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「戦争と平和」あらすじ解説・6【トルストイ】

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冒頭

物語が名作になればなるほど、冒頭箇所の重要性が増してゆきます。「戦争と平和」も冒頭は重要になります。しかし非常にわかりにくく書かれています。普通読者はここで脱落します。

第一部第一編1~5くらいまでがトルストイの設定した冒頭です。ロストフ家は出てきませんが、アンドレイもピエールも悪党クラーギン家の面々も登場します。

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場所はペテルブルク、女官アンナ・シェーレル主催の夜会です。俗物たちが大集合します。貴族社会のどうしようもない愚劣さを表現しています。話題はもちろんナポレオン。主催者アンナはナポレオンを「アンチキリスト」とまで悪口言っています。なかなか愛国的です。
しかしアンナは同じ口で「アナトーリとアンドレイ妹を婚約させよう」とか言い出します。アナトーリは前述のように「ロシアのナポレオン」キャラです。その人物にアンドレイの家の資産を得させようとするのです。ここで作者は「ナポレオンのロシア侵入は、ロシア宮廷のナポレオン的俗物化も原因である」と批判しています。「実は両国宮廷は似たようなレベルだ」と。

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夜会に出席した悪人ワシーリイ・クラーギンは息子のための猟官運動を主催者アンナに仕掛けます。あっさり断られます。クラーギンは逆に別の女性に猟官運動仕掛けられます。恩がある人だったので仕方なく受けます。

夜会の表面上の話題はナポレオン対策ですが、貴族たちは祖国を心配しているふりをして、裏では自分の利益のことしか考えていないのです。俗物根性が渦を巻く環境です。もちろん、ナポレオンを話題にしながら「フランス革命」についての話題は出ません。「ブルボンを見殺しにしたのは悪かった」程度、つまり時代に適応できていない。巨大な後進国なのです。

ピエールはこの時が「夜会デビュー」です。場の空気にそぐわない議論をして嫌われます。この時点ではナポレオンを崇拝していますし、フランス革命の自由民権の理念を尊重しています。「戦争と平和」最終段のピエールの考えはナポレオン崇拝からは脱却していますが、社会理念としては同じです。

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夜会にはアンドレイ公爵も出席します。思想的にはピエールに近いです。いち早く農奴解放をした人ですから当然ですね。議論で窮地のピエールを救います。
リーザというアンドレイの奥さんも来ています。妊娠中です。彼女はのちに産褥で死にます。生まれた子つまりこの時お腹にいた子が、のちのニコーレンカです。

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物語の最後、エピローグ第一部ラスト5節では、アンドレイもリーザも死んでいます。しかしピエールと、お腹の中に居たニコーレンカは居ます。物語全体は大きくループします。

ナポレオンはフランスから去りました。ロシアは危機を脱しました。でもロシアにフランス革命の理念は残っています。「自由・平等・博愛」です。この時点ではロシアは農奴制で、自由でもなく平等でもありません。冒頭でお腹の中に居るニコーレンカがのちにそれを解決するだろう、と前回説明しました。農奴解放は間違いなく良い理念です。でもよい理念を支える経済理解をトルストイが持っていなかったのもまた事実です。トルストイは、あるいは本作を読んだロシア人は、理念を追求しすぎたのかもしれません。

ともかく本作の「平和」部分を読む場合には、最初の5節と、最後(エピローグ第一部)のラスト5節だけまず読むのがおすすめです。さりげなく開始される冒頭部分、そして困難を乗り越え、未来への改革の希望に満ちた最終部です。トルストイの全体構想を理解することが出来ます。

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「戦争と平和」完結の50年後にロシア革命が起きます。膨大なエネルギーがこのころのロシアに充溢していたことだけは事実です。その後の歴史の展開は本稿では考えませんが、まるで「天空の城ラピュタ」のような、滅びてしまった古代文明を見る思いです。(終)

追記

膨大な作品なので、読むのも大変ですし、章立て表も大変でした。17編ありますが、1編でA3用紙1枚、部分的に2枚にわたる箇所もありましたので、作品全体でA3が19枚必要でした。内容が面白くないので打ち込みだけで1年以上かかりました。集中すると3ヶ月もかからないと思うのですが、なにしろ興味が続かない。特に戦闘シーンの無い第二部が大変でした。

こういう大作はKindlePC使わないと厳しいと思います。画面上下分割スタイルで入力します。検索もできますし。

1-全画面キャプチャ 20201203 91905

19枚をダラダラ見て、後で1枚にまとめてダラダラ見て、さらに小さくまとめて考える。解析は2ヶ月程度であっさり終わらせました。本当はもっと細かく解析出来るのですが、私が興味を失いました。10年後にまたやろうかしら。登場人物一覧表は作成の気力がありませんでした。これも宿題です。

大作なわりに魅力的な人物が少ない印象です。原因は作者のバカフェチだろうと思います。エレン、ドーロホフ、ほか第一部第二編で出てくるトゥーシン砲兵大尉はいいですね。プラトン・カラターエフもまあまあです。もしかしたら風景描写が凄すぎてキャラが立たないのかもしれません。

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四部+エピローグで17編361節あります。最初と最後が同一内容ですと360度で計算合うのですが、同一内容ではありません。これも探求不足です。おそらく数秘術というかゲマトリアというか、数字遊び大量に使っていると思います。作中ピエールが熱中するシーンがありますから。しかし探求する気力が湧きません。

ロシア物をやると、いつも歴史家岡田英弘の発言が思い出されます。
「ロシアは存在しない。現在私達が知っているロシアとは、(トルストイやドストエフスキーなどの)ロシア文学者がでっち上げたものだ」

本作は実際に、その後のロシアとソヴィエト連邦を、かなりの部分まで創造したと思います。

リンク

ピエールはフリーメイソンに、エレンはイエズス会に入会します。ところがこの二つの組織の人物の議論が大々的に展開されるのが、「魔の山」です。

しかしピエールはメイソン活動にさほど熱心ではなく、エレンはそもそも何も信じていません。なにか関連ありそうなのですが、現状なにも見つけられていません。

フリーメイソンへの加入儀式は、宮沢賢治の「注文の多い料理店」の服を脱ぐところとよく似ています。

「注文」の二人はロシア式の家に入ります。「戦争と平和」には一応犬を連れた狩りのシーンもあります。関連ありそうですが、これまた探求不足です。



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