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短編小説 『 親愛なる占い師 』

2020年4月28日

今日は朝から何も上手くいかない。
9時40分に家を出れば、ギリギリ52分の電車に乗れるはずなのに駅の手前で信号待ちにあい、ダッシュで駅に向かい、急いで改札口を通り抜けようとしたらパスモの残金が57円しか入ってなくて道を塞がれた。
切符売り場でチャージしようと焦って入れた一万円札が上手く読み込んでもらえず、結局2つも電車に乗り遅れた。

すでにこの時点で1日の始まりとしては失敗。
バイト先に行くと、この前、店長に伝言し忘れていた仕入れ業者からの連絡の件を指摘されて怒られる。
11時からランチ営業が始まるというのに、また留学生のバイトがお腹痛いと電話してきて今日のシフトをバックれた。
厨房に店長、ホールは私だけの二人で回す羽目に。

コロナ禍になってからというもの、いよいようちの居酒屋もヤバイということになりランチを始めた。ランチの時間帯も働かないとシフトをもっと削られるので、やむ終えなく出ることにした。


今日に限ってテレワークから久々に職場勤務をするサラリーマンとOLで店は混雑。
いつもより客のちょっとした行動が目に付く。
入り口に消毒液あるんだからちゃんと消毒しろよ、席つく前にマスク外して喋りだすなよ、ベラベラ喋ってないで黙って食えよ。

一人で慌ただしくホールで動き回っていると、中年のサラリーマンの客に呼び止められた。
「あそこの人たち、食事終わってるのにマスクしないでうるさいから言ってきてくれない?」と言われる。
この人には私が今、忙しそうに見えないのだろうか。
勿論、私もあの4人組のサラリーマンがうるさいとは思っていたけど、ゆっくりと一つのテーブルに対応してられない。
「あ、はいー。」接客業ギリギリのテンションで応え、とりあえずうるさい客がいる席に近く。

「あのー、こちらお下げしてもよろしいでしょうか?」
「え?はい。」盛り上がってる話を途中で割られた客は少し冷ややかな目で私を見つめた。
ただバイト中の私はできるだけ心を殺しているので、そんな冷ややかな目なんて気にしない。
食器を下げれば帰るだろうと思ったから。

しかし休憩時間を上手く潰そうとしているのか温かいお茶をオーダーされ、なかなか帰ろうとしない。

先ほど注意してくれと言った客にまた呼ばれる。
「おい、お前ちゃんと注意したのかよ。うるせーじゃねーかよ。」

「あ、いや、、、すいません。」
「こっちは静かに食べたいんだよ!!俺の言ってることおかしいか!!!」
おかしくはないが、それに大して怒鳴るのはおかしくないですか?
「いえ・・・」
「お前が注意できないなら店長呼んでこいよ!!」逆鱗のスイッチを押してしまったようで、店内に雷のような低く刺のある声が鳴り響いた。
店長を呼びたいところだが、店長は厨房で次々に来る注文に対応してるからホールに来れない。

ひたすら謝る。
「すいません。」

「この店、ちゃんとしてねーじゃねーかよ!!」
二発目の雷が鳴り出した時、うるさかった客たちが一気に静けさを取り戻した。
店内は静まりかえり、うるさかった集団も逃げるように席を立った。

みんな今までと違う毎日でイライラするのも分かるけど、それを誰かに当たるのは違わないか?と思いながらも、これ以上余計なことにならぬようひたすら頭を下げてその日のランチ営業を終えた。


今日はなんて最悪な日なんだ。

いつもより体がどっと疲れてる。数時間しか働いてないのに。

バイトが終わり、真っ直ぐ家に帰る気分にならなかった。
家に帰ってテレビをつけてもコロナのニュースばかり、Wi-Fiも速度制限があって思う存分TVerが見れない。一時期、楽しんでいたzoom飲み会も3回もやれば、誰も声をかけなくなった。

一人暮らしのアパートという牢屋に帰りたくない。

気晴らしに買い物したい。でも、いつも行ってる洋服屋さんが開いてない。
テキトーに映画でも観たい。でも、映画館もやってない。
カラオケに行きたい。カラオケもやってない。
先週の誕生日だって誰にもお祝いしてもらえなくて最悪だった。
蓄積されたストレスを発散できるはずの方法が全て閉ざされてたら、どうやってこのやるせない気持ちを発散できるのだろうか。

飯田橋から電車に乗って、新宿で京王線に乗り換えて帰るところを少し寄り道をすることにした。
不要不急だとしても、一人で歩くくらい許してほしい。
そういえば、今日のしいたけ占いで牡羊座は今週絶好調って書いてあったよな。
あれ?まだ絶好調な感じしないんだけど。
でも、他の占いでも今週は何をしても上手くいくって書いてあったよな。
みんな占いはずれてない? 

