プロンプト例まとめと比較。
最近の基礎練と過去作。
ひとまずプロンプト10例まとめてみた。
どうも、於兎沢です。
今回は告知どおり、プロンプト・ライティングでできた(拙い)文章を10例分まとめてみた次第です。
同時に、過去作の文章も掲載して比較すると……というのもやってみたかったので、今の文章に不足がちなもの、逆に以前より良い部分等、もしお声掛けくださる方々あればとも思い、公開してみたいと思います。
さっそく10例お蔵出し。
(30-Jun-2024, Su.)
【プロンプト例】
「1. 窓辺に座る彼女は、遠くを見つめながら深いため息をついた。思い出の詰まった街並みが、夕焼けに染まってゆく。」
【自作のプロンプト】
彼女は窓辺に座り、街並みを眺めた。思い浮かぶのは、過ぎ去ったことごと。遠くみつめる視線には感慨――いや、むしろ感傷と呼ぶべき表情があった。
彼女は深いため息を吐いた。
夕焼けに染まり行く景色とも、明日にはお別れせねばならない。もはやここに留まって生活することも、彼女には許されなかった。
去来する後悔も、街のだれかに理解されることはなかろう。
彼女は本当は、この街を愛してさえいた。
しかし、それがだれかに伝わることはあるまい。
周囲を取り巻くのは感情の澱みであって、吹き払ってくれる風の兆しも無く、あるいは堰き止められた流れはすでに決壊しようとしている。
“シャイターン”、とユングが言った魔神について考える。
変化を求めた彼女には、当時まだ見分ける知恵が足りなかった。変わるものは変わり行くし、あるいは勇気さえあれば変えられる。変わらないものは、しかし変えることのできないまま、忍耐するより外は無いのだ。
今の彼女には、その意味がよくわかった。ここを去る以外に選択肢が残されていない――愛した、もっと言えば愛したかったこの街は、異端と一度決めたが最後、排斥し、放逐するのみなのだから。
(04-Jul-2024, Th.)
【プロンプト】
「2. 廃墟となった図書館の奥で、彼は一冊の古びた日記を見つけた。ページをめくる指先が、かすかな震えを見せる。」
【文章】
彼が廃墟を訪ねたのは、その図書館に興味があったからだ。
ここは早くも中世に建てられ、一部の知識人にのみ開放されていた。
だいぶ後になって魔女狩りの時代、異端に関する文章が多く存在したために、施設の一部を残し、大破壊を受けた。そして、打ち捨てられたあとは都市自体の衰退もあり、丁重に保存されることも無く、また再興されることも無く、朽ちて行った。知識の集積をわずかに遺したままに。
彼は古代から中世ルネサンスの時代に大いに興味を持っており、この遺跡にしか無い資料がどんなものか調べようとしていた。
一時間、二時間と過ごすうちに、彼は特殊な区域へと辿り着く。
そこには古びた日記が収集されてあった。
彼は小一時間、有益なものが無いかと、古い羊皮紙の束を用心深く開いてみた。大半は、当時の大学教授や名も知られぬ商人の記録付きのもので、あまり気を惹かれるものは無さそうだった。
ふと、表紙に「異端から正統への回帰」と題した日記をみつける。
それは彼の興味に関係するところだった。やはり注意して羊皮紙の束を開いた。二、三頁めくってみて、徐々に彼の指先がかすかな震えを覚えて行った。
(13-Jul-2024, Sa.)
