それは凶器以外の何物でもなく
2007年12月22日公開。第8回雑文祭参加作品。
それは、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
私は、引き出しの奥に突っ込んだ指先が触れた瞬間に、それが何であるかを理解した。
凶器。それは私たちの間でそう呼ばれていた。
いやむしろ、狂気、と呼ぶべきだったかもしれない。それは、手にする者すべての理性を失わせ、他者への暴力へと駆り立てるものであったからである。まるで、Dr.ジキルを残忍なMr.ハイドへと変貌させたあの薬のように。
私は、それを手にした瞬間に理性を吹き飛ばされていた。それを右手につかんだまま立ち上がり、後ろの席の友人の額に叩きつけた。
「ぷっはぁ! しゃー、んなろー!」
意味不明の言葉を叫びながら。教室の友人たちがいっせいにこちらを向いたのだけは感じ取れた。
後ろの席の友人は――仮にユウスケとしておこう――、自分がどんな攻撃を受けたのか理解するや否や、椅子からころげ落ちて、額を押さえてのた打ち回った。
すでに凶器の呪縛にとらわれていた私は、決して容赦などしない。ユウスケの襟首をつかんで立ち上がらせ、教室の後ろの壁に向かって投げつけた。
もちろんユウスケはものすごいい勢いで壁に叩きつけられ、くるりと反転するや私に向かって跳ね返ってきた。
私は、左手でユウスケの胸元に強烈な水平チョップをぶち込み、ひるんだ相手の頭をそのまま左腕でヘッドロックにかけた。
「うぐぐ」
私は、抱え込んだ相手の頭に向かって、右手の凶器をえぐるように下から突き上げた。一回。二回。三回。
そこに至って初めて、別の友人が――これはヒロシとしておこう――割って入ってきた。
「ブレイク、ブレイク!」
私は、ユウスケを解放し、右手の凶器はすかさずズボンの後ろに押し込んだ。
ヒロシは私を指差して、しきりに何かを叫んでいる。凶器の存在を指摘しているのだ。
私は、空の両手を差し上げて、何も持っていないことをアピールした。
「ノー、ノー、ノー!」
ユウスケはまだ額を押さえて、涙目でアピールを続けていたが、ヒロシは結局、私に疑わしげな一瞥をくれただけで、「ファイト!」と叫んで両手を交差させた。
しかし私は、ユウスケがストロングスタイルの試合巧者であることを失念していた。ユウスケは、その短時間のブレイクで見事にダメージから立ち直っており、私の腕をつかむや否や窓側へ振り飛ばした。
私は当然、窓に手をつくや反転してユウスケに向かったが(凶器はすでに私の手の中にあった)、ユウスケはチョップでもキックでもなく、ぶつかりにいった私をすいとかわして、するりと巻きつくようにコブラツイストをかけてきた。
「ぐわぁ」
ユウスケが流れるような動作でかけたコブラツイストは完璧に入り、私は呼吸さえもできず、肋骨がばらばらになるような苦痛に悲鳴を上げた。凶器は右手からこぼれ落ちた。
「ギ、ギブアップ」
私がかろうじてそう言うと、ユウスケは技を解いた。すかさずヒロシがその片手をつかんで高く差し上げる。教室中の男子から拍手がおこった。
凶器。その机の奥から現れた恐るべき凶器とは、先週の給食で出されたコッペパンだった。
私たち5年1組男子の間では、十日以上乾燥させたコッペパンは凶器に他ならず、それを手にしたものはいついかなるときであろうと、タイガー・ジェット・シン以上の悪役たることを義務づけられていたのである。
おかげで攻撃された方は、試合の勝敗に関わらず、金平糖ばりにカチカチでギザギザのパンくずまみれになりながら次の授業を迎えねばならないのだった。
とっぴんぱらりのぷう。
「第8回雑文祭」
始め : ○○は、机の引出しの奥に忘れていたものだった。
お題 : 金平糖を文章のどこかに入れる。
結び : とっぴんぱらりのぷう。
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