この小説は、以前、自分のサイトに掲載していたものの、サイトが壊れて閲覧できなくなってしまったものを書き直したものです。a-haのTake On Meにインスパイアされた平安ものです。
昔、平安の世。世をときめく藤原家の遠縁に、大変書の好きな姫がおりました。
姫は、時間があると書を読んでいたので、いつしか紫式部にちなんで、「小紫」と呼ばれるようになりました。
あるとき、小紫は大変美しい絵のついた書を手に入れました。
大変美しい絵と物語に惹かれ、書はすっかり小紫のお気に入りになりました。
特に、その書に登場する公達に、すっかり心を奪われていました。
いつものように、何度も読んでいたある日、その公達が振り返って微笑んだように見えました。
次の瞬間。書にいたはずの公達が消え、代わりに背後から男性の声が聞こえました。
「姫」。その姿は、確かに先ほどまで書にいたはずの公達の姿でした。
「あなたに会いたくて、出てきてしまいました」
彼はそう言うと、再び微笑みました。
それからというもの、書から出てきた公達と小紫は、共に過ごすようになりました。中央の争いとは無縁の姫は、そうして、書から現れた恋人と幸せな日々を送っていくことになったのです。
書から現れて、再び書に帰っていく恋人との日々はそれはそれは幸せなものでした。
ところが。そんなある日、都で酷い流行病が流行りました。藤原家もご多分に漏れず、その流行病の影響を受けることになりました。帝に嫁した姫が亡くなってしまったのです。小紫より本家に近い姫たちは、もうすでに他の有力者に嫁いでいたり、同じように病に倒れたりして、本当にありえない偶然で、小紫にお鉢が回ってきました。
小紫は嫌がりましたが、書から出てきた恋人のことは誰も知りません。とうとう、都へいくことになってしまいました。
彼は話を聞くと言いました。「そうですか、ではもう私は書からは出てきません。私が見つかれば、あなたは立場を失ってしまいますから」
泣く小紫の涙をぬぐいながら、彼は言葉を続けました。「でも、必ず見守っています。だから、どうか、この書だけは手元に置いておいてください」
小紫は頷き、その通りにしました。「この書だけは持っていきたい」と、強く言い、彼女の親もそれを許し、嫁入り道具に入れてくれたのでした。
帝に嫁いでからも、小紫は書をとても大切にしていました。一人のときにはそっと開き、独り言のように話しかける日々でした。でも、あの日以来、書の公達は決して出てきてはくれませんでした。そのうち、書を開いて独り言を言うのも寂しくなり、嫁いで何年かたつと、いつしか、小紫は書を開かなくなりました。書を開いては、期待してしまうのが寂しかったのです。
書を開かなくなってしばらくして、小紫の世話をしている女房がこう言いました。
「私たちの間では、小紫様に仕えたいという者が多いんですよ。ご存知ですか。小紫様がこちらにいらして以来、どれだけ酷い病が流行っても、小紫様に仕えてる者は、まったくかからないのです。それに、どんなに酷い暴風雨があっても、小紫様のお庭の木が折れることは、一度もたりともなかったんですよ」
ふと、庭に目をやると、一瞬、あの公達が立っているように見えた小紫は、その言葉を聞いて、彼が言っていた「必ず見守っていますから」という言葉を思い出しました。そうして、書を開くと、あの公達が微笑んだように見えたのでした。
それからというもの、小紫は以前のように、寂しく思うことはなくなりました。そして、あの女房の言葉を通り、それからもずっと、小紫はまるで何かに守られているかのように、病や厄災とは縁がない、穏やかな日々をすごし、年を取り、帝がこの世を去った後、小紫もまた眠るようになくなったのでした。
小紫の手には一冊の書がありました。女房が片付けようと小紫のもとにある書を手に取ると、風が吹いてきて、書をめくりました。そこには、美しい顔の公達と若い頃の小紫とそっくりな姫が笑顔で手をつないでよりそっていたのでした。