「筆先三寸」日記再録 2007年2月~6月
2007年1月の日記はありません。
2007年2月25日(日)
昨日無事に義父の四十九日を済ませることができまして、別に喪に服してたとか殊勝ぶるつもりはないのですが、そろそろ更新も再開していこうかと思います。当面は、この二ヶ月のうちにあったことなども織り交ぜながら、相変わらずのマイペースで参りますので、ひとつよろしくお願いしたします。
2007年2月26日(月)
亡くなったお義父さんはもともと大工だった。私がサイとつき合いはじめたころには、すでに自分の工務店もたたんでセミリタイアの状態だったが、日曜大工でじぶん家の階段をそっくり付け替えちゃうとか、うちの床板をはがしてゆるんだ根太をがっちり直してくれるとか、当たり前の話ながら餅は餅屋の腕前を持っていた。
だからといって、ビートたけし演じる鬼瓦権三みたいなステレオタイプではまったくなく、二枚目の学者のような風貌で、背を丸めて炬燵に入ってる姿は、文士くずれで十分通ったろうと思う。意外と本好きの話し好きで、世間話の中身もむやみに知的レベルが高かったし。
というような、お義父さんの話をしようと思ったのではない。問題は、そんな父親に育てられたサイなのである。
父親たるものすべからく手先が器用で、たいていのことはできて当然であると思っている。
「なあ、家中の部屋にある電気のスイッチ、汚れてるから全部換えてくれへん?」
「風呂の蛇口、なんか水漏るねん。新しいのと換えて」
「ベランダに防水の塗装して。あと手すりもサビ落としてペンキ塗って」
「風呂場の壁くすんできたし、明るい色で塗りなおして」
「ガレージのコンクリひび入ってるから、セメント買うてきて直して」
「下駄箱作って」
「ベランダの庇の波板、きれいなのと換えて」
「台所の床、ぶかぶかするとこあるねんけど直せる?」
「屋根に上がって、雨漏り見てくれへん?」
ぜんぶ私がサイに素の表情で言われた台詞である。別に日曜大工が趣味なわけでもないのに、平気な顔で頼むなそんなこと。と言ってみても、たぶんサイには通じない。成人男子ならだれでもそれくらいできて当たり前だからである。
だから私も極力平気な顔をして(半分は意地)、上のほとんどはやりましたよ(キッチンの床は簡単ながらおおごとになるのでパスしたけど。屋根に上がるのは、たぶん死ぬので勘弁してもらったけど)。
おかげで我が家には、電ノコ電ドリはいうに及ばず、電動サンダーだの水栓レンチだの大量の刷毛類だの左官用のコテだの水準器だの、変なものがいっぱいある。意外と手に職がついてるかもしれない。
だれか私に簡単な大工仕事を発注してみませんか。ええ仕事しまっせ。
2007年3月1日(木)
去年の9月に、iPod付属のイヤホンをビクターのカナル型(耳栓型)のFX-77ってやつに換えて感動したって話を書いたのだけれど、やっぱり値の張るやつはそれだけのことはあるのかなあと、だんだんと「いいイヤホン」というのが気になりだしてきた。おそろしや、万年筆のときの、「上見たらキリがないのに、ほしいもんはほしい」病の再発である。
ということで、去年の暮れにソニーのMDR-EX90SLというのを買ってしまった。ソニーのカナル型イヤホンのハイエンド機種である。ヨドバシで諭吉を差し出して、二十円しか返ってこなかったときは、「イヤホンごときにバカか俺は」とちょっと考え込んでしまった。
しっかーし! これが愕然とするほど素晴らしい。「えーっ、この曲ってこんな音で鳴ってたんや」の世界である。重なり合ってた楽器も別々に聞こえるし、シンバルの微細な揺れや電子楽器のちょっとした遊び、ヴォーカルにかけられたかすかなリバーブなどなど、このイヤホンに換えて初めて聞き取れたような音がいっぱいある。それに、音場感というのか、イヤホンのくせに頭蓋骨の外から音が聞こえてくるし、楽器ごとに場所がちがうのがはっきりとわかる。低音もちゃんと鳴ってるし、高音もシャリつかずに高いところまで鮮明に聞こえる。
アンチソニー厨の多い2ちゃんねるでさえ、イヤホンスレでは評価されている(フラットで癖のない音質、高い原音忠実性、楽な装着感など)というのもたいしたもので、なにより、一部では畏怖の念をこめて「廃人」とまで呼ばれている「He&Biのヘッドホンサイト」でも、好意的なレビューがなされている。私自身はこれらを見る前に(よく考えずに)購入したのだが、どうやら1万円以下の価格帯ではベストバイといっていい選択だったらしい。
はっきりいって世界が変わった。ていうか、「耳のひまつぶし」から「耳の快楽」へと、通勤時の音楽環境が一変した。毎晩寝る前に、「ああ、明日も電車で音楽が聴ける」と楽しみになるなど、以前では考えられなかった。
いやもうほんと、ポータブル機の利用者には、全員に声を大にして勧めたい。
と、それほどまでに感動した私が、たった40日で2倍も高価なイヤホンに買い換えたのだが、それについては次回の更新で。
2007年3月3日(土)
そんなわけで、家に一人でいるときまで、コンポじゃなくてイヤホンを使うことになるなんて思いもしなかった。ほんとにMDR-EX90SLおそるべしである。
ただ、このイヤホンには一つ注意点がある。たしかに、一見カナル型に見えるのだが、遮音性と音漏れが一般的なイヤホン(小さな円盤を耳穴に引っ掛けるタイプ)とほとんど変わらないのである。
だから、音楽が鳴っていても自動車の走行音や電車の車内放送が聞こえる。早い話、見た目のわりに、周囲の雑音には意外と弱い。それと、普通のイヤホンでも同じだが、ボリュームを上げると音漏れする。電車の中で無理やり雑音に負けまいとすると、シーチキチシーチキチッチと、まわりに迷惑をかける可能性がある。