【プロンプト】
「3. 街の広場では、静かなピアノの音が響いていた。彼女の心は、その旋律に誘われて、かつての甘い記憶へと戻っていく。」
【文章】
彼女は、感傷的な気分に陥っていた。ずっと孤独感に苛まれながら、一人で繰り返しの毎日を過ごして来て、ふと気づけば「ずっと一人だった」。
寂しさを抱えた心で、たまたま彼女は街の大通りを通り過ぎ、広場へと誘い込まれた。人の居る空間で、さらなる孤独感を味わうため――そんな心持ちだったかもわからない。
広場にはストリート・ピアノが設置されてあり、たまたま弾き手が数人、代わるがわるに弾いていた。
最後に代わった若い男性は、身なりこそ平凡、あるいは質素過ぎたが、どこかシャンとした空気をまとっていた。
彼が弾きはじめた――そのメロディは彼女に懐かしく、不意に恋人が居たときの充実感を思い出し、噛みしめることとなった。
その恋人は、夢を追って彼女から離れて行ったのだけれども、最後までピアノの旋律で彼女に別れを告げて行くような人だった。
彼女の心は孤独の無かった僅かな思い出に誘われて、かつての自分に引き戻されて行った。自然と頬に涙が零れ、溢れて止まらなくなってしまった。
彼女はそれを拭きもせずに、男性の演奏するその旋律の流れに浸り、想いは過去へ過去へと引っぱられて行く。
(15-Jul-2024, Mo.)
【プロンプト】
「4. 雨が降りしきる中、彼は古い洋館の門前に立っていた。過去の亡霊が、今にも彼を引き止めようとしているかのようだ」
【文章】
土砂降りに追われて訪れた洋館は古びていて、蔦がそこいら中に繁茂していた。
彼はそれをまるで大きな城のように感じた。
なにか、過去の記憶を護る亡霊でも出そうな空気だ。
服の張りついた身体の重たさは、この嵐のせいばかりではない。
そんな風にも思われる。
しかし、雨の弱まる気配も無く、門のところで錠前が壊れているのか、うっすら開いている――招かれているような具合で。
彼は恐るおそるギィ、と軋む門戸に手を掛けた。あっさり開いたあと、彼を通すと、門は自然と閉まってしまった。ガチャリ、と留め具が挟み込まれる音にびっくりした彼が振り向くと、まさに“閉ざされた門”がそこにあった。
まるで、亡霊が彼を引き止めて、館に連れ込もうと図っていたかのようだ。あるいは、実際そうなのかも知れない。
彼はもはや覚悟を決めて、その朽ちかけた洋館のほうへ歩みを進めた。
(17-Jul-2024, We.)
【プロンプト】
「5. 海辺の灯台から見える景色は、どこか懐かしく感じられた。彼女は、あの頃の約束を思い出し、目を閉じた。」
【文章】
潮騒が聞こえる。
その向こうに聳える灯台からは、いかにも海の町という具合の光景が拡がっていて、彼女には幼少期より親しいものだった。
目を閉じて思い出すのは、幼い頃、この灯台にともに昇って遊んだ友人。
“親友”とさえ呼びたく思う友達だった。
その友達と交わした約束は、未だ果たされぬままだった。
彼が海外へ留学して以降、一度きり会えたくらいで、そのときには満足な会話もできないで別れてしまった。
約束の内容はよく覚えている――
「二人できっと船に乗って、旅をしてみよう」
ただそれきりの約束だ。
友人は今、日本に戻って来ているという。
しかし遠方におり、詳細な居場所までは知らせてもらえていない。
かつての“親友”と疎遠になったことで、抑えがたい寂しさと、会いたさ、その再会が期待にそぐわなかった場合の不安など、複雑な思いが去来して、彼女はそっと灯台を離れる。
夏の空気が蒸して、波音が遠く聞こえた気がした。
(28-Jul-2024, Su.)
