃんねるの都市伝説であったtanasinnや機動戦艦ナデシコの星野ルリにまで言及をはじめ、悪ふざけのようなイメージは超高速でスクロールをはじめる。そしてふと、こんな歌詞が出現するのだ。

「ブルーバックの腹の中」

ここに至る時、主役不在であった筈のこのEPが一瞬にして表情をかえ、ただの背景である「青色」こそが全ての要素を呑みこみんでいく魔物だと気づく。それはニヒリスティックともコメディともホラーともつかぬ、Hip Hopのリアルすらも飛び越えた、世界の本当のリアリティそのものなのではないか--そんな悪い想像がふと頭を過ぎった。

もちろん、Blue Back Materialは全くシリアスな作品ではない。ナンセンスな笑いとマニアックな収集癖に満ちたHip Hopアルバムとして聴いても十分に楽しめる。しかしその背後には、何かとても恐ろしいものが潜んでいるような底の知れなさがある。大丈夫音楽の大丈夫じゃ無さを体験していない人はこの機会に是非、EPを聴いて欲しいと思う!


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