2月2日の金曜日のことだったのだが、もちろんその日も、職場に向かう電車で席に着くなり、いったんイヤホンをはずして音漏れを確かめた。先端の音の出る穴を指先でふさいで、鼻先20センチぐらいでほとんど音がしなければ合格である。それくらいで充分音楽は楽しめるし。
ところが、三つほど駅を過ぎたあたりで、隣に座ったおじさんに肩を叩かれた。「音漏れしてますよ」と。
私はあわてて、はずしたイヤホンを耳のそばにかざした。たしかに音はかすかに漏れている。ほんとかすかに。いやもうほんま、ごっついかすかに。えー、こんなん許容範囲やん、ていうかほとんど聞こえへんやん、もっとシャカシャカうるさいやついてるやん、ていうかやっぱりすいません。
とりあえず小さく謝って、あとは大幅にボリュームを絞ってその場はしのいだ。
明けて土曜日、その日も仕事だった私は、帰りに梅田のヨドバシカメラに立ち寄った。たった一回他人に注意されたくらいで意固地になるのも大人気ない話だが、こうなったら音漏れのない本格的なカナル型イヤホンがほしくなったのだ。音漏れ云々というだけならFX77に戻ればよさそうなものだが、自分の耳がEX90に慣れてしまった以上、あとへは戻れないことはわかっていた。
ヨドバシでは、イヤホンの試聴ができる。自分のiPodを使って、いくつかカナル型を試聴してみたのだが、その音に唯一おどろいたのがオーディオ・テクニカのATH-CK9である。評判だけならエティモティック・リサーチのER-6iやシュアーのE3cあたりの選択肢もあったが、とりあえず国産でいくことにしたし。このへんは万年筆の経験のせいかもしれない。国産なら低価格の製品でも工作精度が高いとか個体差が小さいとか。それがイヤホンにまで妥当するかどうかは知らないけれど。ま、オーテクは、素人の私でも昔から知っているヘッドホンメーカーというのもある。
試聴しようとしてイヤホンを耳に入れたときは大して感心もしなかった。ふーん、オーテクのハイエンドでもこんなもんか、という感じである。それで、耳への入れ方ってこれでよかったんだっけ、とあれこれ触っていて力をこめたとたん、両の耳の穴に「ガポッ」と入った。思わず、「あ、痛て」と感じたくらいである。
その瞬間、ヨドバシの店内のあの喧騒が一気に引いた。その静けさの中で、頭蓋骨に音楽があふれかえった。おおおおおー、私は度肝を抜かれてその場に立ち尽くした。
しばらくイヤホンの音楽に耳をかたむけて、私は迷わずCK9を購入した。マニアでもないのに、定価2万円超(実売17,800円)のイヤホンなんてどうかしているとしかいえないが、とりあえずそのときはこれしかないと思っちゃったのだ。
音質については、なんの文句もない。前回EX90についてあれこれ書いたが、それがそのまま二回りほど向上した感じと思ってもらえばよい。低音も良く響くし、バランスド・アーマチュア・ドライバなるものが何を意味するのか知らないけれど、そのせいで中高音域は非常に解像感も高くて豊かに聞こえる。
それに、遮音性が高いせいで、ボリュームを上げなくてすむ。屋外で聞いていたボリュームのまま静かな部屋に戻って聴くと、耳が痛くなるほどやかましいという経験は誰しもあると思うが、カナル型の場合は最初から静かな環境で鳴らすことになるので小さな音量で十分なのである。私の場合、アップル純正のオープン型イヤホンのときの音量を10とすると、EX90で8、CK9なら6くらいですむ。見た目で耳に悪そうな印象を与えるカナル型だが、意外と耳への負担は小さいのかもしれない。
もちろん、カナル型で遮音性が高いというのがマイナスに働くこともある。まず、通勤に使うと自分の足音が耳に響いてうるさい。コードのがさごそする音が耳に障る。
そしてやはり、周囲の音がまったく聞こえないというのは怖い。後ろから車が近づいていてもまったく聞こえないので、突然真横から現れた車に何度も飛び上がった。自転車のベルも聞こえないので、横を通り過ぎざまににらまれることもある。だから、道を歩くときは、ガードレールや建物の壁に体が擦るくらい端に寄って歩かないといけない。常に周囲を目視で確認していないと、本当に危険である。ある日なんか、踏切を渡りきる前に遮断機が下りてきて、あわててくぐらないといけなかった。なんと、あのカンカンいう音がぜんぜん聞こえていなかったのである。もちろん近づく電車の音も聞こえないので、ホームの端は歩けない。まったく、たかが通勤で命がけである(だから歩行中はなるべく使わないようになった)。
ほんとうなら、歩いてるときにはEX90(これは足音も響かないしタッチノイズもほとんどない)、乗り物の中ではCK9、と使い分ければいいのだろうけれど、それはどう考えても面倒なので、今はEX90は遮音性の必要ない家の中だけにして、外ではCK9という使い分けになっている。
おかげで、今や至福のミュージックライフである(それでなにを聞いてるかといえば、それはむにゃむにゃ)。
ともあれ、メーカー問わずポータブル機器付属のイヤホンに不満を感じてる人は、一度カナル型の高級機を聴いてみることをお勧めする。
(でも、CK9よりずっと音がいいっていうER-4SとかUEの5proとかってどんなんだろう。私の耳では聞き分けられそうにないが、もうなんかすでに物欲がふつふつと……)
2007年3月5日(月)
というところで、そんな私の最近のヘビーローテーションから数曲ご紹介(リンク先はすべて合法的な試聴版なのでご心配なきよう。でも、18禁関係ばかりなのでお子様はご辛抱ください)[試聴サイトはほぼ全滅なのでYouTubeのリンクに張りなおしました。2023年9月17日註]
「ゆけむりモード Special Ver.」
はい、もう、ツインボーカルもラップ風の味付けも、台詞の掛け合いも文句なし。
「ハラタマ キヨタマ」ショートVer.