【プロンプト】
「6. 古びたカフェの隅で、彼は一人の女性に出会った。彼女の瞳には、何か深い秘密が隠されているようだった。」
【文章】
彼は好んで古めかしい喫茶店を選ぶことにしていた。
それで今回も、仄白い外壁に蔦の絡み合うようなところを選んで、カランカランと鐘を鳴らしつつ入店した。
やはり、こういう古いお店には片隅の静かな空間が似つかわしい、と彼は信じた。
それで一番奥まったところ、ターナーの絵画(よくある安価なレプリカであろう)の掛かった下にある座席を占めることにした。
大抵はオリジナルブレンドから始めるところだが、このカフェでは“今日のブレンド”というのがあって、たまたま気になるブレンド名だったので彼はそれを頼んだ。
渋い、おそらく中年過ぎた――あるいは若く見えるが、壮年かもわからない――店主さんが入念にドリップするあいだに、新しい来客があった。
その女性はしばらく店内を見回したのち、ターナーの絵画の下、つまり彼の座席の辺りにツカツカした足取りで歩み寄り、思慮深そうな目つきで絵画のほうを見遣ったのち、「相席よろしいですか、」と彼に尋ねた。
あまり意外な申し出だったため彼は間の抜けた表情でポカンとしたが、「どうぞ、お好きに」と答えた。
楚々とした所作で椅子を引く彼女が座るのを見届けると、不躾でない程度に彼は彼女をみた。彼女も彼のほうをみた。
目が合って笑い合うでもなし、腹の探り合いというのでもなし――不思議な時間が流れるように彼には思われた。
彼女の瞳からは、ただその背景に想像もつかない、ただその気質に推測も利かない、そんな底知れなさを感じさせるばかり。
彼は逃げ口上にするごとく、何か深い内面の秘密を持っている人物だろうか、と検討をつけて店主のほうへ視線を移した。
店主さんは、ただ静かにドリップを終えて、カップを皿に載せたところだ。
(04-Aug-2024, Su.)
【プロンプト】
「7. 秋の風が吹き抜ける公園で、彼は静かにベンチに座っていた。手元には、一通の手紙が握られている。」
【文章】
秋口、まだ紅葉の進み切る前に彼は隣町へ行った。
買い物ついでに景色の良さそうな公園を選んで、そこの古びたベンチに静かに座った。風がそよと吹きつけて、残暑と思われる日にも「もう夏ではないのだ」と教えていた。
彼の手もとには一通の手紙があった。
友人や恩師、あるいは遠く親類からのものであれば、たまに届くことがあった。
けれども今回はそういった類ではなく、また宗教勧誘や販促のものでもなく、学生時代に敵対していたはずの同級生からの直筆の手紙だった。
あまりに意外だったので、つい持ち歩いて、しかし読むのを後延ばしにしていたものだ。
開封して、便箋を取り出す。
几帳面に折られたそれは、薄く質感の良い紙でできており、ひろげてみても、やはり几帳面で、しかしすこし癖のある字が整然と綴られていた。
「前略――不躾に手紙など送りつけて、びっくりしたことだろう。
俺は君が嫌いだった。君も俺を嫌っていたと思う。
そんなことはしかし、古い話だと思うようになって来た。
君がもし拒絶しないのであれば、今度の日曜日の午後三時ごろ、ここを訪ねてみてくれないか?
俺はそこで待ってみるつもりだ。
返信は不要。どのみちそこに用事があるんだ。
もし来てくれたら嬉しい。会えたら是非ちゃんともてなさせてくれ給え。」
友情を新たに期待して――、とそんな風に閉じられていた。
意外の念と、すでに日曜正午を回っていたことが、彼を焦らせた。
彼の指定した“ここ”というのは、もう二駅――田舎のひと駅は距離があるのだ――離れた場所であった。
そして、道順も正確には知らない。
土地柄、だれかに聞いて答えてもらえるかもわからない。
他所者とみれば胡乱げな扱いを受けるのが常なのだ、この郷は。
しかしながら、彼はこの手紙の主であるかつての敵に、深い興味を覚えた。
行くしかあるまい。
そうとさえ思えたため、彼は急いで腰を上げ、手紙を肩提げ鞄に丁寧に戻すと、約束の場所へ向かうことにした。
(10-Aug-2024, Sa.)
