ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.8
Ⅺ
ふたつめの星に住んでいたのは、ひとりの「ナルシスト」だった。
「おおっと! 俺様のファンがやってきたな!」
ちっちゃな王子さまを見つけて、遠くからナルシストが叫んだ。
彼にとっては自分以外の人間はみんな、彼のファンなんだ。
「こんにちは。変わった帽子をかぶってるんですね」
「これは俺様の決めポーズのための帽子さ」
声をかけた王子さまに、ナルシストが答える。
「だれかに見せてやるためのものさ。あいにくとだれ一人ここを通らないんだけどね」
「そうなの?」
「そうとも……ほら、拍手してごらんよ」
ナルシストに言われるままに、王子さまは拍手をしてみた。
するとナルシストは、帽子をもちあげてクルッと回り、大げさな身振りで優雅に礼をしてみせる。
(あはは、これは王様のときよりおもしろいかも!)
王子さまは心の中で思った。そして、もう一度拍手してみたんだ。するとナルシストも、もう一度帽子をもちあげて優雅に礼をする。
でもそれを五分も続けると、王子さまはこの単調な遊びに飽きちゃったんだ。
「ねぇ、その帽子を落っことすにはどうしたらいいかな?」
王子さまはたずねてみた。
けれど、ナルシストにはそれが聞こえちゃいないみたいだった。彼は褒め言葉しか耳に入らないんだ。
「なぁ、あんた、ちゃんと俺様を”推し”てるんだろうね?」
「”推す”、ってどういうこと?」
「”推す”ってのは、俺様がこの星の中でいちばんかっこよくて、いちばんおしゃれで、それからいちばん金持ちでいちばん頭がいいってのを認める、ってことさ」
「でも、君の星には君しかいないじゃない!」
「いいから、俺様を喜ばしてくれよ。俺様を”推し”てくれよ!」
「わかったわかった、君を”推す”よ」
ちっちゃな王子さまは肩をすくめてそう言った。
「でもそんなの、何がおもしろいの?」
(大人ってのはまったく、おかしなものだなぁ)
あの子はその星をはなれて旅を続けながら、心からそう思った。
Ⅻ
次の星に住んでいたのは、よっぱらいだ。そこを訪れたのはほんの短い時間だったけど、王子さまはすっかり沈んだ気持ちになってしまった。
「そこで何してるの?」
中身の入った酒瓶と空の酒瓶をいくつもならべてだまって座っているよっぱらいに、王子さまはたずねたんだ。
「飲んでいるんだ」
暗い顔をして、よっぱらいは答えた。
「どうして飲んでいるの?」
「忘れるためだ」
「忘れるって、何を?」
ちっちゃな王子さまはなんだか気の毒な気分になってきた。
「はずかしいことを、忘れるためだ」
よっぱらいはうつむきながら、そう打ち明けたんだ。
「何がはずかしいの?」
王子さまは、彼を助けてあげたい気持ちになって、聞いてみた。
「飲んでいることが、はずかしいんだ!」
よっぱらいはそれだけ言うとむっつりとだまりこんで、一言も口を利かなくなってしまったんだ。
ちっちゃな王子さまはすっかり戸惑ってしまって、いそいそとそこをはなれた。
(おとなってやっぱり、すごくすごくおかしいや)
王子さまはまた心の中でそうつぶやきながら、旅を続けたのだった。