大野まりなの真骨頂。「電波ソングって何?」という人には、胸を張って紹介できる一曲です(胸張るなよ)。
「Pink Planet Love ~恋は夢重力空間~」
「おしゃれ」「色っぽい」「バカ」と三拍子そろった名曲。往年のピチカを思い出させて何度聞いても飽きません。
「Princess Bride !」
電波界の頂点に君臨するKOTOKO神の新境地と申せましょう。
わかってます。すべてわかっています。自分の年も、なおちゃんが今年中学校に上がることもわかっています。だから何も言わないでください。
2007年3月7日(水)
ともちゃんは、お父さんをすっごくかしこいと思っているらしい。実のところはせいぜい、平成教育なんとかの漢字の問題ならぜんぶ読めるとか、IQサプリの問題を家族の誰よりも先に答えられるとか、その程度のレベルなのだけれど。でもまあ、小学2年生に尊敬されるのは悪い気分ではない。
そんなともちゃんが、それを言葉にしてくれようとしたのか、こんなことを言った。
「お父さんな、頭ええからな、お父さんがべんきょうのもんだい作ったら、めっちゃかしこい人でも、わかりにくいで」
わかりにくいて。それだと、お父さんがちゃんとした日本語で問題を作れないみたいじゃないか。むしろ頭のちょっと残念な子みたいじゃないか。そこは、たんに「かしこい人でもわかれへんで」とか、「ごっついむつかしいで」でいいんじゃないのか。
というような感想を述べると、やさしいともちゃんは言いなおそうとしてくれた。
「せやからな、お父さんがもんだい作ったらな、かしこい人でもな、…………わかりづらいねん」
いっしょやがなー。悪かったな、まともな問題も作れんで。
2007年3月8日(木)
大阪市経済局プレスリリースより。“西のアキバ”として名高い日本橋で、地域振興のイベントがあるらしい。
「第3回 日本橋ストリートフェスタ」の実施について」
おおおー、お役所が全面バックアップで、「ケロロ軍曹パレード」は客寄せとしてアリとしても、「コスプレパレード」に「メイドパレード」て!
しかも、「メイド“よさこいロック”パレード」て! ぶはははは。誰やこれ企画したん。
行きたい、めっちゃ見に行きたい。
2007年3月11日(日)
『夢の美術館~大阪コレクションズ~』(国立国際美術館/1月16日~3月25日)
在阪の、国立国際美術館とサントリー・ミュージアム、大阪市近代美術館建設準備室の三者のコレクションから厳選した展覧会である。主として20年代から60年代のいわゆる現代美術をテーマにしている。
前々から行きたかったのだが、今日やっとのことで家族で行ってきた。
評判どおり、大阪市のコレクションが素晴らしい。バブル期あたりからガンガン買い漁った名品が目白押しである。大阪市では、これでコレクションもそろったし、さあこの勢いで近代美術館の建設だ、というところでバブルが崩壊してハードの方は頓挫したらしい。おかげで、国内屈指のコレクションを持ちながら宝の持ち腐れというか、なんか情けない話である。
その中からいうと、筆頭はやはり、モディリアーニの 「髪をほどいた横たわる裸婦」か。美術の教科書でおなじみだが、実物を見るとやはり「ほほほお」となる。古典的な表現の残滓も残しながら、すでに完全に「現代美術」である。ついで、マグリットの「レディ・メイドの花束」かな。これも有名すぎる作品。よくこんなの買ったな、の世界である。私としても実物が見られてうれしかったのだが、マグリットだけはいつも、なんだか複製でもいいやって気になる。
あと、キリコの「福音的な静物」とかダリの「幽霊と幻影」とか、彫刻ではアルプの「植物のトルソ」とかジャコメッティの「鼻」とか、うわーってなるのがいっぱいあった。やるなー大阪市。箱もないのにww。ていうか、早くなにか建てればいいのに。今回は出てなかったけど、佐伯祐三だけでも「郵便配達夫」を手始めに20点ほど持ってるらしいし。
もちろん、国立国際のコレクションも充実しているので(ウォーホルとかデュシャンとか)、ひと回りするだけでおなかいっぱいになる展覧会だった。ただ、集めたものがもの、時代が時代なだけに、「けっきょくどやねん、これら」という感じで、「ひとつの作品としての展覧会」という意味では成功しているとは言いがたかったかも知れない。そんな展覧会である必要はどこにもないので、これでいいといえばいいのだけれど。
なおちゃんは、「ほんま、意味わかれへん」ってぶつぶついうし(「意味なんかわからんでええ、ていうか、ないかもしれんし。こんなもんおもろいかどうかだけでええねん」というのが私の返答)、ともちゃんは、「ええかげんな絵があった」って(ええかげんて言うな)、なぜか勝ったような表情だし、小学生には現代美術はちょっと早かったかもしれない。面白がってればそれでいいのになあ。
