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「戦争と平和」あらすじ解説・4【トルストイ】

前回はこちら

固有名詞焦土作戦

歴史物語ですから、重要人物を列伝風に把握するのが効率的です。しかし本作は数百人の登場人物が居ます。無駄な記憶の負荷です。100年以上前の架空の外国の数百名の固有名詞を覚えるくらいならば、人間はもっとやるべきことが有るはずです。

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通常の物語は登場人物を把握すると効率的に読めるのですが、この作品は通常の物語ではありませんから、通常のやりかたが通用しません。作者が固有名詞焦土作戦を仕掛けているのです。覚えても覚えても新しい人物が際限なく出現します。作戦にはまってはナポレオンの二の舞です。ザコキャラは「覚えない」のが正しい対応策です。覚えない努力が必要なのです。奇抜なアプローチですが本当です。

記憶するのは17名に留めます。○を打っている人は以下で詳細あります。この表をプリントして手元に置いておいてください。

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(記憶不要)以下の人物は、そこそこ出番ありますがあえて名前を覚えてはいけません。ボリスやらデニーソフやら、出番の多い人も居ますが、構成上問題ありませんので頑張って忘れます。掲載していない人物には努力して無関心でいてください。雑魚キャラです。

ピエール

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主人公です。庶子ですが膨大な遺産を相続します。善良なバカでしたが人に教えられて段々成長します。だいたい物語は成長がつきものですが、戦争と平和で一番成長するのはピエールです。最初は第二部でフリーメイソンに入ります。陰謀組織を想像しがちですが、単なる金持ちたちのダラダラ倶楽部です。それでも少し成長します。モスクワでナポレオン軍の捕虜になります。そこで出会った兵隊、プラトン・カラターエフから一番教わります。第四部です。

プラトンは「文章をはなれて言葉を単独では意味が理解できないひと」です。ようするに常に全体であり続ける人、充足していて人に愛情を持てる人です。ある日プラトンは老商人の話をしてくれます。

「老商人が居た。無実の罪で懲役になった。監獄での同僚が、ある日告白した。老商人は冤罪だ、私がやったと。しかし老商人は彼を恨まなかった。やがて情報は皇帝に達し、老商人は無罪放免になったが、その知らせが届く前に彼は天に召された」
聞いたことの有る話ですね。

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「ショーシャンクの空に」が、「戦争と平和」を元にしているのか、あるいは両者共通の原案があったのか私はわかりません。「旧約聖書・出エジプト記」が元ネタというのは有名ですが、この件も調査の価値がありそうです。ラストの風景の目に染みる感触が、「戦争と平和」の風景描写から受ける感触に非常に似ています。こういうところが本作のよさなのです。
最終的にプラトンはフランス軍に射殺されます。しかし彼に接することによってピエールは成長します。彼の最大の師匠は貧しい兵隊だったのです。
ピエールは最終的に、生命は一つの水球であるとの考えを獲得します。我々は巨大な水球の一滴なのだと。「大河の一滴」の丸いバージョンですね。日本人には直感的にわかる生命観です。

アンドレイ

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こちらも第二の主人公です。ピエールより頭はよいです。明らかにロシアの中心に居るべき人物です。名将クトゥーゾフにも頼りにされます。アウステルリッツのピンチを救ったのだから当然です。
最初奥さんが居るのですが、出産で死亡。遺児にはあんまり愛情持てません。もう自分は終わった人間と思いますが、ナターシャを見て楽しくなって婚約します。しかし婚約中にナターシャは浮気、婚約破棄になって気持ちが落ちて、ボロジノではなにもせずに負傷退場です。
が、負傷して運ばれているとき、偶然ナターシャが発見、手厚い看病を受けますが、「あれ」が始まります。「あれ」とは天界というか、この世でないものへの親和性です。頭が良すぎて浮世に留まりにくいのです。生命への執着がなくなって死にます。

ニコライ・ロストフ

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善良バカのロストフ家の長男です。ロストフ家はお金がないので、責任感じて経営改善のため執事に出納帳見せてもらいます。不正を発見して激怒して殴りつけます。父があわてて取りなします。「あれはね、繰越と言って次のページに引き継がれる書き方なんだよ」。従軍する大人なのに、ページ1枚めくることも出来ない。さすがはナターシャの兄です。バカのスケールが違います。
がしかしだからこそ、戦争では役に立ちます。勉強はどうしても直感を毀損します。おわかりのようにニコライさんの直感は全く毀損されていません。現代日本では発見不能なレベルです。敵に自然に突撃して、自然に打破します。
そんな直感が女性選択にも発揮されます。可愛いい許嫁を捨てて、美人ではないアンドレイ妹と結婚します。彼女の目が美しく見えたのです。許嫁は可愛そうですが、それが彼の直感なので仕方がありません。

ペーチャ・ロストフ

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善良ロストフ家の末っ子です。ニコライやナターシャ以上の直情径行です。父が反対しているのに調子に乗って若いのに従軍します。上官から制止されているのに調子に乗ってゲリラ戦に参加します。ゲリラの先輩から禁止されているのに調子に乗ってどんどん突撃します。銃で打たれてあっけなく死にます。ロシア悪ノリズムという言葉を作りたくなります。でもおかげでピエールは捕虜生活から解放されました。なんか凄い一族です。