ちゃんと誰かに私のことを占ってほしいな。

占いは好きだけど、ネットやテレビで見るくらいで対面で占ってもらったことはない。
でも、ずっと誰かに占ってもらいたいって気持ちはあった。
コロナが現れてから本当に先が見えなさすぎて不安だ。
誰かにちゃんと未来を示してほしい。

衝動的に占いの館で検索をしてみた。
緊急事態宣言中のせいか原宿や渋谷の占いは営業してない。
営業してないと言われると、余計に行きたくなるものだ。

そういえば、中野の地下街に占いできるところあったな。
検索してみても、やってるかやってないか分からない。
行くだけ行ってみよう。
新宿で降りずにそのまま中野に向かっていた。

予想は的中。思ったよりも中野駅周辺は人が多くて賑わっていた。
中野の地下街にある占いの部屋も運よく営業をしていた。
黄色が強い蛍光灯が照らすその一帯は一室一室が狭く仕切られていて、部屋の奥は薄暗く、少し不気味な雰囲気。

どこの部屋の入り口にも看板がある、手相占い、西洋占星術、四柱推命、オーラ、霊視・・・
占い師の簡単なプロフィールが書いてあるが、どれも本物ぽくて偽物ぽい。
とりあえず一つずつ部屋を覗いてみる。

6部屋中、5部屋は占いをしているタイミングだった。
これは私みたいな悩める人間がたくさんいると言うことなのだろうか。
その中で客のいない部屋をもう一度覗くと、占い師と思われるおばさんと目があった。
50代くらいだろうか。髪が長くソバージュをかけていて、化粧っけがなく、あまり占い師っぽくない容姿。
おばさんの鋭い視線に一瞬、体が怯む。 軽く1秒ほど見つめ合っただろうか。
おばさんは何も声をかけてこない。冷やかしだと思われてるのか。

そんなおばさん占い師の態度が気になり、私はその部屋に一歩足を踏み入れた。
「あの、今お願いできますか?」

特に表情を変えることもなく「どうぞ、お座りください。」と言い、目の前の席を指差した。
4畳くらいの薄暗い部屋の中には、黒い布にかけられたテーブル、テーブルの上には大きくて少し歪な形をした謎の石、おばさんの手元を照らす間接照明。

そして料金表がテーブルに置かれ「今日はどうしましょう?」と聞かれた。
ラミネートされた角が弱りきってる料金表には15分2000円、30分5000円、45分8000円、60分10000円と記されてあった。

「うーん、15分で」ラミネートの料金を指差すと、何も言わずにおばさんは私の肩の周りを見るように「そうねぇ」と言い出した。

そういえばこの人は「霊視」が専門と書いてあった。
「霊視」は初めてた。
緊張したままおばさんが私の向こうを見続けている。
私とは目も合わさずに、まるで空中に何かが見えるかのように。
その目の動き方は人を数えているようで不気味すぎて思わず体を硬らせた。

