年賀状デッドライン
2000年12月26日公開
私にとって年末恒例のドタバタといえば、やはり年賀状の製作である。世間では年末というと大掃除を挙げる向きもあろうかとは思うが、わが家では、そちらについては妻が一切の監督権限を有しているので、掃く拭く磨く塗る洗う張り替える等々の作業量は膨大であっても、一兵卒として参戦する私はむしろ気が楽である。ちなみに妻は大元帥なので大掃除については後方で作戦の差配のみを行うことになっている。
年賀状を製作するには、今日ではパソコンを利用するようになったとはいえ、やはり必要な手順がある。まず名簿の整理、出す相手の確認、共通文面の作成と印刷、宛て名の印刷、コメントの記入、そして投函である。期限のないものならゆっくり行うこともできるが、年賀状ばかりはそうもいかない。1月1日必着を目指すとなると、せめて12月の30日には投函しなければならない。結局いずれも時間のかかる作業ばかりを年末に集中して行うことになる。
まずは手持ちの名簿を整理しないといけない。毎年年頭には一年を通じて小まめに整理しようと思うのだが、例によってこの私がそんな殊勝なことをするはずがない。ひとまず、去年の年賀状とこの一年にもらった転居通知一切を探すところからはじまる。あの引き出し、このレターラック、そっちの小物入れ、テレビの下、食器棚、それがなぜか家中のありとあらゆるところから郵便物が出てくるのである。ちゃんとまとめて置いとけっちゅうねん、俺。
それらと、最近手に入れた仕事関係の名簿とをあわせて、去年入力した住所録と突き合わせるのだが、これがまた、いくらていねいに手を入れても、漏れやまちがいが後で見つかるのである。「宛て先に尋ねあたりません」とかいう赤いスタンプ押されて返ってくるのが必ず年に何通かはあるのだが、それが決まって同じ奴というのは我ながら不思議である。
そして、出す相手の取捨選択である。喪中の連中をまずはねて、次に疎遠になった人間、仕事の縁が切れた相手なんかを対象から除いてゆく。これも大変迷うのだが、年賀状の枚数にも限りがあるので無制限に出していてはきりがない。ところが、迷いに迷って出さないことにした前の前の上司あたりから年賀状がきて新年早々決まってあわてることになる。お前、去年くれへんかったやんけ、なんで今年になって思い出したように出してくる、と心の中で叫んでも後の祭りである。
さあ、慎重に手を加えた名簿が完成すると、いよいよ文面の作成である。せっかくのパソコン、ここは当然「子どもの写真」の出番である。デジカメで撮ったやつや写真屋でCD-ROMに焼いてもらったやつからいいのを選んで、配置や文章を工夫する。
これもなぜか異様に時間がかかる。ディスプレイ上でほぼ完成を見ても、プリントアウトするのに色を調整しないといけない。写真を修正ソフトでいじったり、プリンタのドライバで刷り色の補正をしたり、気に入ったものができるまでに何枚の紙を無駄にすることか。はがきサイズの用紙でいけると思っても、年賀はがきは紙色がちがうのである。まったくもってとほほである。おまけに1枚刷るのに馬鹿みたいに時間がかかるし。晩にしかでけへんのに、1枚に1分も2分もかけてたら寝る間なくなるっちゅうねん。
パソコンを使えば楽になるどころか、時間と労力はプリントゴッコ時代に倍するように思う。あのころはイラストさえできれば、2、3枚製版して、あとはぺったんこぺったんこと半日もあれば十分であった。
そしてついに宛て名印刷に突入である。ここが胸突き八丁、ここさえ越えればあとはちょちょいとコメントを書き込んで投函するのみ。しかし、百里の道は九十九里が半ばというように、ここからが正念場である。
ええっと、宛て名印刷、宛て名印刷っと。とりあえず、プリンタにはがきをのせてっと。名簿を呼び出して、このボタンをポチっとな。ま、1枚だけいってみよか。
ウンガウンガウンガウンガ……
ほい、一丁あがりって、ええー、裏表反対やがな。子どもの写真に宛て名刷ってどないすんねんな。「あけまして二丁目十六番三号」てどこやねんいったい。
1枚パーやがな。やりなおしやりなおし。はがきを裏表にして乗せかえてっと。レッツ、クリック。
ウンガウンガウンガウンガ……
これでよしっと。あかんがな、上下逆やがな。せっかくのくじに郵便番号刷ったらあかんて。何番かわかれへんがなこれ。このまま出したら怒られるやろなあ、課長やのに。
ほんまにもう。もっぺん挑戦じゃー。
