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なんでBDFつくったの?今後はどうなるBDF
ー目次ー
①BDFに込めた想い
②創設に至った経緯
③これからのこと
①BDFに込めた想い
BDFは、「夢の花を咲かせよう」をコンセプトに活動しています。それは今も昔も変わらずに継続しています。
「夢の花を咲かせよう」とは、[人生というキャンバスの上に、自由に絵を描こう]と同意であると考えています。
しかしながら、大学生はまだ自分という色を生み出すことは難しいと考えています。
なぜならば、大学という枠組みの中で、固定された環境で生み出された、いや、創り出された価値観を受け継いでいる。ということにしかならないからです。
外の世界に飛び立つと、様々なプロフェッショナルに触れることができ、また一つ「自分」の色を作るための原色がキャンバスの上に置かれていくわけです。
「先人の知恵」はナメてはいけない。
それぞれの道で、プロフェッショナルとして生きてきた方々には、それぞれの色があり、それらにはとてつもない魅力があることには間違いありません。(でなければ、プロフェッショナルにはなれない)
様々なプロフェッショナルに触れて、それぞれのプロフェッショナルの色を自分なりに配合し、「自分だけの色」を創れるようになってほしい。
[only one]
であり続けることに執着してほしい。そんな想いで、BDFを創設しました。
②創設に至った経緯
私がトレーナーを目指しはじめたきっかけと
トレーナー育成事業を始めたきっかけを書いていきます。
▼トレーナーを目指しはじめたきっかけ
-地獄の高校生活-
1年時には3年の試合にも登板するなど、それなりの成績は残しましたが、2年生3年生はほとんど試合に出ることができませんでした。
2年半の高校野球の中で、1年半はケガとイップスで棒に振りました。
投げたくても投げれない日々が続き、正直言って、悔いしか残らない高校野球生活です。
そこで、私は将来にやりたいことが明確になりました。今後の高校球児には自分と同じ経験をして欲しくない。後悔のない高校野球生活を送ってもらえるように、サポートしたい。
そう思い、スポーツトレーナーを目指しはじめました。
▼トレーナー育成事業をはじめたきっかけ
-自分自身のキャパオーバーから始まった幸せ-
大学二年生の頃から、本格的にスポーツトレーナー活動を始め、2ヶ月でサッカーの社会人リーグ関東1部のチームへトレーナー帯同開始。二年生の7月あたりには現場帯同を3つにバイト、大学と既にキャパオーバーに。そこから3年生の夏には、4つ目の案件が来ました。「いや、もう無理…」シンプルにそう思いましたが、自分に来た案件をただ流すだけではもったいない…ということで、大学の友人に案件を振ったところその友人もかなり喜んでくれたのは、今でも鮮明に覚えています。
私自身がトレーナー育成事業を開始しようと思った一番のきっかけは、友人からの一言です。
「ありがとう」
このひとことがどれだけ幸せに感じたか、、、そこから「人に案件振ることで、自分が幸せにしたいと思っていた選手が助かり、友人自身も幸福を感じてくれる。」ことに気づきました。
なら、自分に来た案件は信頼できる友人にバンバン振っていこう!そう思うようになりました。
これからのこと
BDFはこれから、大きく変動していきます。
【本気の人に本気でコミットする団体に】
1学年30名×学年=120名を最大のコミュニティにします。
なぜ30名なのか・・・
理由は簡単です。1ヶ月は約30日間。
毎日4名に必ずコミットできて、かつリソースを取るための時間も取れるからです。
4時間を学生とのコミュニケーションに時間を使い残りの時間で、現場や学生のためになるコネクションを作る時間および団体の仕事に励むことができます。
常にキャパオーバーにならず、トレーナーを目指す学生のための環境を作り続けられることが最重要項目だと考えています。
【人間誰しもがOnly One】
しかし、イチ社会人としては群衆の中の1名に過ぎない。
BDFのメンバーには、群衆の中でも飛び抜けた存在になってほしいと心から思っています。
以上