館内ではほかに、「ピカソの版画と陶芸」展と「コレクション4」(シーズン替わりの常設展)をやってて、それらも面白かった。ピカソはもちろんとして、草間彌生があったり白髪一雄があったり。
もうあんまり期間も残ってないけど、深くものを考えずに深い体験ができるというか、心の澱みたいのが意外とすっきりするので、行ける範囲に住んでいる人にはお奨めしておきます。
2007年3月21日(水)
平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社/1600円)
ローリー・リン・ドラモンド『あなたに不利な証拠として』(ハヤカワ・ミステリ/1300円)
ちょっと遅くなったが、恒例の「去年評判のミステリを読んでみよう」のコーナーである。今年は海外作品も加えてみた。
下のポケミスの方は「このミス」でも「週刊文春」でも、ともに1位の堂々たる作品なのだが、上の短編集は「このミス」1位、「週刊文春」7位という微妙なところであることをお断りしておく(文春1位、このミス6位の宮部みゆき「名もなき毒」でもよかったかもしれない)。
平山作品は、ミステリというよりホラー短編集というべきだろう。8作のうち5作が、「異形コレクション」の収録作だというし。もちろん、中身も人肉食あり、猟奇殺人あり、グロテスクないじめありの、「うげぇ~、なんかサイアク~」な後味満点である。これもまた読書の喜びなのだとは思うが、人を選ぶのもたしかである。
乙一の『ZOO』あたりと手ざわりの似たところもあるが、あっちは「超絶奇想+いやな感じ少々」というところ(たとえば「SEVEN ROOMS」)なのに比べて、こっちは「奇想少々+超絶いやな感じ」で、もうなんか正反対である(地図が一人称で語る表題作にしても、小説における奇想としては超絶というわけではない)。
とりあえず、吐き気がするほどのいじめと虐待にさらされる少女が主人公の「無垢の祈り」のラストに振るわれる「一閃」に、少しの救いを感じた(ことにしておこう)。同じく子どもが主人公の1本目は、隅から隅まで最悪だけど。
ドラモンドの作品は、5人の女性警察官をそれぞれ主人公とする短編集である。「このミス」では「異色の警察小説」と評されている。
ここには、犯罪も暴力も謎解きもない。ないというのは言い過ぎで、実際あるにはあるのだが、この連作の趣旨はそんなところにはない。
ごく普通の女性警官たちが、仕事の中で出会う過酷な現実や生活、憤りや焦燥やあきらめが、ていねいに胸に迫る筆致で描き出されていく。軽々しく「ブンガク」という言い方はしたくないが、これはすでにミステリではないだろう。
ミステリかどうかはともかく、実に素晴らしい短編集だった。訳者あとがきで、エルモア・レナードが「彼女が書くものはこれから全部読む」といったと紹介されているが、さもありなんである。
さて、どちらも短編集であるということと、「これミステリとちゃうやろ」と言いたくなること以外になんの共通点もない本だが、私にはもうひとつ感じたことがある。
そんなジャンルを立てることが正しいのかどうか私は懐疑的なのだが、世に「ノワール」と呼ばれるミステリの一群がある。世界的にはジェイムズ・エルロイが代表で、本邦では馳星周がトップランナーか。いわゆるクライム・ノベルやピカレスク・ロマンの枠を超えて、ダークでグロテスクな暴力や欲望、人間の狂気を描く作品である(文体にもそれ相応の配慮が払われる)。
私はこの2冊の作品集に、いずれも「ノワール」の香りを感じたのである。
平山夢明の作品は、私がノワールに感じる「ぐげぇ。そこまで書かんでも、そんなことまで書かんでも」という気分の悪さを、いっそう凝縮して量まで増やしたような印象がある。
一方、ドラモンドの方は、同じくノワールが描こうとする人間の業の深さややりきれなさを、グロテスクから切り離しつつ、文学的に深く描き出したような印象を受ける。
ということは。
この両作品は、この先の「ノワール」の可能性を示唆しているのか。
それとも「ノワール」自体が、すでに寿司とカレーを混ぜてしまっていて、にっちもさっちも行かなくなっているのか。
(なんか話変わってるし。尻切れトンボで結論も道に迷ってるし。もう眠たいし。)
2007年3月25日(日)
この土日は、正月以来久しぶりに、子どもたちを連れて実家に帰っていた。
家族についてはゴロゴロしていただけで、とくに書くようなことはない。私の両親もすでに七十代で、ご多分にもれず、話題はもっぱら病院通いと遠い親戚の噂話である。
そこへ兄一家もやってきて、みんなで今日の昼ごはんを食べていたときのことである。つけっぱなしのテレビに出てきたタレントを見て、うちのオカンが言った。
「このごろ、この子よう見るなあ。八木ていう子やけど」
