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『法善厳一郎 拾うは生者の反響』   第三話 嵐の前の静けさ

「じゃあ、待ち合わせ場所は、えーと、おばちゃん家に行くから、私のお家の近くにあるコンビニでいいですか?」
 二人は大きなカフェオレ色の水溜りが散見する駐車場で、今後の予定を話し合っていた。
「コンビニは構わないんだが、最近そっち方面は行ってないんだよなあ。どの辺だっけ? 」
 優希は身振り手振りを交えながら、河川敷公園から住宅街までの道のりと、そのコンビニが住宅街のほぼ中央に建てられていることを説明した。その甲斐あってか、以前行った時の事を思い出したらしく、霧野もだいたいの場所は掴めたようだった。
「じゃあ、大まかな流れを確認しますね。集合時間に関しては二人とも少し余裕が欲しいので、一時間後の十六時に設定。私はコンビニで霧野さんが来るのを待つ。霧野さんと落ち合ったあと、車に乗って私の自宅に行く。その時、霧野さんの車はお客様用の駐車枠に停めて貰う。それから──時田家に突入する。間違いありませんね?」
 優希は力強い眼差しと共に右の口角をニヤリと上げ、人差し指をピンと伸ばし霧野に最終確認を行った。
「ああ、それでいい」
 霧野は微笑みながら短く返した。
「わかりました。私は少し早めに行って待ってますね」
「了解。それと最後に訊きたいんだが……」
 あっ、もしかして連絡先の交換かな。優希がスマートフォンを取り出そうとポケットの中に手を入れた時、
「名前なんて言うんだっけ?」
「……あれ、言ってませんでしたっけ?」
 霧野は困り果てた顔を優希に向けてきた。予想外の問いかけに、優希もまた、口を半開きにして固まってしまった。
「俺の記憶が正しければ、まだ聞いてない筈だ。だってそうだろう。俺は今までのやり取りで、一度も君の名前を呼んでいない。そもそも自己紹介をしたのは俺だけだった気が……」
 それを聞いて優希はハッとした。確かにそうである。霧野は優希の質問に答える中で自己紹介をしていた。そのあと優希は歩きながら悩み事を話した。つまり、霧野は優希の名前を知らないまま話を繋げていたのだ。ある意味すごいわ。でも……普通尋ねるよね? 訊くタイミングを逃したとか……まあいいや。相手に名乗らなかった私が悪い。優希は姿勢を正した。
「はい、それではだいぶ遅くなりましたが、自己紹介をさせて頂きます。私は和田優希と申します。年齢は……前に言ったか。現在地元の大学に通っている一年生です。好きな食べ物……じゃなくて趣味? もいいか。よろしくお願いします」
 駄目だ、言いたいことが上手くまとまってない。最悪の自己紹介だ。穴があったら入りたい。優希は肩を落とし項垂うなだれてしまった。
「そんなに落ち込む必要はない。心の声が漏れていたり、悩んでいる部分はあったが、ちゃんと自己紹介になってたぞ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「やったあ!」
 優希は子供の様な小さな手を握り、控えめなガッツポーズを繰り出した。そんな優希を霧野は優しく見守っていた。
「それじゃあ、帰るとしますか。優希ちゃん」
「うっ……」
 いきなり名前で呼ばれたので、思わず優希はのけ反ってしまった。だが、不快な気持ちにはならなかった。むしろ照れ臭い感情の方が強かった。
「そ、そうですね。では、帰りましょう。それでは失礼します」
 優希は逃げるように初心者マークが貼ってある赤いコンパクトカーに乗り込んだ。

 ほう、俺よりも年式が新しい車に乗ってるな。さっき話を聞いた時にも思ったが、もしかすると優希ちゃんは良家の子なのかもしれないな。そんな事を考えながら、霧野も愛車である黒い軽自動車のドアを開け、馴染んだ運転席に腰を下ろした。まあ、車に関しては俺の愛車が年式古すぎるんだけどな。それに六年近く乗ってるからなあ。そろそろ替え時か? 愛車を労るように、霧野は優しくドアを閉めエンジンをかけた。
 優希の車が先に動いた。軽く会釈をして去って行く。
「どれ、俺も帰りますか」
 優希の姿を見送ったあと、シートベルトを締め、霧野も河川敷公園を後にした。

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