食後、食器を下げるとき、使用済みの箸はシンクの中でどんな風に扱われていますか?【「箱」による考察⑪】
キッチンのシンクの中って、どんなイメージがありますか?
実家で起こった三者三様の『モノの見方』を思い出しました。
ある晩、夕食を済ませ、わたしは先にシンクに食器を下げました。
その様子を見た父が一言。
「シンクに直接箸を入れるな、汚いだろう」
それを聞いた母が一言。
「毎日掃除してますからきれいです!!」
それを聞き流したわたし。
「どうせ洗うんだからどっちでもいいじゃん……」
わが家は、父・母・姉・わたしの4人家族。
姉の大学進学時期と、父の単身赴任期間が重なって、2人家族の時期もありましたが、朝・晩の食事は必ず家族で一緒に過ごしていました。
週末も買い物に行くときも、一緒に出掛けていたような気がします。
父は几帳面な人です。
職場の机の中の鉛筆は、常に削られ、背の順に並んでいたそうです。
母は創作的な人です。
自分でカメラ付きインタホンを設置できちゃうほど、家のことは何でもする人です。
姉は自由な人です。
服飾が専門ではないのに自宅にトルソーがあったので、追求型の人なのかもしれません。
わたしは内弁慶です。
親戚の集まりの中では、声を発しないのが基本です。
他の家族よりは、家族で過ごす時間が長かったように思います。
社会人になって、そうじゃない家族が多いことを知りました。
こんなにみんなお外で飲み歩いていたなんて!!
大人がこんなに趣味を持っていたなんて!!
世の中を知って、自分の世界は本当に狭いものだと知りました。
さて。
あなたは、
使用済みの食器を下げるシンクは、きれいな場所だと思っていますか?
雑菌が繁殖している場所だと思っていますか?
どっちにしたって洗うんだから、シンクがきれいかどうかは考えないですか?
シンクに箸を直接カランカランと置く、
使用済みのコップなどに細いほうを下に入れておく、
使用済みのコップなどに持つほうを下に入れておく、
食器の上に渡して置く……
マナーという観点で見る方もいらっしゃるでしょう。
衛生面から判断されるかたもいらっしゃるでしょう。
洗ってくださる方への配慮で行動される方もいらっしゃるでしょう。
ご家庭ごとのルールに沿って行動されている方もいるかもしれませんね。
シンクに箸を下げる、という行為だけで、いろんなことが考えられます。
何が正解かは、その人の判断軸によります。
誰かが「これが正解です」と言ったところで、その人の判断軸で考えただけのこと。
他人であれば、その人はそう思ってるんだなぁ、くらいの受け止め方で支障ないと思います。
こう考えると、日常の人とのかかわりの中では、より多くのすれ違いが生じるのも当然だな、と思えてきます。
一緒に暮らしたりすれば、小さなすれ違いも積み重なって大きなものに膨れ上がります。
そうなる前に、小さなすれ違いをなくす努力は、お互いに必要ですよね。
相手の『モノの見方』を知ることは『相手』を知ることと同じです。
あなたの『モノの見方』を周囲の方が知っているとは限りません。
すれ違いを感じているならば、「昨日こんなことがあってさ~、あなたはどう思う?」なんて会話をしてみてはいかがでしょう♪
すれ違いの原因を探ることができるかもしれません( *´艸`)
その時、なんでも同調してくれる人と話すことはお勧めしません……。
事実を知る機会を失ってしまうでしょう?
今回は『モノの見方』の違いについてお伝えしました。
ちなみに……。
自分が、相手からどんな風に見られているかを感じ取ること、ありませんか?
感じ取ることがある、ということは、相手も同じように感じ取ることがある、ということですよね。
あなたが相手の方のことを”モノ”としてみているか、”ヒト”としてみているかは瞬時に伝わります。
うまくいかない関係性の方がいらっしゃったら、ご自身が、相手のことを”モノ”(便利な道具、障害物、無関係な物)としてみてしまっているか、”ヒト”(相手も自分と同じ”ヒト”である)としてみているか、観察してみてください。
うまくいかないなぁ、と感じている場合は、たいてい相手の方のことを”モノ”としてみていて、”モノ”として対応しています。
相手からは「”モノ”扱いされているなら、こちらも”モノ”扱いで対応しても問題ないだろう……」とみられていると思いますよ。
うまくいかない関係性は、きっとあなたの『モノの見方』の影響が大きく出ていることでしょう。
さてさて。
使った食器をシンクに下げるとき。
わたしにとって、やったほうがいいかなぁ、と思う正解は「コップなどに持ち手側を下にして入れておく」です。
洗う方への配慮と、箸の口をつける側にコップの中の水分がしみ込んだりするのは嫌だなぁと感じて(気が向いたら)行動します(;^_^A