「今日、何か嫌なことでもあったんじゃない?」
表情を変えないまま独り言のように呟く。

「え!なんで分かるんですか?そうなんです。」
前のめりになり、おばさんに顔を近づける。

「そりゃ、そうよ。だって、あなたの肩まわりに人がいっぱい憑いてるもの。」

「え、肩周り?人って幽霊ですか?」

「生き霊よ。最近、肩凝ってない?」

「肩、凝ってます。凄い凝ってます。」

「だって、1、2・・・5人はあなたの肩に生き霊乗ってるわよ。」

「え・・・めちゃくちゃ怖いんですけど、それ本当ですか?」

「嘘言ってどうするの?今すぐに全部、おろしてあげてもいいんだけど、私がおろしたところでまたすぐに生き霊つくと思うのよね。」

「そんな、、、っていうか生き霊って誰ですか?顔見えますか?」

おばさんは眉間に皺を寄せたまま、深く目を閉じ、石に優しく手をかざす。

「あなた心当たりあるでしょ?一人は男性ね。」

「もしかして元カレですか?元カレとは最後に浮気されて揉めて別れてしまったので。」

「あと女性もいるわ。」

「あ、元カレの浮気相手ですかね。元カレ、3股もかけてたんです。」

「きっとその女性たちね。ただ、あなたのこと恨んでるというよりも、あなたが彼女たちを恨んでいるから、その念が跳ね返ってあなたのところに返ってきてるわ。」

「今は元カレとも連絡とってないっていうかブロックしてるし、その女たちも一度は揉めてSNSのD Mで攻撃しましたけど、今は何もしてないですよ。」

「まぁ、その念が強かったのでしょうね。あなたが意識してる以上はその肩の生き霊はいなくならないわよ。」

「えー じゃあ、どうすればいいんですか?」

「あなたが肩に乗っかってる人たちに心当たりがあるなら、その人たちへ和解をする手紙を書きなさい。手紙は相手へ送らなくていいから、心当たりある人たちへ手紙を書いて、しばらく部屋の北東の位置に飾りなさい。一週間後には肩こりが楽になってるわよ。」

そう言うと、15分が経ち「ピピピピッ」とアラームが鳴り響く。
もう15分経ったの?あっという間すぎる。もう少し話が聞きたい。

「延長されるのであればもっと詳しいお話できますがどうしましょう?」

特に延長を促すような言い方でもないからこそ、よりもっと深いところを占って欲しくなっていた。

「追加で15分お願いします。」
「分かりました。」
そう言うと、おばさんは小さなデジタルの時計を手にとり、再度15分後のアラームを設定した。

「生年月日教えてもらえますか?」
「1992年4月15日です。」

小さなメモ帳に私の生年月日を走り書きすると、分厚い辞書みたいなものをペラペラとめくり出して一枚のページで止まった。

「そうよね、あなた本当は今月良い月のはずなのよ。」

「やっぱり、そうですよね?」

「でもね、全ては肩に憑いてる生き霊のせいで上手く行ってないの。」

「ああ、やっぱり生き霊なんですね。」

「人間関係、あと恋愛で悩んでいるわね。」

「そうなんです。バイト先でも嫌なことあったり、さっき話した元カレ、ブロックしてるのにSNSで別垢作ってフォローしてきて。」

「元カレの生き霊が強そうね。さっきお伝えできなかった生き霊の退散方法を特別に一つ教えるわね。」

「はい、お願いします」

おばさんが急に席を立ち、両手を軽く広げ出した。
「私と同じような態勢取ってくれる?」

「え?はい。」
咄嗟に席を立ち、おばさんと向かい合って鏡のように同じポーズを取る。

「目を軽く閉じて、足を肩幅くらいまで軽く開いて、ゆっくーり深呼吸をして」
言われるがまま目を閉じ、足を開き、深呼吸をする。

「そして地面に足がついてることを意識してみて。両足の裏から地球の重力を感じるように。」

「はい。」言われるがまま重力とやらを感じようとしてみる。

「重力を感じながら、地球に話しかけてみて。いつもお世話になっております。〇〇ですと。そして生きていることに感謝の気持ちを伝えて。衣・食・住いつも私たちに恵んでくれてありがとうございますと心からお礼を伝えるの。」

「は、はい。」

地球に感謝なんて考えたこともなかった。生きてて当たり前だと思ってたし、衣食住なんて最低限のことだし、まぁ追加料金払ってるから言われるがままやってみよう。

「ほら、さっきより足の裏に生命の重さを感じてきたでしょ?広げてる手のひらにじんわりと暖かい物を感じるでしょう?それがいつも地球があなたにくれているエネルギーよ。」

言われてみれば重力を感じてきてるし、手のひらに何か暖かいものを感じる気もする。
ただ言われてみればの話で、なんとも言えない。
でもこんなんで本当に生き霊はいなくなるのだろうか。

同じ動作と深呼吸を何度も繰り返して5分ほど同じ状態でいると、再びアラーム音が鳴り響いた。
ピピピピピピピ!!!
「本当はもう15分くらいやりたいところなんだけど、もう15分追加したら今日中には生き霊ぜんぶとれると思うけど、延長しますか?」
また無表情で延長の有無を聞いてくる。

さすがにもう15分延長して2000円課金するのは微妙なところだ。
あと15分で楽になれるかもしれないのと、2000円を天秤にかけたところ2000円が惜しくなった。

「うーん。今日は大丈夫です。ありがとうございました。」

「そう?それなら今回は4000円になります。」

「あ、はい。」

「完璧にその肩の生き霊を落としたいなら、しばらくはここに通ったほうがいいわ。
隔週とかでもいいから。さっきのだけじゃ、気休めにしかならない。簡単に生き霊はいなくならないわ。」

