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分人創作エッセイ『笛宮に遭った』シリーズ~フラミンゴの憂鬱

 今日は、ヱリ子ちゃんの件で。ええ、よく覚えていますよ。あんな可哀想なことになったんだから、忘れられるわけないじゃないですか。あ、私もいいんですか、ごめんなさい、じゃあ珈琲で、ええアイスで。こういうのって経費で落ちるんですね。まあ、タウン誌の記者さんなら、そりゃそうか。
 お教室でも、別に親しかったってわけじゃないんですよ。あのバレエ教室は、半分くらいはA学園の初等部の子たちで固まってましたからね、もともと地元の公立小学校の子はちょっと肩身が狭い雰囲気ではあったんだと思いますし。ヱリ子ちゃん、あんまり喋る方じゃなかったし、小二からなんてずいぶん遅いスタートだし。それに、こんなこと言っちゃ可哀想ですけれど、あどうも。じゃあ遠慮なくいただきます。
 いやねスタイルがね、すごくものを言う世界でしょ。早ければ初等部に上がる頃から母親たちがこぞって娘の食事制限やら体型メンテンナンスやら熱心にやるような感じだから。そういう環境込みの美醜の序列って、早くから自然に出来上がってくるんですよ。そんな中で、そうねヱリ子ちゃんは、どうしてもいろんな意味で浮いていましたよね。いやらしい話ですけれど、やっぱりそれがバレエの現実でしょ。太ももがやけに短いし、太くてね。下半身太りっていうか、水太りっていうか。ああいう体質って、すごく管理が難しいんですよ。母親の方も似たような感じで。しかも母娘そろって酷いO脚でね。それをうまく隠したり、曲がりなりにも活かしたりするような服装のセンスもなくて。まあ、ありていに言えば、イタイ子っていう感じだったんですよ。正直、あの子をよく覚えているのはそういう理由です。
 ただ、ヱリ子ちゃん、足首が異様に強い子で。けっこう体幹もできていたんでしょうね。レッスンの初日から、いくらでも片足で立っていられた。それだけがすんなりできるからか、休憩時間にもずっと立ってたりしたんですよ。フラミンゴみたいにね。醜いアヒルの子ならぬ、フラミンゴの子。ほらフラミンゴって、片足で眠るじゃないですか。
 あら、ごめんなさい。ちょっと話がずれ過ぎちゃったわね。それにデリカシーなくべらべらと。こんな話して、故人が浮かばれませんよね。ヱリ子ちゃんの片足の骨だけが発見されたって聞いた時、真っ先にあのフラミンゴみたいな姿が思い浮かんでね。ああ、あの子、片足で立つのが得意だったもんなあって。バーから少し離れた場所で、スッと立つ8歳の頃のヱリ子ちゃんの姿がもう目に浮かんじゃってね。ああ、ごめんなさい、涙なんて出ると思わなかったわ。考えてみれば、私がその片足の遺体から想像したのは、まだ発見されていない部分ってことですけれど。
 DNA鑑定って凄いのね。だって、もう行方不明になってから15年よ。私の記憶にあるフラミンゴのヱリ子ちゃんは8歳、行方不明になったのは17歳でしたよね。17歳って、女の子にとって特別な年齢よね。遺体の足は、O 脚ちょっとは治ってたのかなあ。治ってたらいいなあって、バレエ仲間として心から思います。
 片足が発見されて死亡が確定してから、せめてヱリ子ちゃんの供養に私たちのお教室仲間で何かしたほうがいいんじゃないかって。それでほら、かの有名な北村周子さんのお父様が獣医学の権威でしょ。そうなんですよ、父娘です。知りませんでした?ふふ、北村なんてよくある苗字ですものね。私たち、示し合わせてもいないのに、寄贈するならフラミンゴってすぐ決まって。A動物園に寄贈したフラミンゴの番号札の裏には、一匹だけ特別に「Eriko」って彫ってもらったんですよ。まるで、ヱリ子ちゃんがまだ生きているみたいだなあって。ふふふ、不思議にちょっと脚太いの、そのフラミンゴ。
 え、やだ。お祓いじゃないですよ、ちゃんと供養って言ったじゃないですか。いやそんな、私たち虐めてなんてないですよ。本当に。あの子、そんなに虐め甲斐もなかったと思いますよ、たとえ虐めてもね。いやややや、多分ですよ、たぶんの話。え?犯人?私たちが集団リンチ?やだ、そういうことって刑事でもないのに言っちゃっていいんですか?私ね、夫が弁護士なんですよ。あることないこと、書いたりしないでくださいよ。あはは、やっぱり珈琲代払っとこう。あなたに借り作るの、なんか嫌になってきちゃった。ヱリ子ちゃんの人柄ですか?そうねえ、やさしいかな。うん、やさしい子だったんじゃないかなって思います。


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