「だれそれ?」みんなで聞き返した。
「ほれ、高橋ていう子と漫才やってる。サバンナの」
いや、あの、サバンナは知ってるけど、なんで七十いくつの年寄りが名前まで知ってる。
「あと、このごろやったら、あの子らも出るようになったな。井上と石田の」
「えー、だれやそれー」
そこへ兄が、
「井上やったら、あれちゃうん、次長課長」
というと、すかさずみんな(私はもちろん、兄嫁とかなおちゃんを含む)に
「次長課長は、井上と河本やろ」と、突っ込まれていた。
「ええと、ランディーズちゃうしなあ」と、オカンはまた微妙なコンビ名をあげてきた。
「ああ、ランディーズていうたら、あの飴まくやつか」と、私が口を滑らせると、
「そらビッキーズや」と、オカンに真顔で注意された。
すると、昼間っから冷酒をちびちびやりながらオカズをつまんでいたオトン(74)が、横からぽつりと言った。
「NONSTYLE ちゃうんか」
お父さんお母さん、私はあなたたちの息子に生まれて、わりとよかったような気がします。
2007年3月29日(木)
かねてよりの決定どおり、私の預かる職場は三月末をもって解散の憂き目に合いますので、私も異動することになります。
行き先も今週やっと決まりまして、明日が辞令交付です。
その昔、私のいる職階には管理職手当というものがありました。金額はほんの少しでしたが、おかげで残業手当は頭打ち、激ハードな職場にいた私は、日常的なサービス残業をこなしながら叫んだものです。「ヒラに戻してくれていいから残業手当を!」と。
やがて、天上の誰かが「そんな下っ端に管理職手当なぞ太いわ」と言ったとかもあって、私の職階から管理職手当はなくなりました。おかげで今度は残業手当は青天井です。私は机の下で密かにガッツポーズをしましたが、そのとたんに、部下と責任ばかり思いっきり増えて、ほとんど残業しなくてよい職場に飛ばされました。まるでイソップ物語に出てくる、橋の下の仲間がくわえる肉を奪おうとした犬の気分です。私は管理職手当まで失って、手取りのがた減りした給料明細を見ながら、前の職場に残っている同僚の、「今月の給料、残業代のおかげでボーナスより多かった」という呟きを複雑な思いで聞かされることになりました。
そして今回の異動です。どうやら(人事担当者の勘違いも甚だしいと思うのですが)かなり重要な仕事を任されるらしく、ポジションもぐんとアップしました。職階的には変わらないものの、その中での中心的な役割が期待されるようです。早い話、居並ぶ下士官の中での先任伍長のようなものでしょうか。それは、一般的に総括ポストとも呼びならわされており、給料表も一枚上に上がったものです。これまでは。
発令は明日ですが、昨日異動先に挨拶に行った私は、直属の課長になる人に主張しました。
「あの、そんなん、絶対なんかまちごうてますて。僕にそんなとこ座らせたらあきませんて。そんな仕事が務まりますかいな」
「務まるも務まらんも、やってもらわな困るがな。総括ポストの仕事やねんから、一生懸命がんばってや」
そこで、課長は一瞬首を傾げました。
「あれ? 総括ポストってなくなったんやったっけ」
すると、そばにいた総務系の係長が教えてくれました。
「ええ、なくなりまっせ。四月からは総括ポストもへちまも、総括ポストていう言葉ももちろん、給料表もみんな一緒で」
「そうやて」と課長。
「そうやてやおまへんがな。いや、あの、ほんなら、仕事も責任もこのへんの人みんな平等に……」
私が言うと、課長は首を振りました。
「あかんあかん、そんなもん、もともと総括ポストの仕事は仕事やねんから、そこはしっかりやってもらわんと」
仕事と給料がどんどん乖離していく公務員て。いったいなんの呪いですか(泣)。
2007年4月14日(土)
▼ポスト及川奈央は、やっぱり穂花で決まりだと思います。
久しぶりの更新なので、私にしては珍しい皆がドン引きするネタで書き出して見ましたが、八年近くウェブ日記を書いていると、これが見事にすべったことくらい書いた瞬間にわかります。なら書き直せよてなものですが、いいじゃないすか、穂花さんきれいなんだし。
ていうかこのサイト、職場バレしまくりなのに大丈夫か俺。
▼もうこのまま(ちょっと酔っている)、女性芸能人ネタで続けようかな。
でさでさ、最近人気の若手女優(タレント?)には、「長澤まさみ、綾瀬はるか、磯山さやか」っていう「漢字+ひらかな」組と、「沢尻エリカ、土屋アンナ、木村カエラ」っていう「漢字+カタカナ」組があるように思うんだけど、どっちもなんだか、「あーね」って感じの共通点があるような気がしませんか。
ならどうなんだって話ですが、キャラがかぶってんなら名前くらいちゃんとかぶらないの持ってくりゃいいのに、と思います。芸名ですでに自分の領域を限定するようなことしても仕方ないのに。それが近ごろのプロダクション戦略という奴なのでしょうか。