あ、嫁はん出てきたで。なんやなんや、もうできたかってか。そんなもん見てたらわかるやろ。これからやこれから。そんな、もう11時回ってるて言われても知らんがな。なんか書き込みたいねやったら起きて待っとけっちゅうねん。
またこれ、はがきさかさまかいなもう。どっこいしょっと。ほんでポチっと。
ウンガウンガウンガウンガ……
はあ、やっといけるかーって、なんやこれ。ぜんぜん郵便番号が枠に入ってないー。こんなもんどないして調整すんねん。プリンタの方か、ソフトの方か、ええと、説明書説明書。
(十五分経過)
またかい。まだでけへんっちゅうてんねん。えらい静かやからもうできたと思たてか。説明書読んでんねんがな、ほっとけっちゅうねん。できたら呼ぶさかいに、コタツでミカンでも食て待っとけ。いや、怒ってへん怒ってへん。なんでそないえらそうに言うって、お前が怒ってどないすんねん。すまんすまんすんません、ダッシュでやりますから、もうちょっと待ってて下さい。
ほんまに横からうるさいなあもう。こっちはさいぜんから困ってるっちゅうのに。
ええーっと、印刷レイアウト画面でっと、これがこうで、こんなもんかいな。こっちが5ミリで、こっちは2ミリくらいか。
とりあえず、これでいっぺん保存……
なにかなこれは。「このプログラムは不正な処理を……」って、なんじゃそらー。
とりあえず、ここは再起動しとこか。はーあ。
また調整かいな。うんうん、5ミリに2ミリっと。で、保存っと。
よっしゃー、印刷再開じゃー。
ウンガウンガウンガウンガ……
今度はいけたやろ。うーん、まだずれてるなあ。こんなことしてたらはがき足らんようになるがな。ぎりぎりしか買うてないのに、裏刷るときもだいぶ失敗したしなあ。
まあ、あとこっちだけ2ミリほどかな。ちょいちょいちょいっと。
ほれ行けー。クリッーク!
ウンガウンガウンガウンガ……
よーし、オッケー。バッチシー。
なんや、もう寝るてか。あかんあかん、明日の朝わしが出勤するときに出さんと間に合えへんねんて。もうちょっとやから、あと刷るだけやから。あんたいつも取り掛かりが遅いからこないなんねんて、いまさらそんなこと言われても。年賀状は毎年のことやいうことぐらいわかってるっちゅうねん。やいやい言いないな。眠たいのはわかったから、もうちょっと待っててえな。
ほんまにうるさいやっちゃで。もうバッチリやねんから、いけるっちゅうねん。ほんで、はがきをどっと乗せて、宛て名を全部印刷するっと。ぽちっと、よっしゃ行けー!
ウンガウンガウンガウンガ……
(20分経過。「1、2の三四郎2」を読み返す。)
よーし、順調順調。
ウンガウンガウンガウンガ……
(5分経過。「1、2の三四郎2」第2巻途中)
え、なに、プリンタ止まったでこれ。
え? インク切れ? こ、こ、こここ、ことここに及んでインク切れて!
やめてくれよもう。買いおきあったかなあ。もう1時過ぎてるで。今からコンビニ探し回るのなんかいややでほんまに。
たしかこのへんに……。おー、あったあったありました。さすが俺。えらいぞ俺。俺最高。
ほな、ここをこう開けて、これを押して、空のやつを出して、インクセーット! ってそない力入れることないか。マジンガーZの兜光児やないねんから。パイルダーオンかっちゅうねん。
よーし、これでオールオッケー。あっとっわっ、印刷だけー。むふふー。
ウンガウンガウンガウンガ……
ウンガウンガウンガウンガ……
(長時間経過。「1、2の三四郎2」全6巻読了。途中ではがきを補給しながら、次にとりあえず「ガラスの仮面」に突入)
ウンガウンガウンガウンガ……
ウンガウンガウンガウンガ……
ふううー。やっとおわったー。何時や今。うわー、えらい時間やがな。
おーい、起きろよー。コタツで寝たら風邪引くぞー。
よしよし、宛て名バッチリ。郵便番号ピッタリ。裏も完璧。子どもはかわいい、写真はきれい。デザイン秀逸、っと自画自賛。ふっふーん。
「あけましておめでとうございます、昨年中はお世話になりました、本年もどうぞよろしくお願いします、2000年元旦」っと。まあこんなもんやろ。
え?
え?
2000年? 2000年? 2000年て! なんじゃそらー! くわー!
おう、起きたか。今、全部できあがったんやけどな。今、全部できあがったんやけどな。ほんでちょっと相談やねんけど、今年は、なあ、年賀状なしにせえへんか。なあ……。
いや、泣いてない、泣いてないて。泣いたりするかいな。ちょっと目にゴミが入っただけやて。
あのな、せやから今年は年賀状を……
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