落語Y2K
1999年12月8日(水)公開。そういえば「2000年問題」ってあったなあと。
喜 六「こんにちは」
甚兵衛「ああ、おまはんかいな。ま、こっちお入り」
喜「なんでんな2000年問題とかいうのがえらい話題になってまんな」
甚「なんやなやぶからぼうに」
喜「いえね、あれは何かいなあ、甚兵衛はんなら知ってるかもしらんと思てね」
甚「わしもそない知ってるわけやないが、まあ、なんじゃな、2000年になると世界中のコンピューターが具合悪なるかもしれんというやつやな」
喜「そらえらいことでんがな」
甚「ああ、えらいことらしいな」
喜「ほんで、何がえらいことでんねん」
甚「お前が今えらいことや言うたんやないか。今どきコンピューターやらチップやらは何にでも入ってるさかいな、それが故障したらえらいことや言うてんねん」
喜「なんにでも入ってますか」
甚「ああ、入ってるな。こんなもんまで、というもんにでも近ごろは入ってるで」
喜「ほな、この土鍋どないだ。この中にも入ってますか」
甚「アホ。ふた開けてもあかん。そんなもんに入ってるかいな」
喜「ゆんべの水炊きの残りしか入ってまへんな。ほたら昼は雑炊でんな。塩昆布と漬け物で。よろしなあ、わたいも食わせて」
甚「なんでお前に雑炊を食わさないかん。そんなとこにチップは入ってない言うてんねや」
喜「そやかて今、何にでも入ってるて言うたがな。このうそつき」
甚「なにを人聞きの悪い。機械のもんや、機械。電化製品とかじゃ」
喜「ああ、さよかー。ほな、ミニ四駆には入ってまっか」
甚「お前わかってて聞いてるやろ。そんなもんにも入ってへん」
喜「ほな、鉛筆削りは? 豆電球は? モーターは? 熊ん子は?」
甚「どつくでしまいに。ほんでなんや、その熊ん子ちゅうんは」
喜「なんや、どこにも入ってまへんがな」
甚「お前が入ってないもんばっかり言うさかいやろ。ほれ、そこのテレビかてポットかて今どき入ってるんや」
喜「ポットにも入ってますか」
甚「ああ、それには入ってるな。……せやからポット開けてもあかんちゅうてんねん」
喜「あつっ、あつっ、湯気が、これ、あつあつあつ」
甚「アホやなお前は、機械の中やて言うてるやろ」
喜「あー熱かった。ほんで、なんでそれが故障しまんねんな」
甚「やっと本題かいな。前フリが長すぎるがな。読んでるもんのことも考え」
喜「なんですか」
甚「いやいや、なんでもない。いやな、わしもくわしいことはわからんが、なんでも、コンピューターの中にはいろんなチップやらプログラムやらが組み込まれとってやな、それが西暦2000年になると同時に誤作動を起こすとかいうてるな」
喜「せやから、それがなんででんねん、て聞いてまんねやないか」
甚「ま早い話、そいつらはやな、西暦を下2桁で処理してるらしいんや、せやから2000年になると1900年と勘違いして誤作動するかもしれんてな話らしい」
喜「アホでんな。うちのオバンでも来年が2000年やて知ってまっせ」
甚「アホはお前じゃ。下手すると、電車が止まる、水道が止まる、電気が止まる、銀行預金の情報がなくなる、と大変なことになるんやぞ」
喜「なーんや、心配して損した。しょーむない」
甚「えらい度胸やな」
喜「わたい電車乗れへんし、貯金ないし。それに水道もガスも電気も、先月から止められてまんねん」
甚「情けない男やな。払え払え、そのくらい」
喜「まあそらおいといて。ほんでそれはどないしたらよろしのん」
甚「どことも企業は大ごとらしいな。コンピューターなら修正ソフトをインストールしたり、機械ならマイクロチップを交換したり、それで、テストテストでてんてこまいや」
喜「わたいらはどないでんねん。その、一般市民大衆は」
甚「お前なんか市民のうちに入るかいな。それでも正月はおとなしいにしといた方がええやろ。水と食べ物を用意してな」
喜「さよか。ふーん。ふーん。こらええこと聞いた。やっぱり甚兵衛はんは物知りでんな。ほなさいならー」
甚「おおい……えらい勢いで出て行きよったで」
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喜六「いてるか」
清八「なんや、町内一のアホか」
喜「顔見るなりアホかい。ほたらお前、2000円問題て知ってるか」