▼ドラマは最近見てないので(「ハケンの品格」さえ)、CMぐらいでしか女性タレントを見ないのですが、最近いいいなと思ったのは、NTTドコモ関西のCMでスッチーみたいな格好で出てくる片瀬那奈と、「のどごし生」でぐっさんの後輩をやってる池脇千鶴です。これという共通点はないようですが、どちらもめっぽう明るくて、女性であることをほとんど意識しなくてよい、「開いた感じ」に好感を持ったような気がします。まあ、リアルでもそういうタイプが好みで、「色っぽい」とか「知的でクール」とか「マジで美人」とかは苦手、というのもあると思いますけど。
▼クワバタオハラ、ハリセンボン、アジアン、の3組のうち、笑いのセンスならアジアン(とくに馬場園)が頭抜けていると思うのだけど、なんかこのごろハリセンボン売れすぎ。あれって、ほんとうに面白いのか? それとも私のセンスがずれはじめているんだろうか。
2007年4月15日(日)
このサイトを始めたのは99年のことで、過去ログを読んでいると、なおちゃんですらまだ四歳だったことがわかる。
中耳炎がどうとか、ともちゃんとおもちゃの取り合いをしてこうとか、なるほど保育園児らしいエピソードが散見できて、自分で言うのもおかしいがなつかしくて面白い。
そんななおちゃんも、今年とうとう中学1年生になった。6日の金曜日が入学式だった。声変わりこそまだしていないものの、身長は150センチを超え、ブレザーの制服を着た姿はすでに立派な少年である。
もちろん中学校は公立なので小学校からの友人も多く、初めての一週間もなかなか楽しく過ごせたらしい。なによりである。
ところで、クラブ活動は「男子テニス」にしたらしい。えええー。親の欲目で見ても才能ないのに、大丈夫かほんま。
じつは、なおちゃんには両親ともども吹奏楽部を勧めていて(ピアノも習ってるし)、さりげなく『スイング・ガールズ』や『グレン・ミラー物語』のDVDを見せたりしていたのに。どうしてもイヤだって言われた(女子が大多数だからかな。なおちゃんはそうは言わないけれど)。
もちろん本人の意思が優先なので、テニス部入りに反対なんかするわけないけど。今度の休みにはラケット買いに行くぞって約束してるけど。
それはともかくなおちゃんへ。くれぐれも言っておくが、どれほどテニスが上達しても「波動球」は打たれへんから。「天衣無縫の極み」とか、そんなん絶対ないから。
うーん、やっぱり『エースを狙え!』は読ませないといけないかなあ。
2007年4月16日(月)
去年の9月にビクターのFX77を、年末にソニーのEX90SLを、2月はじめにオーディオテクニカのCK9を購入して、カナル型イヤホンにはまっていることについてはすでに書いた。最終的に2万円近くはたいてきらびやかな高音を手にいれて満足しているのだが、じつは物語はまだ続いているのである。
まず、一人で家にいるときや、外を歩くときのために、オープン型のヘッドホンがほしくなった。外の音(インタホンとか車の音とか)がよく聞こえてほしいし、音場感や低音の広がりはやっぱりヘッドホンだろうし、というのがあってのことである。
で、3月のはじめに買ったのが、AKGのK24Pである。今だと、ポカリスエットのCMにも出てくる(少年が持ってるやつ)、ハウジングの黄色が特徴的なモデルである。つけてみると、小ぶりなつくりといい、スポンジパッドのオープン型であるところといい、高校生のころ初めて聞いて仰天した初代ウォークマンのヘッドホンを思い出した。
音質の方も、さすが評判にたがわず非常にコストパフォーマンスが高い。豊かな音場と低音は期待通りで、ポップスがとても楽しく聞けるような音になっている。4000円ほどでこの音なら大満足である。ただし、オープン型は音漏れがひどい、ていうか、こもりがちな音を外へ逃がして音の抜けと音場を作っているので、電車や人ごみでは使わないほうがよい。でも私のように、家の中での利用にかぎるなら最良の選択のひとつだと思う。電話が鳴ろうが宅急便が来ようが、ちゃんと聞こえるし。
《次回予告》 そして4月に入ってつい先日、私はまたまた大枚はたいて高級イヤホンを買ってしまったのであった! <バカ?
昔の横溝正史から最近の万年筆まで、どうやら私がはまると流行するみたいなので、きっと今年はカナル型イヤホンのブームが来ると思う。私が買ったのが去年の秋だから、もうそろそろ大波になってるのかな。パナソニックまでEX90をまんまパクったようなのを出してるし。
なので、株やってる人は、夏ごろには海外の補聴器屋あたりが狙い目になると思いますよ。ほんまか。
《も少し先の予告》 DS用『逆転裁判4』は、もちろん発売日の朝に買いました。ヨドバシで。並んで。 <やっぱりバカ?