「あ、そうなんですね。一度、さっき教えてくれた方法で手紙書いてみます。」
財布から五千円札を取り出しておばさんに渡すと、お釣りの千円と一緒に名刺を渡された。

「本気で生き霊取りたいなら、月額制もあるから安心して。」

名刺にはおばさんの名前「天沼美世子」と電話番号、ラインID、月額制の料金プランが書いてあった。

占いのサブスクなんてあるのか。

「あの、毎月5000円で初級コースってどんなのですか?」
「通常だと60分10000円なんだけど、月に2回まで60分のコースを2回受けられるの。
実はこの名刺をあげる人は私も選んでいるの。久々だわ、渡したいと思える人に出会えたの。
私自身が救ってあげたいって思う人にしか渡さないわ。
あと、ちゃんと生き霊を取り払える力を持ってる人だけ。
あなたはこの部屋に入ってきた時から他の人とは違う強いオーラが見えたわ。
生き霊はついてるけど、追い払えばもっと幸せになれるはずの人間だって。
月額制と言うのはね、私が個人で診てあげてるの。
ここのお店通すと厄介だから、ほら、ここのお店のカードは別にあるでしょ?」
と二枚の名刺を見せる。

お店のカードにはここの住所と公式アドレスしか載ってない。
いただいた名刺には電話番号も住所も個人のラインも載っている。
私はこのおばさん、いや天沼さんに選ばれたのか。

自分を認められた気がして、急に胸が熱くなってくる。
「三日後には肩楽になってるわよ。でも一週間もしないうちに元に戻るかもしれない。ちゃんと生き霊退治して、幸せになりたいなら連絡よこしなさい。」

「はい!今日はありがとうございました!!」
私は深々と天沼さんにお辞儀をして、占いの部屋を後にした。

占いって面白いかもしれない。いい気分転換どころじゃない。すごい気分がいい。
今、全然上手く行ってないことも、肩が凝ってることも、生霊飛ばされてることも当たってる気がした。天沼さん凄すぎる。

黄色い蛍光灯が照らす通路脇の階段を軽快に上り、地上を目指す。
あれ、さっきより体が軽い気がする?すごくない?
ちょっと地球がなんとか〜って言うのは胡散臭かったけど、でも占い行く前より全然調子イイ!!

地上に出ると、アーケードの隙間から太陽の光りが私を照らした。
眩しい・・・一瞬、目がくらんだがその眩しさが心地良い。

駅に向かう途中、さっきもらった名刺のラインIDで検索し天沼さんを友達追加した。
アイコンはさっき手を当てていた謎のゴツい石だ。
あの石、やはり凄いものなのかな。以前にパワーストーンにハマっていたので気になる。
石の話も聞けば良かった。
思わず、そのアイコンを拡大してスクショして、携帯のロック画面とホーム画面に設定をした。なんかご利益ありそう。

あの人なら私のこんな微妙な人生を救ってくれるかもしれない。

帰り道、赤信号に一度もぶつからずに帰れた。
いつものコンビニでご飯を買おうとしたら、お気に入りのイケメン店員さんが笑顔で「いつもありがとうございます」と言ってくれた。
やはり重たかったはずの肩が楽な気がする。

自宅に戻ると、すぐに便箋を探して生き霊に思い当たる人たちへ和解の手紙を綴る。
少しでもこれで自分が楽になれるならいい。

元カレと元カレの3人の浮気相手へ気持ちを手紙にしてみると、それはそれは呪いのような言葉達が便箋の中に敷きつめられた。
あの時恨んでいた感情を言葉にすると今でも凶暴で、自分がまだ許せてなかったことに気づく。私がその人達へ生き霊を飛ばしていたのが実感できる。

書いた手紙は天沼さんに言われたように部屋の北東の位置にある出窓の隅っこに置いた。

一仕事終えた気分だ。
携帯の覗くと、天沼さんからラインが来ていた。
「今日はありがとうございました。本当にあなたが未来を変えたいのならご連絡ください。何でも相談に乗りますよ。」

未来を変えたい・・・できるものならば・・・

ラインが来て嬉しくなり、慌てて返信を打つ。

「こちらこそありがとうございました。手紙、さっき書いて北東の位置に起きました。月額制の話って詳しく教えてもらえませんか?」

次の日、もう一度、天沼さんにところに行く約束をした。


今、私を救えるのは自分を変えたいという気持ちなのかもしれない。

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