【プロンプト】
「8. 森の奥に佇む小さな教会、その鐘の音は、過去の悲しみを呼び覚ますように響いていた。彼女は、そっと祈りを捧げた。」
【文章】
弔いのときを逃したことは、彼女にとってずっと心残りであった。
彼女の知人――大して交流が深かったわけでもない、ただの一度、深いやりとりをしただけの仲で、それきり話すわけでもなかった人は、もう居ない。
盤面に白と黒とを並べて、くるりくるりとひっくり返し合いながら、ただ対話を続けた。
やさしい心根を思わせる人で、どうしてこの人が病に苦しむだろうか、と彼女は疑問に思ったものだ。
「がんばる人が好きだから、がんばる」
「やさしい人が好きだから、やさしくなろうとがんばる」
そんな言葉が、今では彼女にも呪いとなって棘となって、刺さったままだ。
病院は自由なようで、やはり外の支配を免れなかった。
彼女は、決して望まぬままに、親もとへと引き戻され、軟禁された。
その病院を退院してから聞いたのだ、知人の訃報を。
ともに患者として入院していたその知人は、環境に自殺を強要されて殺された。
どういう経緯(いきさつ)でそうなったかもわからない。
彼女が本当にはどう生活していたかも、わかりはしない。
それでも、理不尽を感じた。
その心を、小さな教会の鐘の音が遠く近くに響き渡るのを聞いて、不意と思い返された。
弔いは、まだ成し切れていない。
森の奥にひっそり佇んでいるその教会に立ち寄ったのは、自分自身がやはり苦境にあったからで。
祈らずにはいられなかった。
「神さま、どうか彼女を天国へ上げてください。
自殺によって地獄に陥れないでください、もう彼女は充分苦しんだはずです。
これ以上酷い目に遭わせないであげてください。
もう充分です。
私も。
もう、祈るほか残されておりません。
卑しいことのための器として砕かないでください。
接ぎ木された木から、叩き切って落とさないでください。
もう、充分なんです。
私はこのとおり、骨も肉も自由になりません。
お救いください、お救いください。
疾く来たりませ、主よ、御名によって――」
そんな風に過去の残響を呼び起こす鐘の音は、とっくに森の木立ちに吸い込まれ、辺りはしんと静まりかえっているのであった。
(23-Aug-2024, Fr.)
【プロンプト】
「9. 夜明け前の街角で、彼は旧友と再会した。長い沈黙の後、彼らはようやく口を開いた。」
【文章】
夜が明けようという頃、人の往き来もみられない街角で彼は驚いた。
まさか、そこに来る相手が――彼の旧友とは思ってもいなかったからで。
二人は顔を見合わせ、しばらく押し黙ったままだった。
沈黙。しばらくの間、二人はなにも話さない。
――ふつうなら、かつて親しかった友と会えば、話ははずむものだろう。
それが、こうなってしまったには理由があった。
「『やぁ、行きつけの店で一杯やろうかと思っていたんだ。
こんなところで会うなんて実に奇遇だ。
ところで、君の小鳥はどんな調子だい?』」
長い、長い時を掛けてから、彼らは不自然に口を開き合った。
「『小鳥は死んでしまったさ。
今は“サラマンダーの皮”で遣りくりしているところだ。
ところで、店のほうでの一杯にご一緒してもいいかい?』」
「『いいね、上等のぶどう酒が飲みたいんだ。
どうせなら君にも奢ろう。』」
それらは、すべて『符牒』だった。
旧友としてのやりとりは脇へ追いやられ、そのことに彼は思わず知らず、嘆息までは抑えつけたものの、眉根がそっと寄って苦し気な表情だった。
(01-Sept-2024, Su.)