2007年4月18日(水)
イヤホンの話はおいといて(ジェスチャー)。
中学に上がったばかりのなおちゃんは、いろいろ迷ってやっとクラブを決めたらしい。「バドミントン部にした」とのこと。
こないだまでテニス部がいいと言ってたはずなのだが、あちこち仮入部してみて、バドミントン部がいちばん楽しそうだったという(楽しそうって、単位時間あたりだと無茶苦茶な運動量のスポーツなのに、そのへんわかってるのかなあ)。まあ、小学校から仲のいい友だちが何人もいるっていうんで、そのあたりも理由になっているのかもしれない。
でも、気になったので聞いてみた。
「なあなあ、テニス部にするんとちゃうん」
「ううん、バドミントンの仮入部おもしろかったし」
「そやけど」
「ええねんて、バドミントンもラケット使えるし」
「なんやそれ、お前、とにかくラケット使いたかったんか」
「うん」
「うんて。ほな卓球は?」
「うーん、あれはちょっと小っこいから」
なんかわけわからん。かめへんけど。
「ほんで、バドミントンなんかできるんか?」
「おもしろかったで。仮入部のとき、2点取ったら交代、ていうのみんなでやらしてもろてんけど」
「へえ」
「でも、あれはむつかしかったな。すぐにスカッて空振りすんねん」
「スマッシュとかしようと思たんか」
「ちゃうちゃう。いちばんはじめに、左手で羽を持って、右手のラケットでポンって相手のコートに入れるやん。あれ」
それサーブやん。ていうか、チョンて放り込むだけやん。それ空振りするんか。
あーもう、お父さんは、入部する前から、これからのお前の努力と挫折の日々を思うと胸が痛むよ。
あと、気になっていたお友だちがいるので、いちおう聞いてみた。
N君というのだが、彼はなおちゃんと大の仲良しで、小学生時代から週末のたびに我が家に遊びに来るのである。なおちゃんが塾に通いだすと、N君はそれまで別の塾に行っていたのに、わざわざ同じ塾に変えてきたくらいなのである。
サイの情報によると、そのN君は、なおちゃんと一緒にテニス部に入ると言い続けていたのだが、最近お母さんからの「吹奏楽部に入れ」圧力に屈しかけており、本人も迷っているらしい。
「おう、ほんでN君はどうしたんや。N君もテニスやめてバドミントンにするんか?」
「ううん。でもクラブは決めたらしいで」
「あー、やっぱりブラバンか。お母さんに言われて」
「陸上部やて」
なんでやねん! わけわからんわ! お前ら、近ごろの中学生は、ほんまに。
2007年4月21日(土)
昨日の夕方、職場にいる私の携帯に、サイからメールが入った。
なおちゃんの学校で健康診断が行われたらしいのだが、視力が思わしくなかったので、「医者へ行って来いペーパー」をもらってきたとのこと。それによると、右目は十分以上によく見えるにもかかわらず、左目の視力がなんとも0.3未満だったという。
私自身、小さいころから弱視の右目を抱えて(そのぶん、左目は最近まで2.0だって簡単に見えた)苦労もいやな思いもしてきたので、その知らせはかなりショックだった。
帰宅するまでもやっぱり心配で、ゲームやめさせなきゃとか、視力回復のツールとか、電車に揺られながらもあれこれ考えていた。
で、帰宅して、私は鞄を投げ出してネクタイを緩めながら、すぐになおちゃんに聞いてみた。実際どうなんだ、と。
「んーと、結果はその通りやねんけど、先に右目の視力はかるときに、左目ぎゅーっと押さえすぎてて、左目の番になってもぼんやりしててぜんぜん見えへんかってん」
ははははー。ていうか、そんなことで大丈夫か中学1年生。がんばれ中学1年生。
2007年5月13日(日)
▼べつに更新忘れてたわけじゃないんだけど、仕事がちょっと大変だったりして、気分的にもそんな余裕がなくて。だいたい、休みの日にまで仕事もって帰って、明け方の3時までがんばって資料作って次の日会議とか、そんなんありえへんし。
▼で、ふと気がつくと、なにやらえらい大手に「ブレネリさん」がリンクされていて、「ブレネリさん」だけで、一日で5,000ヒットとかしてるし。うーん、これがTOPなら、ごっついカウンタ稼げたのに。<せこい。
▼本の話は、近ごろ意地張ってるみたいに読んでないので書きようがない。でも、イヤホンの話とか電波ソングの話とか『逆転裁判4』の話とかは書きたい。とっても書きたい。けどちょっと、時間とモチベーションが……。
▼今日は母の日。しかし私は一日お仕事。日曜日なのに。ということで、帰宅後サイに聞いた話。
今日の夕方、ともちゃんが突然、「お花屋さんへ行く」と言い出したらしい。もちろん、母の日のカーネーションを買いにである。もちろん、サイは何も言ってないし、学校でもとくに言われてないらしいのに、である。
そして、ともちゃんは貯金箱のお小遣いから、百円玉を3つばかり握り締めて飛び出していったという。
あわてたのは、寝っころがってマンガを読んでいたなおちゃんである。ともちゃんに触発されたというか、いつも誰かが動き出すまで大事なことに気がつかないというか、惣領の甚六というか、これも小銭をつかんで、ともちゃんを追いかけて駆け出していった。
しばらくして、子どもたちは真っ赤なカーネーションを一本ずつ手にして帰ってきた。そして、にっこり笑ってお母さんに差し出したという。
いい話じゃないか。ていうか、さすがともちゃんだなあ。その気配りっぷり。それで気がついたなおちゃんもなおちゃんらしいし。
父の日が楽しみだ(って、ネタふっといてなんだけど、こっちは絶対スルーされる気がする)。
2007年6月12日(火)
これまで、家族ぐるみで私の実家へ遊びに行くというと、たいてい土日で一泊ということになっていたのだが、先日は日曜日だけの日帰りとなった。それもこれも、なおちゃんのクラブ活動のせいである。なんだかんだ言いながら、バドミントン部はとっても楽しいらしく、土曜日であろうと祝日であろうと、なおちゃんはクラブがあるいえばラケットと水筒をつかんで飛び出して行くようになってしまった。妻の話では、2年生と鬼ごっこして遊んでるらしいけど。平日でも、「3年生おれへんかったし、2年生がもう帰ろて言うから帰ってきた」とかで、4時半ごろ帰ってきたりもするけれど。
いやいや、今日書きたかったのはそんなことではない。
そういうわけで、日曜日の朝、私は車に乗り込んでエンジンをかけた。空は青いし、今日もマイカーは快調である。
ただ、流れている音楽がちょっと具合悪かったので、MDを入れ替えようとナビのスイッチを押した。
動かない。あれ?