清「いきなり飛び込んで来て、のっけからスカタン言うてるで、こいつ。2000円貸せてか。それも言うなら2000年問題やろ」
喜「せやせや、その問題や」
清「さあなあ、おれも聞いたことはあるが、ようは知らんな」
喜「せやろせやろ。えらいことやねんぞ」
清「ほう、知ってんのか。どないえらいこっちゃねん」
喜「ごっついえらいことやねん」
清「なにが」
喜「めちゃめちゃえらいことになんねん」
清「なんで」
喜「それがもう、ほんまにえらいことやから」
清「やかましい。お前ここへ何を言いに来たんや。2000年問題の話とちゃうんか」
喜「そやがな。それやがな。2000年になると、あちこちの機械が故障するんや」
清「なんでや」
喜「な、なんでて……チップやら入ってるからや」
清「チップてなんや」
喜「うーん」
清「チップてなんやて聞いてんねん」
喜「……うー、あるやろ、ポテトチップとかバナナチップとか」
清「そんなもんが機械の中に入ってるか」
喜「入ってんねんて。うちのテレビのリモコンなんか、ボタンのすきまとかチップのかすだらけや」
清「汚いな。それはお前がお菓子食うた手でいらうからやろ」
喜「ほんでそのチップが真っ黒けになってやな、入ってんねん」
清「え。焦げるんか」
喜「真っ黒チップが入ってて……」
清「それも言うならマイクロチップやろ。マイコンの部品ちゃうんか」
喜「そいつやあ、そいつやあ」
清「大きな声を出すな。ほんでそれがどないなんねん」
喜「そらもう、今やどこにでも入ってるさかいな。土鍋には入ってへんけどな。水炊きの残りは入ってるけど、お前にはやらんぞ。言うとくけど豆電球にも入ってないさかい。ほんでポットには入ってんねんけど、ふた開けてもあかんで。湯気が熱い」
清「なにを言うてんねん、なにを。大丈夫か、お前」
喜「えー、おほん、そして、それらチップ上のプログラムが……」
清「急に胸張りよったで、こいつ。せやけどプログラムてなんや」
喜「え、え、え……あの、運動会とかでみなに配るやつ」
清「そんなもんが爪の先ほどのチップに乗るか」
喜「小そうたたんであんねん」
清「ほんで」
喜「それで、それが2000年を1900年とまちごうてえらいことになんねん」
清「ほう」
喜「どや」
清「どやてお前、そんなプログラムが2000年を1900年とまちごうて、どないえらいことになんねん」
喜「そやかてお前、プログラムがちごとったら、『パン食い競走の選手は入場門のところに集合してください』て、放送係の春子ちゃんが言うても、100年も前のパンは食えんやろ。入場門どこかわからんし。せやけどうちのオバンは知ってんねん。ほんで電車が止まんねん。駅とかに。うちの電気は早ようから止められてるけど」
清「なにを言うてんねんな。ひとつもわかれへんがな。なんでパン食い競走やらお前とこのオバンやらが出てくんねん。ほんで春子ちゃんて誰や」
喜「わからんかなあ。ほたら、たとえば、お前がわしに2000円貸すとしよう」
清「貸せへん、貸せへん。お前に金貸して返ってきたことない」
喜「仮の話やがな、たとえの話。それをお前が1900円貸したと勘違いしてみい」
清「なんでおれが、そんな中途半端な勘違いをすんねん。2000円は2000円やろ。そもそもお前、こないだの電車賃もそのままやないか。150円」
喜「細かいこと言うな、そんな小銭で」
清「小銭やったら返せ!」
喜「とにかく、2000円を19000円やと勘違いしたら、お前が100円損して、わしが100円もうかるやろ。せやから2000円貸して」
清「どつくぞしまいに。おもろいからと思て言わしといたら、ぜんぜんわからんやないか。マイクロチップのプログラムが2000年を1900年とまちごうて処理して、あちこちで具合悪なると、そない言いたいんかい」
喜「さっきからそない言うてるがな」
清「言うてへんやないか! わけのわからんことばっかりぬかしやがって、どこでそんな話聞いて来たんじゃ」
喜「阿弥陀が行けと言いました」
清「ちがう。それちがう。全然ちがう落語のサゲや」
喜「話が2000年問題だけに、誤作動がつきもんです」
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