【プロンプト例】
「10. 古い時計台の下で、彼女は時を止めたいと願った。過ぎ去った時間は、二度と戻らないことを知りながらも。」
【文章】
過ぎ去った時間は、二度と戻らない――
そんなわかり切ったことが、痛切に心を悩ませる。
彼女はそれを知りながら、しかし時を止めたいとさえ願ったのだ。
今この瞬間、今ここで、――つまりは歴史を感じさせるこの時計台の下でだ――この幸福と不幸との入り乱れた感情のなかで、自身の存在も、取り巻く周囲(ぐるり)も、すべからく止まってしまえばよいのに、と願った。
ただの一言が、彼女にそんな夢見心地を与えた。
しかしそれは、ただ一人の人から発せられねばここまでの効果は無かったろう。
彼女の愛する、しかし決して彼女の存在を気に留めもしないだろう、と思っていた彼が、ただの一言、「この世界に必要なのは、あなただけだ」と。
公衆の面前で――地位のある彼にとっては無視できぬ市民たちの面前で、一通りの愛を告白して、最後にそう言ったのだ。
このことは、まったく彼女にとって予想外だった。
そもそも彼が彼女のところへとツカツカ歩み寄るにも、自分が目的(めあて)などとは一切考えもしなかった。……
……以上が10例の文章となります。
だいぶレトリックは衰えました。
アイデアについても、なんというか、陳腐になったように思われます。
自身のなかに制限が強く感ぜられますね。
あと、週末にできた日が集中していたのがよくわかります。
過去作のお蔵出し(未完)。
序
日射(ひざ)しの落ちた蹲(つくば)いには小鳥が一羽。西日はやがて、あちこちの境(さかい)をきわだてて、しずかに消えて行く頃だ。
(――また、いなくなってしまうのかな。)
少女は手巾(ハンケチ)をパタパタふって、残った水気を切る。
名を篠山(ささやま)すみ子という。
明るい洒落もの――そんな風に称する人たちが、今の彼女を見たらどう思うだろう。
憂いは姿を顕(あらわ)してはいない。どこか朧(おぼ)ろで、普段のはしゃいだ様子は見られない。店の裏でひとり作業をしているのだから、そんなものかも知れない。
うすぼんやりと、しかし雰囲気が。物思いというにはほど重く、夕暮れにはまだ早く。時間と表情が合わないような、どこか歪つな風景をつくっていた。これでまだ十四歳だ。
「なかなか戻って来ないと思ったら。そんなに乾かさなくて大丈夫だよ」
ハッとしてふり向くと、腰当て(エプロン)で指を拭きふき店主の青年がやって来ていた。
店の屋号をとって「みなわ屋」などと呼ばれるこの人は、年齢(とし)も表情もよくわからない。穏やかには見える。ひょうきんなことも言う。ほかのことをすみ子はよく知らない。自分の雇われた、この小さな書店の店主。それで充分だろう。
「すんません――ちッとばかし、やりすぎました」
すみ子は照れたように笑って、蹲(つくば)いの石組みを前に屈み込んだ。店主からはもう顔も見えない。内心の焦りを沈めようと、水に浸した布地を強めに絞った。指先がすこし紅(あか)い。
「ああ、雀かい」
視線を上げた。先ほどの雀は最早(もう)いない。ちょうど飛び立ったものらしく、ちらりと店主の視線を追えば、すぐ隣軒(となり)の屋根だ。もう二、三羽のもこもこした奴も、往ったり来たりと遊んでいる。
「うん、今年はいい春だねえ」
くすり、青年は眼を細めた。
「春ですねえ」
冬の名残(なご)りは、小鳥たちのふくれたお腹に見えるばかりか。もう春、やがて夏、それから秋でまた一巡。季節(ひととせ)の過ぎるうち、自分は今度こそ、本格的な稼ぎに出ねばならない。学校に通われる時間はもうあまり無い。奨学金を得ようにも、この歳で働いているのだ。学業は疎(おろそ)かになりがちだった。ほかにどうしたらいいというのか。
「それじゃ、用意できたらよろしくね。
拭かなきゃいけない本はいくらでもあるよ」