もっかい押してみたが、反応しない。スピーカーは、結構な音量でノリのいい音楽を吐き出し続ける。
エンジンをかけなおしても同じ。画面は現在位置の地図を映している。音響はクリアで申し分ない。
しかし、MDの入れ替えどころか、一切の操作を受け付けない。MDの音楽が流れっぱなしである。
そのMDは、手持ちのCDからいろいろ集めた、私のオリジナルベストアルバムというやつであった。
曲名を書き出してみよう。
自慢ではないがいずれ劣らぬ歴史に残る名曲ぞろいである。インディーズ・アルバムまで苦労して手に入れた甲斐があったというものである。
いやいやいやいや、ちがうちがうちがう、自慢などしている場合ではない。私がどれほど狼狽してMDを取り出そうとしたか、わかる人はわかるであろう。
いやもうほんと、結局取り出すこともどうすることもできず、往復の計3時間弱はまさに苦行であった。車内にあふれかえる萌えボイス、苦りきった表情のドライバー、後部座席で釈然としない顔つきの主婦と中学生と小学生。いやもうほんと何のプレイですかこれは。
それでも、私はとりあえず開き直ることにした。ボーカルの電波声はともかく、そもそも後部座席の彼らには何の曲なのか主題歌なのかわからないのだから、と。
ところが明けて昨日の月曜日、例によって家族そろって「HEY ! HEY ! HEY !」を見ていると、ランキングのコーナーで、「もってけ! セーラーふく」が流れたではないか。それもバリバリのアニメOP画面込みで。あー、ばれたー。
即座に反応したのは、やはりともちゃんだった。
「お父さん、これ持ってるんちゃうん」
「えー、あんた、こんなん買うてたん」と、これはサイ。
そこで二人して私をじっと見つめて、やがて声をそろえて言いやがった。
「オタクやな」
私は即座に答えた。
「ほっとけ」
あーっ、あかんやん! それ、思いっきり肯定してるやん!
2007年6月17日(日)
▼昨日の土曜日、いきなり洗濯機が壊れた。朝の一回目はちゃんと洗濯できたのに、二回目に取りかかったとたん、水が出なくなったのである。スイッチを押すと、いちいち元気そうに「ピッ」と鳴るのだが、そこから先がうんともすんとも言わないのである。
もう買って8、9年にはなるし、やっぱり寿命かなあということで、近所の電気屋に速攻で新しいのを買いに出かけた。
しかしまあ、先週のナビ問題も抱えながら、この時期にこいつは手痛い出費である。
▼とはいえ、うちのサイは、経済観念もそこそこあるほうだと思う。「すてきな奥さん」を鼻で笑う程度の健全さを持ち合わせつつも、とくに無駄遣いをするわけでもなく、ブランド物を好んで買うわけでもない。
ところが、今の車を買ったときもそうだったのだが、突然たがが外れることがある。
カーナビの件だが、壊れてすぐ私はディーラーに電話してみた。すると、「修理の見積りだけでも」という私に、そのサービスの責任者とやらは、「ま、簡単なもんでも5万はかかりますなあ」と、平気な声で言いやがったのである。「そんな古いもんに5万も出すねやったら、新しいの買うわボケ」と言いたいのをぐっとこらえて、私は受話器を置いた。
しかし、昨日の洗濯機があまりにも想定外だったので、私は「修理やむなし」モードに入っていた。いまどきのナビは、どうしたって20万近くするからである。
すると、今日の夕方、サイが言い出した。
「ナビ見に行こ」
ええー、大丈夫か家計。ひょっとして相場を知らんのか。まさか見るだけか。
というわけで、近所の大きなカー用品店に出かけたのだが、あるわあるわ高いのばっかり。私はサイとあれこれ見て回りながら、まともなナビで10万以下なんかあれへんやんと心の中で毒づいていた。
そこへ急にサイがひとつを指差した。
「これでええやん、これで。これにしよ」
見ると、カロのAVIC-HRZ99である。こっちの窮状を訴えると、店の兄ちゃんもかなり勉強してくれて、最終的に価格.comのベストテン近くにまで落ち着いた。去年の秋に発売されたモデルで、微妙に型落ちっぽいので、そういうことになったのかもしれない。
しかしながら、私がびびるほどの即断即決であった。普段は88円のもやしで迷うくせに。
もちろん私に否やはない。その場で換装と相成ったのである。
そして、心の中でガッツポーズをしながら、係の兄ちゃんに「交換頼むわ」と、愛車のキーを渡したのだが、その瞬間にあることに気がついた。
あー、俺の車のナビ壊れてるんや! このキーでエンジンかけた瞬間、スピーカーから萌え電波がほとばしるんや! しかもさっき止めたタイミングからいうと、「恋のチェッカー・フラッグ」のAサビ!
あー、もうー! なあサイさんよ、俺ここから歩いて帰るから、車はお前が乗って帰ってきてくれへん? なあ、なあて。
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