アナトーリ・クラーギン

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父いわく、「乱暴者のバカ」です。アンドレイ妹の資産を狙って屋敷に乗り込んでお見合いします。しかし。翌日マリアから返答を待っている時間に、可愛いマリアの下女と我慢できずにいちゃついてしまいます。そのシーンをマリアに目撃されます。縁談は破談です。当然です。読んでいて流石に腹が立ちます。おまえやる気はあるのか。せめて1日くらい我慢できないのか。せめてアンドレイ家の敷地の外に移動できないのか。
その後ナターシャにちょっかいかけます。略奪計画立てますが、いざ本番でバレて失敗します。アンドレイには恨まれます。ところがアンドレイがボロジノで負傷して寝ていると、横にアナトーリが居ます。足を切断になって泣いています。ボロジノでナポレオンは軍の機動力を事実上失いますから、つまり妹エレンが「女ナポレオン」であったのと同様、兄のアナトーリは「ロシアのナポレオン」なのです。最期どうなったかは描かれていません。

ドーロホフ

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エレンに次いでキャラの立つ人物です。タフなワルです。賭け事も強いです。でも実は金銭欲はありません。タフなワルをしたいだけです。冒頭で窓枠に立ったままウオッカ一瓶飲み干します。ロシア悪ノリズム体現者です。
ピエール妻となったエレンと浮気、ピエールと決闘して敗北、負傷しますが回復します。最期にはゲリラ戦法でフランスを苦しめます。捕虜は面倒なので全部殺します。偶然ですが、囚われていたピエールを解放します。トルストイはこの人物も好きですね。どこか認めています。

クトゥーゾフ

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ロシア最高司令官です。今のバイデンさんよりくたびれています。ヨレヨレです。普段は恋愛小説なんか読んでいます。でも洞察力はあります。アウステルリッツでは皇帝が彼の言うことを聞いていればあそこまでの大敗ではなかったようです。トルストイ的にはロシアを代表する人物です。ロシア人は「怖い親父」を求める傾向が強いのですが、気弱な婆さんのようなキャラです。トルストイ自身が、典型的なロシア人からかなり距離があった人なのでしょう。作家は多かれ少なかれそうですが、トルストイも女性崇拝はわりとあったと思います。だから婆さんキャラを評価する。

予習

軍事シーン読む前に、以下見ておいてください。

アウステルリッツの三帝会戦は、ナポレオン戦術の最高傑作と呼ばれています。トルストイは死んでも認めませんが(つまり本心ではやはり崇拝しているのですが)、やはりナポレオンは天才です。韓信や真田が好きな、「引きつけて叩く」を実現出来ています。

「ボロジノの戦い」は予習の必要ありません。

作中とにかく大砲が活躍します。ロシア人は大砲フェチなのです。おそらく性的なパワーがそうさせるのでしょう。好きすぎてどんなに損害受けても撤退しません。永遠に大砲を撃ち続けたいのです。「ロシア人女性は毎週16回を要求してくる」という恐ろしい話がありますが、それと大砲フェチは明らかにバランスしています。ロシアは今でもICBM大国です。

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ちなみにですが太平洋戦争中、日本の兵器で最も優秀だったのは酸素魚雷でした。ゼロ戦以上の名作です。目に見えず密かに接近して撃沈する、なかなか淫靡な兵器でした。なにか民族の性的嗜好を反映している気がしなくもありません。画期的な発明だったのですが、実際の運用および効果は大失敗でした。兵器としては優秀でも全く成果を挙げられなかった。これまた民族の性的嗜好を反映している気がしなくもありませんが、不愉快なのでこれ以上は考えるのをやめます。

話を戻すと、その名も「1812年」という曲がチャイコフスキーにあります。1812年はナポレオンのロシア戦役の年です。フランス軍追い払ったのがよっぽど嬉しかったのですね。ロシア人の大砲フェチっぷりも体感できます。大音量で聞くと近所迷惑な上にスピーカーがぶっ壊れますが、スピーカー壊してでも1812を聞くと、なるほど焦土作戦とはこういうものかと理解いただけると思います。16分ありますが、お忙しい方は11分あたりからどうぞ。

とりあえずこれで最低限の準備はできました。
気が急く方はこれで戦闘シーンを読み始めてください。
方針再度確認いたしますと、

1、第一部第二編、および第三編の後半(緑・9%)読む。
2、楽しくなかったら再度読む。
3、それでも楽しくなかったら潔く諦める。10年後にまたどうぞ。
4、楽しかったら第三部第一編前半、および第二編後半(黄色・8%)を読む。
5、本稿を再度読んで頭を整理する。以上をできれば数回繰り返す。
6、大好きになった人だけ全体を読んでも良い。しかし読まなくても良い。
です。

以下の表ご参考ください。

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もっとも解説は後2回続きます。次回に続く。


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