その声の調子が、どこか頭の奥に引っかかった。憶(おぼ)えがあるような、無いような。
あらためてふり向いたときには、店主も内(なか)へ引っ込んでいた。
一
すみ子が駒須町(こますちょう)へ引き移ったのは春先のことだった。
手仕事しながら町のことを聞くのが、みなわ屋での日常となった。
この町は鄙(ひな)びていて人手も無い、と言ってしまえばそれまでだ。
彼女の落ち着いたさきは小村瀬(こむらせ)といって、河岸(かし)に沿う小さな商家が構えを並べている――並べてあって、しかし静かだ。
僅かばかりの出入りはある。殊(こと)に朝のうち、軽トラックが品物を載(の)せて往き来をするのは、隣り合った町や村に得意先があるからで。それでも直接にお客が訪ねることはすくなく、活気を失いつつあると言っていい。
現在の駒須の中心にあたる駅前さえも、夜のにぎわいにかえって寂しさを覚えかねないほどだ。
昭和の一時期に盛りを迎えたことなど、今では町全体で忘れはじめている。近在の地方都市のおこぼれにあずかって、雑誌が一日遅れでようやく届く。入荷もすくなく限られるため、注文すれば二週間は待たねばならない。
電化製品も通販でなければ満足に買えないものだし、携帯会社もそろい踏みとは行かない。二社の支店がぽつりあって、ふだんはやはり人入りが無い。
そのなかで、すみ子の働く「みなわ屋書店」はマシなほうかも知れない。
古書店がさほど儲からないのはどこも変わりない。
ただ土地柄、観光のついででこんなところまで廻(まわ)って来るものがある。そういう旅好きには文学情緒を好むものもいる。ふだん本を読まずとも、雰囲気だけでも味わおうという可憐(かれん)な憧憬(しょうけい)を抱く人もまた、いないわけではない。
稀覯本(きこうぼん)を求めてはるばるやって来るような書痴(しょち)ともなると、かえって見ないという話だ。
ネットの回線は引いてあるので、時おりみなわ屋から遠方に送ることもある――店主はそんな風に話した。
「終わったかい? じゃあ、こっちの箱もお願いできるかな。
そのあと休憩にしようか」
すみ子は頷(うなず)いたが、すっかりくたびれていた。
知らない土地の歴史を耳にしながらせっせと働いていたものの、まだ手つきも慣れず、破いてしまいそうな日焼けした頁(ページ)の一枚々々に神経が疲れをうったえる。
すぐには売れて行かない書籍たち。けれど、売れるまではきれいに保っておかないと、お客さんが買う気にならないかも知れない。ここで働いてみてはじめて気づいたのと同時に、そんなことも知らずにいたのか、とすみ子には恥ずかしく思われた。「お店によっても随分ちがうよ。うちはやりたいからやってる」と店主のほうでは笑ってみせる。
「とは言え、これだけあると大変だからね――篠山(ささやま)さんが来てくれたのは、正直たすかったよ」
「いえ――こっちがお礼を言わないといけないことで、」
青年はそっか、と頷いて作業に戻った。彼もまた、書物の山を分けて行くのに忙しい。
(中学で、同(おんな)じようなこと無かったッけ……?)
ちらついたのは、前の学校の理科準備室。虫の標本、鉱物のサンプル、近くの山で採れたという化石――昭和五十六年寄贈、などという文字に洋墨(インキ)のにじむまで浮かぶころには、作業をともにしたなつかしい顔が鮮明になった。
その部屋の主(ぬし)である先生は、すみ子にとって恩師とも呼びたい存在だった。また、彼女の養父(ようふ)でもあった。
……以上、「夕つるべ(未完)」より過去の文章のサンプルまでに。
どんな違いがみられるか、自分自身だけでは、やはりわかり切らないところが御座います。
ご協力くださる方、なにかご指摘くださると幸いです。
終わりに。
さてあれ。
ここまでお読みくださった方あれば、感謝々々です(*ᵕ ᵕ)"ペコリ
それでは、良き夜をお過ごしくださいませ🌙 ́-